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第16話 ハリソン、妹の不在を知る。
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ハリソン・ヴァンダーウォールは、5年半ぶりに故郷へ帰って来た。
母が亡くなり、さほど日が経たないうちにやって来た継母が、ハリソンと妹のアリステルを疎ましく思っていることには、早くから気が付いていた。
継母が来てからは、亡き母を偲んでアリステルと思い出話をすることも憚られた。
以前は明るく活発だったアリステルが日に日に笑わなくなり、ほとんどおしゃべりをしなくなると、ハリソンは胸が痛んだが、何もしてやれはしなかった。
そんな力のない自分が恨めしく、早く大人になりたいと思った。
ナバランド国の貴族は14歳になると国の歴史や貴族のなりたち、貴族社会での社交などを学ぶため、学院に通うことになる。
当たり前のように国立学院へ入学するつもりでいたが、継母の勧めで隣国スコルトへの留学がすでに決められていた。
スコルト国は南の温暖な気候で、農業が盛んであった。
農業に関してはスコルト国の方がナバランド国より先進的な研究が行われていた。
土壌の改良、冷害に強い麦の開発など、結果としてこの留学がハリソンにとって有益であったことは幸いであった。
3年間の留学期間を終えても、ハリソンは国に帰らなかった。
まだ研究の途中であった。
もういくらかのデータを取って、開発した麦の生育を寒冷地で確認する作業を行いたかった。
そんな理由の裏に、家に帰りたくないという気持ちがあったことは否めない。
20歳となり、研究のめどがようやくついたタイミングで、帰国することになった。
父の執務を手伝いながら仕事を覚えて行かなくてはならない。父が健在のうちに時間をかけて仕事を引き継いでいくのだ。
研究の成果を領地で試してみたいという気持ちもあった。
やってみたいことがたくさんある。
それには領民の理解を得て協力を仰がなくてはならない。
子供のころから領地の視察へついて行くと、いつも領民は「ハリー坊ちゃん」と呼んでかわいがってくれた。
今回の帰国の途でも、通りがかった領民が嬉しそうに「ハリー坊ちゃん、おかえりなさい!」と声をかけてくれた。
そう呼ばれるのが懐かしい。きっとうまくいく。
意気洋々と屋敷に着いたハリソンだったが、出迎えた家人たちのなんとも暗い表情に違和感を覚えた。
「おかえりなさいませ、ハリソンぼっちゃま」
「ああ、ただいま。出迎えご苦労。・・アリスは?姿が見えないようだけど」
そう問うと、家令のじいやが深々と頭を下げた。
「アリステルお嬢様は家を出られました」
「え?でかけてるの?」
「…いいえ、家出をされ、今は行方知れずでございます」
「なんだって!?」
「まずはお部屋へ。そちらでご説明いたします」
事情を聞くと、ハリソンが家を出てからの5年間、アリステルは離れにある狭い別棟へ追いやられ、ほとんどの使用人はアリステルと顔を合わせることもなかったらしい。
3か月ほど前に忽然と姿を消したという。
ついに嫌気が差して家出をしたのだろうと、だれもが言った。
継母のエヴァはアリステルの不在を聞くと、別棟担当のメイドたち全員に責任を負わせ、解雇したそうだ。
「父はどうしたのだ。アリスを探したのか」
「いいえ。奥様がご主人様へ連絡した際に、自分の力不足で申し訳ないとお泣きになられまして、ご主人様は奥様をかばわれました。アリステルなど知らぬ、放っておけば野垂死のうが、問題を起こされては困るので一刻も早く除籍しろと申されました」
「除籍だって!?」
ハリソンは目の前を真っ暗になり、よろめいた。
たった一人の妹が除籍された・・・。
自分は妹を見捨ててしまったも同然だ。
お兄様に会いたいと、手紙を寄越していたのに、ただの一度も様子を見にも来ないで。
「ハリソン様、この者の話を聞いてください」
じいやが連れてきたのは、一人のメイドである。
ハリソンの前に怯えた様子で立っている。
アリステルに付いていたメイドたちはみな解雇されてしまったが、そのうちの一人と仲が良かったと言う。
「話を聞こう。そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」
「は、はい。実は、アリステルお嬢様がいなくなった日、別棟のメイドたちが話していたのです。5年間もお嬢様は放置されていたのに、奥様がアリステル様をお茶の席に呼んだと・・・。急いでアリステルお嬢様の支度を整えなくてはいけないと忙しそうにしておりました」
話を補足するように、じいやが話す。
「私が留守にしていた日のことにございます。その日、馬の世話をしていた下男が一人、行方をくらましております。その男がアリステルお嬢様をさらって逃げたと、奥様は申されました。しかし、その男の家族が下町に残されておりまして、奥様に遠くまで荷を運ぶよう命じられたと言って出かけたと。それきり戻らないそうでございます」
「なんということだ・・・!アリスはあの女に始末されたというのか」
ハリソンはギリギリと音がするほど奥歯をかみしめ、痛みに耐えるようにこぶしを震わせた。
「じい、アリスの足取りを追ってくれ。国中の修道院、孤児院、救護院を当たるんだ。伯爵家の私兵団を動かして魔の森方面も浚え。それからあの女の…エヴァの周辺も探れ。徹底的にだ。頼んだぞ」
「かしこまりました」
じいやは深々とお辞儀をして、指示を飛ばすため退室した。
「アリス、すまない。待っていてくれ…!どうか無事で…!」
母が亡くなり、さほど日が経たないうちにやって来た継母が、ハリソンと妹のアリステルを疎ましく思っていることには、早くから気が付いていた。
継母が来てからは、亡き母を偲んでアリステルと思い出話をすることも憚られた。
以前は明るく活発だったアリステルが日に日に笑わなくなり、ほとんどおしゃべりをしなくなると、ハリソンは胸が痛んだが、何もしてやれはしなかった。
そんな力のない自分が恨めしく、早く大人になりたいと思った。
ナバランド国の貴族は14歳になると国の歴史や貴族のなりたち、貴族社会での社交などを学ぶため、学院に通うことになる。
当たり前のように国立学院へ入学するつもりでいたが、継母の勧めで隣国スコルトへの留学がすでに決められていた。
スコルト国は南の温暖な気候で、農業が盛んであった。
農業に関してはスコルト国の方がナバランド国より先進的な研究が行われていた。
土壌の改良、冷害に強い麦の開発など、結果としてこの留学がハリソンにとって有益であったことは幸いであった。
3年間の留学期間を終えても、ハリソンは国に帰らなかった。
まだ研究の途中であった。
もういくらかのデータを取って、開発した麦の生育を寒冷地で確認する作業を行いたかった。
そんな理由の裏に、家に帰りたくないという気持ちがあったことは否めない。
20歳となり、研究のめどがようやくついたタイミングで、帰国することになった。
父の執務を手伝いながら仕事を覚えて行かなくてはならない。父が健在のうちに時間をかけて仕事を引き継いでいくのだ。
研究の成果を領地で試してみたいという気持ちもあった。
やってみたいことがたくさんある。
それには領民の理解を得て協力を仰がなくてはならない。
子供のころから領地の視察へついて行くと、いつも領民は「ハリー坊ちゃん」と呼んでかわいがってくれた。
今回の帰国の途でも、通りがかった領民が嬉しそうに「ハリー坊ちゃん、おかえりなさい!」と声をかけてくれた。
そう呼ばれるのが懐かしい。きっとうまくいく。
意気洋々と屋敷に着いたハリソンだったが、出迎えた家人たちのなんとも暗い表情に違和感を覚えた。
「おかえりなさいませ、ハリソンぼっちゃま」
「ああ、ただいま。出迎えご苦労。・・アリスは?姿が見えないようだけど」
そう問うと、家令のじいやが深々と頭を下げた。
「アリステルお嬢様は家を出られました」
「え?でかけてるの?」
「…いいえ、家出をされ、今は行方知れずでございます」
「なんだって!?」
「まずはお部屋へ。そちらでご説明いたします」
事情を聞くと、ハリソンが家を出てからの5年間、アリステルは離れにある狭い別棟へ追いやられ、ほとんどの使用人はアリステルと顔を合わせることもなかったらしい。
3か月ほど前に忽然と姿を消したという。
ついに嫌気が差して家出をしたのだろうと、だれもが言った。
継母のエヴァはアリステルの不在を聞くと、別棟担当のメイドたち全員に責任を負わせ、解雇したそうだ。
「父はどうしたのだ。アリスを探したのか」
「いいえ。奥様がご主人様へ連絡した際に、自分の力不足で申し訳ないとお泣きになられまして、ご主人様は奥様をかばわれました。アリステルなど知らぬ、放っておけば野垂死のうが、問題を起こされては困るので一刻も早く除籍しろと申されました」
「除籍だって!?」
ハリソンは目の前を真っ暗になり、よろめいた。
たった一人の妹が除籍された・・・。
自分は妹を見捨ててしまったも同然だ。
お兄様に会いたいと、手紙を寄越していたのに、ただの一度も様子を見にも来ないで。
「ハリソン様、この者の話を聞いてください」
じいやが連れてきたのは、一人のメイドである。
ハリソンの前に怯えた様子で立っている。
アリステルに付いていたメイドたちはみな解雇されてしまったが、そのうちの一人と仲が良かったと言う。
「話を聞こう。そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」
「は、はい。実は、アリステルお嬢様がいなくなった日、別棟のメイドたちが話していたのです。5年間もお嬢様は放置されていたのに、奥様がアリステル様をお茶の席に呼んだと・・・。急いでアリステルお嬢様の支度を整えなくてはいけないと忙しそうにしておりました」
話を補足するように、じいやが話す。
「私が留守にしていた日のことにございます。その日、馬の世話をしていた下男が一人、行方をくらましております。その男がアリステルお嬢様をさらって逃げたと、奥様は申されました。しかし、その男の家族が下町に残されておりまして、奥様に遠くまで荷を運ぶよう命じられたと言って出かけたと。それきり戻らないそうでございます」
「なんということだ・・・!アリスはあの女に始末されたというのか」
ハリソンはギリギリと音がするほど奥歯をかみしめ、痛みに耐えるようにこぶしを震わせた。
「じい、アリスの足取りを追ってくれ。国中の修道院、孤児院、救護院を当たるんだ。伯爵家の私兵団を動かして魔の森方面も浚え。それからあの女の…エヴァの周辺も探れ。徹底的にだ。頼んだぞ」
「かしこまりました」
じいやは深々とお辞儀をして、指示を飛ばすため退室した。
「アリス、すまない。待っていてくれ…!どうか無事で…!」
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