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身体が先に気付いたこと
しおりを挟む走りながら、嫌な予感でどんどん胸が埋め尽くされる。教会には人だかりができていて、忙しそうに走り回っている騎士や、励ますように声を掛けている人。俺はその合間をくぐって、息を切らしながらキョロキョロと視線を巡らせる。
「おい、しっかりしろ! 上級ポーションをありったけ掛けろ!」
聞いたことのある声が聞こえ、バッと顔を向ける。赤い髪が見えて、俺は胸辺りを押さえながら、息を飲んで近付いた。そこには、
「カイラ! しっかりしろ!」
――横たわるカイラの姿。腹部が抉れており、ドクドクと血が流れ続けていた。ヒューッとかろうじて聞こえる呼吸音と、血色のない肌、薄く開く瞳。ヒドラさんが大声で呼び掛けながら、薬を掛けているが、出血は止まらない。
俺はその姿に、早くなる呼吸と震える足で何とか近付く。
「か、いら……?」
震える声で呼ぶと、閉じかけているカイラの瞼が少し開き、瞳が俺を捉えた。
「…だ、れだ、ユウト、こんなとこ、に、連れて来た、やつ……!」
見るからに身体は重症なのに、鋭く周囲に視線をやったカイラの殺気立つ様子に、周りの人たちが身体を固まらせたが、俺は震える足を動かしカイラの傍へ。
「嫌だ、カイラ、嫌だ、死なないで……!」
俺はなりふり構わず、カイラに抱き着くようにしてすがる。そして、全身でカイラに魔力を流した。ドンッと身体に重しがかかるような感覚に陥ったが、構わずに魔力を流し続ける。ギュッと震える手でカイラに抱き着いていると、いつの間にかフワフワと周りに光るものが現れて、身体が楽になる。
俺は獣人の身体の構造を思い出しながら、必死に魔力を流し続けた。
……お願いだ、治ってくれ!
カイラを失うかもしれないという恐怖が襲ってきて、涙が滲む。でもそれすらも構っていられず、魔力を流し続け、願い、祈った。
「……と、ユウト。ユウト」
ギュッと抱き着いていたカイラから、俺を呼ぶ声が聞こえた時、ハッと顔を上げる。すると、しっかり開いた瞼から覗くブルーの瞳が俺を捉えており、呆然と見返した。
「ユウト」
俺の名前を呼んで優しく笑ったカイラは、俺の両頬を包んで鼻を擦り合わせた。俺は呆然とした後、ハッとカイラの腹部に目をやった。そこは、抉れていた部分がなかったかのように、元通りになっていて、思わず触れる。
「こ、ここ、カイラ、ここ、怪我……」
「ドラゴンに食い千切られた。ごめん、心配掛けて」
「ドラゴン……。食べられ……う、うぅ、カイラ、よか、良かった……!」
色々と言いたいことはあるけれど、とにかく、本当に、本当に良かった……!カイラが死んだらどうしよう、どうしよう、と不安でいっぱいだった俺は、ホッとして涙が溢れた。そんな俺を起き上がって抱き締めてくれるカイラの背中に腕を回して、力いっぱい抱き着いた。
「ごめん、ユウト。……で、ここにユウトを連れて来たのは誰?」
「……? 俺が自分で来たんです。なんだか、胸騒ぎがして……」
鼻を啜りながら、聞かれたことに答えるが、何か問題があったのだろうか。カイラを見上げて首を傾げると、困ったように笑われる。どうしたんだろうか、と考え出した時、今の状況にハッとする。
「そうだ、俺、他の人も……」
「ユウト。……いや、いい」
カイラの何か言おうとした様子が気になったが、それ以上は言う気がないのか、さすがに疲れてしまったのか。力なく腕を降ろして苦笑したカイラに、俺は不安になって抱き着く。すると、ポンポンと頭を撫でられ、グリグリと頭を擦り付けられる。
「ユウトの好きなように。行っておいで」
そう言われて、ホッとして身体を離す。周りを見ると、カイラほどではないにしろ怪我をしている人たちがたくさんいた。俺は全然周りが見えてなかったんだなと恥ずかしくなったが、そうも言ってられない。俺が出来ることをしなければ!
頭を怪我している人、腕を怪我している人、様々だが何とか症状を聞きながら治癒魔法を使っていく。俺の身体にくっつくようにして光るものがフワフワ飛んでいるおかげなのか、何度も治癒魔法を使うが不調は出なかった。
「ユウト、そろそろ休め。魔力切れを起こすぞ」
ヒドラさんにそう言われるが、魔力切れを起こす前に兆候があり、倦怠感や目眩など貧血に似たようなものが現れる。俺には全くそれがなかったため、大丈夫だと言うが聞き入れられず。
「もう後は薬塗っときゃ治る。十分だ、ありがとうな」
ここの指揮をとる人にそこまで言われると、確かにもう俺はお役御免なのだろう。もしかしたらまだすることがあって、俺は邪魔になるのかもしれないと思い、慌てて立ち上がった。
「カイラのとこに行ってやれ」
ヒドラさんがポンと俺の頭に手を置くと、笑ってそう言った。治療をした人たちから口々にお礼を言われて、それに返しながらカイラのもとへ。
カイラは壁に背を預けるようにして瞼を閉じていた。もう大丈夫だとは分かっていても不安になって、駆け寄る。
「カイラ? カイラ、大丈夫ですか?」
「ん、大丈夫。さすがに、ちょっと疲れただけ」
すぐに目を開いたカイラは俺の腕を引いてコツンと額を合わせた。ホッとして、思わず額を擦り合わせるようにすると、カイラが分かりやすくピタッと動きを止めた。その反応に、俺は恥ずかしくなって咄嗟に身体を離そうとするが、それより先に掴まれていた腕を引き寄せられて抱き締められる。それに、嫌がられたわけではないのだと分かって安心する。カイラはそのまま立ち上がると、俺を抱えたまま歩こうとしたため、怪我人なのにと慌てて降ろすように伝えるが聞こえていないというように顔を背けられる。ヒドラさんに声を掛けると、そのまま帰路へ。
家に帰ると、ベッドに降ろされ上から覆いかぶさるようにして乗り上げてくるカイラに息を飲む。だが、力尽きたように俺にのしかかってきたカイラはその腕の中に俺を閉じ込めると、すぐに静かな寝息が聞こえてきた。
俺はドキドキしている心臓を落ち着かせながら、カイラの頭を撫でる。ピルッとくすぐったそうに獣耳が揺れて、可愛くて笑ってしまった。眠るカイラの温かさと安心感で眠気が襲ってきて、俺もそのまま目を閉じたのだった。
――――
「んん……」
まだ暗い中、目を覚ます。隣の温もりがなくて、俺は心細くなって起き上がると明かりも点けず部屋を歩く。暗闇にまだ目が慣れない中、扉に辿り着いて開けると光が入ってくる。すると、シャワーを浴びたのだろうカイラが髪を拭きながら出てきて、俺を視界に入れると目を見開いた。俺は構わずカイラに向かって走り抱き着く。難なく受け止めてくれたカイラが驚いたのが分かったが、それ以上に俺も驚いていた。
「ユウト?」
名前を呼ばれて肩をビクつかせると、強く抱き締められる。
「ふふ、可愛い。俺がいなくて寂しかったの?」
「あ、その、すみません……」
「何で謝るの。ねぇユウト、俺がいない間、寂しかった?」
「う……。はい……」
こんな行動をしておいて、何もないなんて言えるはずもなくて。素直に頷くと、腕を緩めたカイラに顔を上げる。嬉しそうに笑ったカイラの顔が近付いてきたかと思うと、唇に柔らかいものが当たった。俺が目を見開くと、顔を離したカイラがイタズラに笑った。
「身体の方が先に気付いたんだね。可愛い、ユウト」
そう言われて、俺はポカンと見上げる。
「あの、どういう……?」
「ん? あぁ、俺とユウトは番なんだ。俺は獣人だからすぐに気付いたけど、ユウトは人族だもんね」
そう言いながら顔中に唇を落としてきて、俺はギュッと目を瞑りながら熱くなる顔にあたふたしてしまう。言われている言葉の意味が分からず、焦ってカイラを止めると、
「俺達獣人は自分の番は会えば分かるんだよ。でもユウトは違うだろ? だから待ってた」
説明してくれているのだろうが、それすらも分からない。番?獣人は分かる?俺は人だから分からない?混乱する俺に、カイラが気付いて苦笑する。
「獣人には生涯の番がいるんだ。出会えるかは分からないけど、番を探し求めて旅をするやつもいる」
俺を抱き上げて、寝室へと戻るカイラはベッドに座ると説明してくれた。
獣人は番という生涯を共にする人が世界に一人だけいるのだという。基本的に番以外の人とは一緒にならない獣人がほとんどで、貴族や立場上、血族を残さないといけない場合などは例外らしい。
「番……。俺と、カイラが?」
なら、俺がカイラがいなくて落ち着かなくなったりするのは、番というものだから?カイラが俺に親切にしてくれるのも、番だから?何ともいえない気持ちが押し寄せてきて、眉が下がる。
「そう。見た瞬間分かった、俺の番だって」
嬉しそうに言うカイラに、何故か胸が落ち着かない。
「番、だから、俺を……」
「獣人にとったら、一生に会えるか分からない唯一人なんだ。違う世界にいるとは思わなかったけど」
そう笑ったカイラにハッとする。そうか、俺がこの世界に来たから出会えたけれど、もし来なかったら……。
「で、でも、他の人も……」
「いない。番は、たった一人だから。俺の番はユウトだけ。だから、嬉しい」
目を細めて優しく笑うカイラに、胸がギュッとなる。唯一の人……。俺がもし元の世界でずっと生きていたら、カイラはずっと一人だったのだろうか。
「俺、来て良かったですか?」
「当たり前。ユウトが来てくれて良かった」
ごちゃごちゃ考えそうになったが、そう言い切ったカイラにスーッともやもやが何処かへ飛んでいく。そうか、カイラにとって俺だけで、きっと俺にとってもカイラだけなんだ。それはきっと、もうここに来た時点で決められていたこと。なら余計なことは考えなくていいのかもしれない。いや、でも俺がいなくても、カイラは強いし騎士というすごい職にもついているし、心配は……。
「番は会えば分かることは知っていたけど、あんまり興味なかったんだ。一人でも生きていけるから。でもユウトに会ったら、もう駄目だ。もういないことなんて考えられない」
額を合わせて優しくそう言うカイラに俺は情けない顔をしていたと思う。
「ユウトはピンときてないだろうけど。だから、これでもユウトに好きになってもらえるように頑張ったんだよ」
「……そうなんですか?」
「そうだよ」
「カイラはいつも優しくて、俺は助けてもらってばっかりでした」
「ユウトに良いやつだって思われたくて必死だったんだよ」
「でも俺、迷惑ばっかり……」
「いつも一生懸命で誰かの役に立とうと頑張るユウトが好きだよ。でも俺には甘えて欲しいし、もっと我が儘だって言って欲しい」
ゆっくりと一つ一つ言葉にしてくれるカイラに、俺はだんだんと顔が熱くなってくる。
「ユウトが好きだ、愛してる。ユウトの一生を俺に頂戴」
はっきりとそう言われて思わずカイラと目を合わせる。
「お、俺、何も返せないし、まだこの世界の常識とか……」
「ユウトと一生一緒にいる権利が欲しいんだ。頷いて、俺に愛させて?」
目を合わせたまま優しく言われ、俺は思わず頷いた。その瞬間、嬉しそうに笑ったカイラに唇を合わせられる。何度も離れては合わさる唇に、どうしたらいいか分からず、目をギュッと瞑って口を一文字に結ぶ。すると、抱きかかえられてた身体をベッドに横たわらせられ、覆いかぶさるようにして口付けを繰り返すカイラに少し怖くなる。
俺もいい歳をした大人だけれど、そういう経験がないのだ。生きるのに、自分の居場所を作るのに精一杯で、通ってこなかった道であり、自分には必要ないのだと思っていたから。それに、俺達は男同士でもあり、この先が全く分からない。どうしたらいいのか、俺も何かするべきなのか、ぐるぐる考えても知識すらないためどうしようもない。
唇が離され、恐る恐る目を開けながら、必死に呼吸する俺を見下ろしたカイラは笑って額に一つキスを落とした。
「ユウト、可愛い。……俺のだ」
カイラも横になると、俺をギュッとその腕の中に閉じ込めてそう言った。
「あ、あの、俺、その、つ、付き合うとか、初めてで……」
俺が恥を偲んでそう言うと、
「むしろあるって言われたらどうしようかと思った」
機嫌が良さそうに獣耳を動かしたカイラに、そういうものなのかと、少しホッとする。こんな歳なのに、と引かれなくて良かったと安心していると、
「ユウトに甘えて貰えるように頑張るね」
とろけるように目を細めたカイラに鼻を擦り合わせられてそう言われ、俺は真っ赤な顔をしたまま、思わず「はい……」と答えて笑われてしまったのだった。
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