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しおりを挟む──朝の光がキラキラと差し込み始めた、薄暗い部屋。
その静寂の中、プルルッ、プルルッ。と煌の携帯電話の着信音が鳴り響く。
その音に抱き合い眠っていた二人は眠りから目覚め、目を瞬かせた。
番になってからのこの四日間、誰にも邪魔されずに煌の家で好きなように過ごしていた二人。
そんな最高な日々の中、しかし突如として鳴り響く電話の音に、煌は眉間に皺を寄せた。
「……んん、」
「ん、ぅ……、」
「……おはよう、ゆい」
「おはよぅ、こうくん……。……でんわ、だぁれ?」
「……ゆうや」
「……えぇ」
優弥と聞いた途端、……邪魔するなんて。と普段はとても仲が良いものの唯が少しだけ嫌そうにする。
その寝ぼけ眼なままむくれる唯の顔が可愛らしく、堪らず唯の唇にちゅっとキスをしたあと、煌は渋々携帯へ手を伸ばした。
「……はい」
『あ、やっと出た。生きてる?』
「……生きてるよ」
『ねぇ、そんな嫌そうな声出さないでくれる?』
「何か用?」
唯と自分が番になったというのはもう分かっているだろう。と言外に煌が声に刺を含ませながら、問いかける。
それはもちろん、番になったばかりのアルファはいつもより敏感であり、自分達だけの空間を妨害されるのを嫌うと同じアルファなら知っているだろう。という意味がこもっていて、それをもちろん察している優弥は、しかし電話口でため息を吐いた。
『俺だって出来れば電話したくなかったよ。……でもお前、そろそろ両親達が帰ってくるの忘れてない?』
「……あ、」
言われてみればもう四日目であり、三泊四日の旅行をプレゼントしていた煌は、……もっと長く宿を取って置けば良かった。と後悔しながらガリガリと頭を掻いた。
実は元々優弥には唯の誕生日に行うサプライズの予定を話していて、その流れで親孝行だと鴻野家の分は優弥が支払い、仲良く四人で旅行に行っていたのである。
そしてそんな事を忘れ二人の世界に浸っていると分かっていたからこそ、こうして優弥はわざわざ連絡をくれたのだろう。
そんな優弥の気遣いに、煌はイラッとしてしまった事を申し訳なく思いながら、お礼を言った。
「忘れてたわ……。ありがと」
「だと思った。帰ってくるまでに家の換気ちゃんとしなね」
「……それは余計なお世話だっつうの」
「あはは」
だなんて喋り合う二人。
その会話を横でぼんやりと聞いていた唯だったが、しかし突如閃いたとばかりにガバッと上体を起こし、キラキラとした瞳で煌を見た。
「ねぇ煌くん! 僕たち番になりました! ってみんなにきちんと挨拶するべきじゃない!? 煌くんのお母さん達が帰ってくるのって何時頃なの!? それに合わせてディナーパーティーしようよ!!」
そう弾ける笑顔で提案してくる唯に、煌が一瞬鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をする。
それから、なんとも唯らしいな。とその発想のあまりの可愛さに、堪らずはにかんでしまった。
「……だってよ。聞こえてた?」
『……それ絶対俺も手伝わされるやつじゃん』
「唯、ディナーパーティーじゃなくて、バーベキューにしない? それなら材料切って庭で焼くだけだし」
電話口で優弥がげんなりとしているのを感じつつ、煌が比較的簡単に出来るものをしようと代案を立てる。
それに唯も確かにそうだねと頷き、あっという間に夕食は両家でバーベキューをする事に決まった。
そうして、優弥が庭にバーベキューコンロやその他をセッティングし、二人は買い出しをしてから合流すると話が纏まった、その後。
優弥との電話を切ったあと二人はすぐにお風呂に入り、煌の家を綺麗に掃除し換気しては、意気揚々と買い物へ出掛けたのだった。
***
「あはっ、煌くん、くすぐったいよぉ」
「ん~?」
だなんて、買ってきた食材を調理しつつ、唯と煌がイチャイチャとする声が響くキッチン。
煌が唯の頬にキスをしたり、唯が煌の腕にトンッと頭をぶつけてはえへへと笑っているなか、そんな二人をちょうど庭から戻ってきて見てしまった優弥は、げんなりとした顔をした。
「……俺に重労働させといて二人でイチャイチャしてんじゃないよ」
そう呆れながらピシャリと言い放ち、キッチンに入ってきて冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す優弥。
そんな優弥に、唯がイーッと歯を見せて威嚇したあと、それから優弥の目の前で見て見てと言わんばかりに左手をヒラヒラとさせた。
「……」
「んふふ~」
「……」
優弥が黙り込むのを良い事に、調子にのってくるくると回転し始め、着てきた襟ぐりが広い煌の服から覗くうなじを見せつける。
優弥と会った瞬間から、煌から貰った指輪を見せて嬉しげにしたあと、誇らしげにうなじに咲く煌の歯形を見せてきた唯。
そんな唯に、優弥も最初こそ心からおめでとうと言っていたものの、その何度目か知らぬ唯の浮かれた仕草に、優弥は手にしたペットボトルをベコッと思わず握り潰し、額に青筋を浮かせながら笑った。
「……煌、このバカをどうにかしな。お前の責任だよ」
「可愛いだろ?」
優弥の小言を取り合わず、くるくると回りながら手を翳し指輪の輝きを楽しんでいる唯の姿を眺め、可愛いと破顔する煌。
そんな二人に、世も末だな。と諦めた優弥は、二人から逃れるようリビングへと向かった。
「唯、そろそろ転ぶよ」
「えへへ、あれ、お兄ちゃんは?」
優弥が居なくなった事も気付いていなかった唯が首を傾げつつ、おいでと腕を広げる煌の胸にすぐさま飛び込む。
「放っといて良いよ。それより準備しないと。そろそろ帰ってくるかも」
「そうだね。でも僕のお父さんとお母さんも一緒に旅行してたなんて、ほんとにびっくりしたよ」
「優弥が親孝行したかったみたい」
「僕も今度何かプレゼントしようかな」
家に帰ってきたら両親が居らず、煌の両親と一緒に旅行しているとようやく知らされた唯が驚いたのが数時間前で。
それを今一度言いながら、僕も何か両親が喜ぶような物をあげたいと言う唯。
そんな唯の優しさに煌が微笑み、一緒に選びに行こうか。と囁いて唯を抱き締めようとした、その時。
ブブッ。とキッチンのカウンターに置いていた唯の携帯が振動し、
「あ、雫くんだ! 今近くのバス停で降りたって!」
だなんて携帯を見ては嬉しそうにする唯に、煌は少しだけ眉を寄せてしまった。
──煌と番になった、その翌日。
唯は雫に、お詫びと感謝、それから無事に番になれました。と連絡をしていて。
そして先ほど、番報告も兼ねてバーベキューをするから雫くんも来て欲しいな! なんて半ば強引に招待し、俺は場違いだろ。と最初は断られてしまったものの粘りに粘った唯にようやく折れ、もうそろそろで着く。と連絡をくれた雫に唯は満面の笑みを浮かべた。
「バス停まで迎えに行こうかな」
「五分もかからないし大丈夫じゃないか?」
「……煌くん」
「……」
雫の話題になると未だ少しだけ複雑な表情をする煌に、困ったものだ。という顔をしながらも、可愛らしくもあって。
そんな煌の珍しい態度に唯は思わず笑ってしまったあと、背伸びをして煌の首へ腕を回した。
「雫くんは僕の事恋愛対象として見てないってば」
「……分かってる」
「……それに、僕はもう煌くんのものだよ」
分かってると言いつつ何となく浮かない表情をする煌の鼻先に自身の鼻をこつんと合わせ、唯が笑う。
そうすれば煌は一度目を瞬かせたあと、嬉しそうに笑った。
「俺も唯のものだよ」
唯の腰にするりと腕を回し、煌が幸せそうに囁く。
その言葉に唯も幸せが滲み出る笑顔を浮かべ、キラキラと輝く瞳で煌を見つめた。
「煌くん、大好き」
「俺も大好きだよ」
「えへへ、みんなびっくりするかなぁ」
「びっくりはどうだろうな……。でも、喜んでくれると思うよ」
小さな頃からこの二人は将来一緒になるだろうという事は、もう親同士も分かっていて。
そしてアルファとオメガになった時から既に番になると誓っていた為、今さら驚きはしないだろうと思いつつ、喜んでくれるよと煌がフォローするよう言えば、唯はやはり嬉しそうに笑った。
「そうだよね」
「ああ」
「あ~! 早くみんな来ないかなぁ!」
優弥や二人の両親、それから雫といった大好きで大切な人達だけに囲まれる今日はきっと最高の一日になると唯が心をときめかせ、ぴょんぴょんと跳び跳ねる。
その子ども顔負けの仕草にやはり煌は破顔し、唯を引き寄せてキスをした。
キッチンの小窓から差し込む光で唯の指輪がキラキラと輝きを放ち、穏やかで温かな空間が広がっていく。
そのなかで唯が夢中になりながら煌にキスを返していれば、不意に玄関のチャイムが鳴った。
「っ! 雫くんかな!?」
だなんてガバッと顔を離し、唯が玄関の方を見てはすぐさま煌の腕から抜け出して、玄関の方へ歩いていく。
そのぴょこぴょことした足取りとふわふわ揺れる髪の毛が可愛らしく、煌は苦笑しながら唯の後ろを着いていった。
「あっ! なんでお兄ちゃんが開けようとするの!」
すぐに玄関の方へ向かった唯だったが、しかし先に優弥が居て。
「誰が開けても一緒だよ」
なんて言いながら玄関の扉を開けようとしている優弥に、唯が抗議するよう待ってと言いながら走り出す。
だがそんな唯を意に介する事なくサッと扉を開けた優弥に、唯は目を見開きぷくっと頬を膨らませた。
「雫くん、いらっしゃい」
「お兄ちゃんっ!!」
「唯、そんなに走ったら転ぶ、」
「わぁっ!?」
走る唯を見て、狭い廊下を勢い良く走ったら転ぶぞ。と煌が言いかけた、その瞬間。
見事に予感が的中し唯がズルッと足を滑らせたのが分かり、煌は咄嗟に両手を出した。
──瞬く間に唯の体が小さくなり、バサッと床に落ちる衣服。
しかし間一髪で煌は右手で唯を優しく包み、左手で床に落ちそうになった指輪をキャッチした。
「ッ!!」
片膝を付き、ふーっ……。と安堵の息を吐いた煌だったが、ちょうど玄関の扉が開いた瞬間その光景が目に飛び込んできた雫と、振り返った優弥が、ぽかんとした表情を浮かべる。
そして辺りが一瞬の静寂に包まれたあと、……ピィ。という唯の小さな声が玄関に響き、それに堪らず優弥と雫が盛大に吹き出した。
「あはははっ!!!」
「あは!! お前っ、またすぐヒヨコになってんじゃん!」
ゲラゲラと笑う優弥と、笑いつつも少しだけホッとしたような表情をする雫。
そんな二人の笑い声に包まれるなか、唯はこんな些細な事ですら先祖返りしてしまったと顔を青ざめさせ、しかし煌にありがとうと言うようにピィピィと精一杯声を出した。
「怪我がなくて良かった」
「ピィッ! ピィッ!」
「うん。……でも、そうだな。コントロールが上手く出来るようになるまで、俺が側に居れない時は指輪は俺が預かっておこうかな」
「ピィッ!?」
煌の言葉に、青天の霹靂だとつぶらな瞳をめいっぱい見開いては、なんだって!? と唯が全身で驚きを表現する。
そんな二人のやり取りを見てまたしても優弥と雫が笑い、しかし煌は必死に唯の体を優しく撫でながらフォローした。
「大丈夫、離れる時だけだし、コントロール出来るようになったらいつでも着けて良いから」
「……ピ、ピィ……」
「「あはははっ!!」」
「お前らうるさいよ」
あからさまに落ち込み、煌の掌の上で打ちひしがれる唯。
そんな唯をやはり煌は優しく優しく撫でたあと、自身の顔の高さまで唯を持ち上げ、唯の可愛らしい黄色の口ばしにキスをした。
「大丈夫。すぐコントロール出来るようになるよ。それに、また昔みたいに俺とたくさん練習すれば良いんだよ」
そう優しく囁いては、唯の体に顔をすりすりと擦り、笑う煌。
その笑顔はあの日と変わらず、頼りがいがあって穏やかで、そして何より、とびきり格好良くて。
そんな煌に唯は堪らず大きな瞳をうるうると輝かせ、喉の奥が熱くなるのを感じながら、ピィピィと高らかに鳴き声をあげた。
未だ、優弥と雫が笑う声が響いている。
だがそんな笑い声ですら気にならず、むしろ自分達を見て純粋に楽しそうに笑っている優弥と雫の笑顔に唯もニッコリと笑みを浮かべながら、大好きで大切で、誰よりも愛している自分の生涯のパートナーである煌に向かって愛を伝えるよう「ピィピィ!」と大きく鳴いては、キスをするよう、何度も何度も煌の柔らかな唇を小さなくちばしで突ついたのだった。
【 あなたは僕の運命なのだと、何度でも声高らかに叫ぶから、どうか永遠に愛を。 】
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