18 / 28
カイラSide
1
しおりを挟む――――カイラSide
警護の任務を終えて、森の中を進んでいた時。不思議な気配と感覚に、俺とヒドラ、ダニエルはすぐさまそっちに向かった。そこにいたのは、本来なら辿り着くことが出来ない場所、精霊の湖だった。澄んだ水は天を映し出してまるで別の世界の扉のようだったが、それよりも目を惹いたのは、その中心にいた黒髪の男。
――あれは、俺のだ。
一目見ただけですぐに分かった俺の魂の片割れ。それまでは番というものに興味もなく、誰かと添い遂げるだなんて思ってもなかったし、また自分に必要だとも思っていなかった。
だが、出会ってしまったのなら。他のやつも、番がいない日常も、想像できなくなった。同じ男でも、人族であるユウトは俺より小さくて華奢で、見上げてくる濡れた黒い瞳に胸が高鳴るのを押さえられず。可愛くて可愛くて、誰にも触らせたくなくて、気が付けば足が動いて、抱き抱えていた。
俺の馬に乗せて後ろから抱き締めた時の満ち足りた気持ちは言い表せられない。
獣人とは違い、人族は身体が弱いと聞いていたため、休憩がてらスープを作り始めた。俺の腕の中にスッポリ収まるユウトが可愛くて、暴走してしまい、泣かせてしまった。ボロボロと涙を流すユウトの痛ましさに、俺も苦しくなって必死に謝り、許してもらえて心底ホッとした。
それでも離れたそうにするユウトに苦しくはなったが、どうしても離れがたくて隣を陣取り、俺の手からスープを飲んでくれた時はあまりの嬉しさに頬が緩むのを抑えられなかった。
ユウトは落ち着いているように見えて、ずっと心細そうに瞳を揺らしていた。恐らく、ユウトはこことは別の世界から来たのであろうことは見てすぐに分かっていた俺達。まずは王へ報告することが義務付けられているため、先に王宮へと向かった。ユウトが本当に嫌がるようだったら、連れて逃げても良かったが、きっとそれだと気に病むのだろうことは分かっていた。
国王の前まで行くのに、不安そうにしている姿を見た時はもう駄目だった。すぐに国王に発言の許可を貰い、共に眼前へ。そこで半ば強引に王家の紋章が入った指輪を装着してもらったが、これには守護の魔法が組み込まれており、ユウトの身を守るようになっている。そして、王家が後ろ盾になるということは、国王が後見人となるということ。
この世界で最強と謳われる竜人種のサイラース国王。その人に歯向かえる者など、この世界中を探してもいないに等しい。ユウトの安全の保証として、この上ないものなのだ。
ユウトは王家が後ろ盾になると知って慌てていたが、突然知らない世界に放り込まれたのだ。もっと色々要求したり、我が儘を言ったって罰は当たらない。でもユウトはずっと申し訳なさそうにしている。
――大精霊様の愛し人。
遥か昔から、数百年に一度現れると言われる異世界人。決まって、通常は辿り着くはずのない精霊の湖が発見されて、その中心には異国の風貌をした者がいると言われていた。そして、いつだってその者は、善良で美しい心を持つ、健気な人なのだと伝えられていた。
かつて、あらゆる国でその者が発見されては、国や貴族、商人、教会などが囲い、寝る間もなく働かせていたという。決まって、聖魔法と闇魔法を扱えるその人は奇跡と言える程の治癒魔法の使い手だった。多種多様な種族のこと、病気や怪我、あらゆることを学ばせ、治させては大金をせしめていた者たちがいた。
どんな病気も怪我も治るのだ。世界中から押し寄せてきては、異世界人は文句一つ言わず、自分に出来ることならと治癒魔法を使い続けたのだ。貧しい人たちにも、休憩や寝る時間を削って無償で行っていたという。
精霊達はいつも異世界人の傍にいるのだと。常に異世界人に魔力を分け与えるが、魔力切れは起こさずとも、人の身だ。身体がもたず、床に伏せるようになっても強制的に働かされていた異世界人。遂にその身が限界に達し、息絶えても尚、その身体を薬にしようとした救いようのない下衆もいたのだと。だが、常に自分を顧みず他人のために生涯を捧げた異世界人に涙する者も多く、その生命を奪った者たちへ暴動が起き、いくつも国が滅びた。
異世界人が現れる度に、囲おうとする者が現れる。その度に搾取され、命を落とす異世界人。そして滅ぶ国。欲に目がくらむ者が後を絶たず、何度も同じことが繰り返されたのだという。
だが、もう数千年前のこと、現れた異世界人はすぐにある亜人の番だということが分かり、番の契約によって保護された。そしてその人は、生涯穏やかに暮らしたという。
それからだ、異世界人が現れる度に、番となる者が近くにいるのは。大精霊様の思し召しだと言われている。愛し人が守られるように。安寧を得られるようにと。
そして、世界中で異世界人を発見した時の決まり事が取り決められた。その中には、異世界人が使えるであろう奇跡的な治癒魔法について教えないこと、というのがある。本人が気付き、望むのであれば妨げることはしないが、それを推進することは禁じられた。また、これまでの異世界人について話さないことや、取り決められたことは多々あるのだが、もしこれらを犯した場合はすぐにユウトの付けている指輪に察知されて監獄送りとなる。それぐらい、やっと異世界人は守られる存在となったのだ。
善良で、心の美しい、他者のためにその身を捧げた人たち。
――もしユウトが搾取されようものなら、そいつらの息の根を止めてやる。
ユウトは部屋に案内されてもずっと所在無さ気で。ユウトの服にこびり着いていた血が、ユウトのものだということは匂いで分かった。もし別のやつの血だったら、嫉妬ですぐに脱がしていただろう。恐らく、もともといた世界で大怪我をしたのだろう。助けるためにここに連れて来られたのか、タイミングが良かったのか。それは大精霊様にしか分からないけれど、今ここに生きてくれているだけで、十分だ。俺の元に来てくれた嬉しさでいっぱいになる。
でもいきなり俺の前で脱ぎだしたユウトに、思わず誘われているのかと勘違いしそうになったが、ユウトは恐らく俺が番だと分かっていない。そのため、まずは俺のことを好きになってもらわないとと思ったのだが。
……可愛すぎる。
俺の腕に収まる身体も、顔中にキスすると嫌がらず顔を真っ赤にさせるところも。そして極めつけに、無視する訳にもいかない呼び出しに応じようとした時に、不安げに服を掴まれた、ぐわっと庇護欲が湧いてしまい、ヒドラと一悶着起こしそうになった。だが、先に話を付けておかないといけないこともあるため、渋々ユウトと分かれたのだった。
602
あなたにおすすめの小説
【本編完結】最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!
天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。
なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____
過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定
要所要所シリアスが入ります。
竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
不憫王子に転生したら、獣人王太子の番になりました
織緒こん
BL
日本の大学生だった前世の記憶を持つクラフトクリフは異世界の王子に転生したものの、母親の身分が低く、同母の姉と共に継母である王妃に虐げられていた。そんなある日、父王が獣人族の国へ戦争を仕掛け、あっという間に負けてしまう。戦勝国の代表として乗り込んできたのは、なんと獅子獣人の王太子のリカルデロ! 彼は臣下にクラフトクリフを戦利品として側妃にしたらどうかとすすめられるが、王子があまりに痩せて見すぼらしいせいか、きっぱり「いらない」と断る。それでもクラフトクリフの処遇を決めかねた臣下たちは、彼をリカルデロの後宮に入れた。そこで、しばらく世話をされたクラフトクリフはやがて健康を取り戻し、再び、リカルデロと会う。すると、何故か、リカルデロは突然、クラフトクリフを溺愛し始めた。リカルデロの態度に心当たりのないクラフトクリフは情熱的な彼に戸惑うばかりで――!?
【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる
ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。
・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。
・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。
・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる