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しおりを挟むインターホンがなって、ドアを開けたら。ただいま。とよーちゃんが言う。
パーカーにデニムというここ数年見たことのない服装でやって来たよーちゃんに、驚いてしまった。
さらに、
「仕事辞めてきた」
突如の報告に私は言葉を失う。
「え?」
やめてきた?そんな簡単に?いやいや……。
第三者から聞いた話によれば、よーちゃんは重要なプロジェクトのリーダーになっていると、そして事業化しするときの役員候補だという話だった。
そんな簡単に、やめた……?
「マンションも売り払ったから、ここに住ませて」
「え……」
言葉が出てこない。嘘をつく人じゃない。でも、どう考えても嘘みたいなことを言っているのだ。
ここ数年見たことのないくらいに、穏やかな表情だ。
髪をセットしていないので、下がった前髪のせいでより若く見える。
よーちゃんは抱きついてきて、私の肩口に首をすりつけてきた。
「サユの匂い」
低く穏やかな声で囁いて、一緒に暮らそう。と言うのだ。
一瞬だけ幸福がやってきて、一瞬を過ぎたあたりで、不安がやってきた。
「これから先、どうするの」
「うーん……しばらくはサユとのんびりする」
ぼんやりとした口調で、私の首元に顔を埋めてくるので、不安がムクっと膨らむ。
ここ数年間はまったく抱いたことのなかった不安だ。
「待って、のんびりするとしても、いつまでとか……。時期は決めとかないと」
「難しいことはいいんだよ。ラブラブしよう」
大学の頃からよーちゃんが好きだった柔軟剤の香りがして、よろめきそうになる。同時に、頭の片隅に何かがよぎった。
(これは、少し危険だよね)
でも、抱きしめられること自体が、久しぶりすぎて引き離すという選択肢はない。
よーちゃんと求めていたと、ただ抱き合うだけでもこんなに満たされるのだと、自分の単純さを知る。
一緒にご飯を作って食べて、一緒に映画とサッカーを観て、ひたすらよーちゃんとくっついて過ごした。
充実した休みだったな、と思って明日への準備をする私の一方で、よーちゃんはソファで猫のように丸くなっている。
今の彼は、翌朝会社に行くという価値観にいないのだ
しゅん、と喉のあたりに寒気がのぼってくる。
大学時代、講義に行くのも面倒がっていたよーちゃんを思い出す。面倒くさがりの甘えん坊。
そのイメージが蘇ってくるのは、少し怖かった。
会社に行ったら、出会い頭に、「なんだか肌艶いいよね?」と同僚に言われてドキッとする。
休みの間、よーちゃんとぺったりくっついて、抱き合って身体を重ねてと十分すぎるくらいにイチャイチャした。
それだけで、客観的に見てわかるほど、肌艶に影響するものなの?
事務作業もサクサクと片付くし、クライアントとの打ち合わせではいつも以上にテンポ会話が進む。
確かに、私生活の充実は仕事のパフォーマンスにも影響するみたいだ。
いい影響が目立つけれど、不安も頭によぎる。
私の頭の中だけにあった不安は1日と経たずに、現実の困りごとになった。
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