神楽坂探偵社の妖怪事件簿

中野莉央

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「何で引き受けてくれないのよ、真宮くん! ここはペット専門の探偵社なんでしょ!?」

「正確には『迷子になったペットの捜索』だ。それ以外は専門外。警察に言ってくれ」

「警察じゃあ調べてくれなかったから、ここに来たんじゃない! あら? あなたは」

「あ、こんにちは。私は真宮ナオミです」

「……俺の妹だ」

 兄に詰め寄ってた女性が事務所に入ってきた私に気付いたので軽く頭を下げれば、兄が簡潔に紹介してくれた。それを聞いた女性は軽く目を見開いた後、瞳を輝かせた。

「まぁ、妹さんなのね。可愛い。そのセーラー服姿ってことは中学生?」

「はい。中学三年生です。春には高校生になります」

「おい。高校に合格したのか?」

「うん。さっき合格発表、確認してきたよ! 第一志望の高校に合格!」

「そうか。良かったな」

 ガッツポーズで喜びを露わにすれば兄は表情をやわらげた。そう、私は先ほど第一志望の高校に合格したのを確認してきたばかりなのだ。

 今はネット社会だから文明の利器が発達している関係でわざわざ現地にって確かめる必要は無かったりするのだが、やはりこういうことは現地に行って肉眼で確認したいと思って寒い中、外を出歩き帰りがけに兄の事務所に寄って直接、報告しようと思ったのだ。

「そうなのね! ナオミちゃん、おめでとう!」

 黒髪セミロングの美人は自身の両手をあわせて、満面の笑みを浮かべ私を祝福してくれた。

「ありがとうございます! ところで、あなたは?」

「まぁ、私ったら自己紹介が遅れてごめんなさいね。私はあなたのお兄さん、真宮ユウト君の大学時代の同級生で沖原沙織よ。ナオミちゃん、よろしくね」

「あ、よろしくお願いします」

 なるほど、てっきり探偵事務所に仕事の依頼に来た人なのかと思っていたが兄の同級生なのか。それなら、私に対して妙にフレンドリーなのも頷ける。そう思った時、沖原沙織さんはポンと手を叩いた。

「そうだ! 良いこと思いついたわ! ナオミちゃん、北海道に行きたくない!?」

「北海道?」

「そうよ! ナオミちゃんの中学卒業と高校入学を祝って、お兄さんのユウト君とナオミちゃんが兄妹で北海道旅行に行けば良いんだわ! ナオミちゃん、今なら、なんとタダで北海道旅行に行けちゃうのよ!」

「えっ! タダなんですか!? 本当に……?」

「本当、本当! 北海道の雪山にあるペンションに宿泊して、北海道の新鮮な海の幸、山の幸を味わえるわ! ペンションのオーナーが仕留めたジビエのエゾ鹿料理も堪能できるし、上質なパウダースノーのスキーも楽しめるわ。それに北海道でしか見られない野鳥のタンチョウヅルやオオワシ、オジロワシ、シマフクロウとかをバードウォッチングしたり出来るわよ!」

「うわぁー! 素敵! 私、鳥が大好きなんです!」

「まぁ、ますますナオミちゃんの卒業旅行に打ってつけね!」

「おい、ちょっと待て……」

「真宮くんは黙ってて。私はナオミちゃんと話をしてるの! それでどう? ナオミちゃん。北海道旅行、行きたい?」

「行きたいです!」

「OK! じゃあ決まりね! ペンションのオーナーには私から話を通しておくわ。私はこの後、用事があるからこれで失礼するけど真宮くん。ナオミちゃんとあなたの都合の良い日程、早めに教えてね」

 とても良い笑顔で微笑んだ沖原沙織さんはコートをひるがえし、ブーツのヒール音を鳴らしながら悠然と事務所を出て行った。セミロングの美女を見送った後、私は思いがけない幸運とサプライズに胸を躍らせた。

「わぁ~! 嬉しい。北海道旅行だ~! 美味しい海の幸、山の幸、楽しみだなぁ。……って何で頭を抱えてるの」

「おまえ……。まんまとあの女に乗せられやがって。タダで北海道旅行なんて、そんな上手い話がある訳ないだろう」

「え、だって沙織さん。タダって言ってたけど?」

「おまえがタダ旅行でも、俺が働かないといけないんだよ!」

「そういえば沙織さんって、やっぱり仕事の依頼に来てたの?」

「そうだ……。せっかく、断ろうと思ってたのに」

「何で断るの? ペット関連の依頼なんでしょう? 受ければいいじゃない」

 この探偵事務所は兄の方針と諸事情で迷子ペットの捜索専門に特化している。ペットが行方不明になって困った人がいるなら助けてあげればいい。そう思って私が話しかけた時、部屋の奥に置かれている机の下から茶色い物体が飛び出してきた。

「ワンッ!」

「コロちゃん! 久しぶり~!」

 丸々とした赤茶色い秋田犬によく似た姿の仔犬は嬉しそうに尻尾を振りながら私の腕の中に飛び込み、私の親指を「あぐあぐ」と甘噛みしている。

「おい。変な名前で呼ぶな」

「何よ~。コロちゃんのどこが悪いのよ~。大体ちゃんとした名前をつけてないのが悪いんでしょ?」

「そんなフラフラしてる奴は『犬っコロ』でじゅうぶんだ」

「酷いご主人様よね~。私は『コロちゃん』って呼んであげるからね! コロちゃんの方が可愛いくて良いでしょ?」

「ワンッ!」

「ほら~。コロちゃんも、こっちの呼び方のが良いって言ってるわ! この探偵事務所がペット捜索専門で経営できてるのは全部コロちゃんのおかげなんだから、もっと待遇を良くしてあげるべきよ! こんなに可愛いのにブラック企業で酷使されるなんて、コロちゃんが可哀そうだわ!」

「誰がブラック企業だ……。オラ」

「わうっ!」

 兄が面倒そうに棚から犬用の鶏肉ささみジャーキーの袋を出して中から一本、ポイと投げればコロちゃんは瞳を輝かせて激しく尻尾を振りながらジャーキーを空中でキャッチした。そして大切そうにジャーキーを両前足で押さえながら嬉しそうにむしゃぶりついている。

 ちなみに棚の横に設置されている本棚には全国の事故についての資料、自然環境や気象学、生物学の本、鉄道の本。歴史書、妖怪についての本など、速読ができて瞬間記憶能力という優れた暗記能力を持つ兄が興味を持った分野の本がズラリと並んでいる。もっとも瞬間記憶能力は兄が興味を持った分野にしか発揮されないので、それ以外の日常生活における記憶能力はごく普通らしい。

 それにしても探偵稼業をやっているのだから全国の事故についての本、百歩譲って環境や生物学の本、歴史書まではともかく、妖怪についての本など並べていてこの事務所を訪ねて来た依頼人が本棚のラインナップを見て不安になり、踵を返してしまうんじゃないかと心配になる。

「はぐはぐっ!」

「たった一本の犬用ジャーキーでそんなに嬉しそうにして。コロちゃんは何て良い子なの! 悪徳上司はとんでもない上前をはねてるのに、健気に尽くし続けるコロちゃんは忠犬の鏡ね!」

 私がそっと涙をぬぐう仕草をすると、兄は呆れ顔で大きな溜息を吐いた。
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