神楽坂探偵社の妖怪事件簿

中野莉央

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「そもそも、その犬っコロは何もやらなくても問題ないのに、わざわざ嗜好品をくれてやってるんだからむしろ最大限に配慮してやってるだろう?」

「あら、神様にお供えをするのは当然なんじゃないの? だってコロちゃんは犬神なんでしょう?」

「あぐ?」

 そう。たった今、犬用ジャーキーを食べ終わって満足げな表情をしながら小首をかしげたコロちゃんは可愛らしい仔犬と見せかけて実は犬神だ。何でもある時、道を歩いていた兄に憑りついて離れなくなったのだという。

 最初は妙な犬の霊に憑りつかれた。除霊したいと思っていた兄だったが、探し物を見つけてくれたりコロちゃんが思いのほか役に立つため、犬神を使役するような形になっていったのだという。

 この探偵事務所が迷子になったペットをすぐに見つけることが出来ると評判になれたのも、依頼主である飼い主から迷子になったペットの首輪など私物のニオイをコロちゃんに嗅がせて、居場所を突き止めているからなのだ。

 つまり、この探偵事務所が運営できているのはコロちゃんのおかげと言っても過言ではない。ちなみにコロちゃんは、この事務所にある机の下がお気に入りの場所である。そんな名犬コロちゃんを兄は一瞥した。

「コイツは正式な犬神じゃない。ノラの亜種だ」

「でも一般的な犬神って、犬の霊なんでしょ? じゃあ、コロちゃんはやっぱり犬神じゃない」

「犬の霊には違いないが正式なモノじゃない……。はっきり言ってコイツは地縛霊だか、浮遊霊だかよく分らんモノだ」

 兄は訝しそうな目で仔犬を見据えているが、コロちゃんは素知らぬ顔で口の周りを舐めている。

「きっとコロちゃんは一匹で寂しかったのね。ここにいれば見える人がいるし、寂しくないもの!」

「わう!」

 私のヒザに飛び乗り嬉しそうに尻尾を振るコロちゃんの頭をなでてあげれば、仔犬は満足げに目を細めた。その様子を見ていた兄は眉間に皺を寄せる。

「おまえ、相変わらず俺と一緒の時以外は見えないのか?」

「うん。ここに来たらコロちゃんが見えるけど、一人で街を歩いてるときは全然見えないのよねぇ……。なんでかしら?」

 不思議なことに私が仔犬の霊であるコロちゃんの姿や声を視認できるのは兄と一緒の時だけだ。何故か一人の時は、霊だの妖怪だのは見えない。

「まぁ、見えない所で日常生活に差支えは無いだろう。むしろ見えた方が変人扱いされる可能性のほうが高い」

「そうよねぇ……。所で沙織さんってこの探偵事務所に仕事の依頼で来たんでしょう? 断りたかったって、どんな依頼内容なの?」

「沖原沙織の婚約者が経営している北海道のペンションで飼ってる犬が三匹、立て続けに死んだそうだ」

「えっ! 死んでるの!? 行方不明じゃなくて?」

「そう。すでに死んでいる。迷子のペット捜索専門の探偵事務所としては完全に範疇外の案件だ」

 ペットの捜索専門の探偵事務所に来た位だから、てっきり迷子犬の捜索だとばかり思っていたのにペットの死亡案件とは全く予想していなかった私は愕然とした。

「待って……。ペットが死んでるのに、何でここに来たの?」

「ペットの死因に不審な点があるそうだ?」

「変死ってこと?」

「いや、むしろ遺体に外傷はなく三匹とも犬の遺体は綺麗な状態だったそうだ……。冬の北海道で雪山に出て亡くなっていたことから凍死だと見られているが沖原沙織はまだ、そのペンションには仔犬がいるから仔犬たちまで同じように死なせない為にも現地に行って不信点はないか調べて欲しいと、この探偵事務所に訪ねてきた」

「そうなんだ……。三匹も死んでるなんて可哀想だけど、遺体に外傷がなくて雪山で死んでるならやっぱり凍死なんじゃ?」

 状況的に考えて雪山で迷った犬が凍死して死んでしまったとしか考えられない。それなのに、わざわざ死因を調べて欲しいなんて。しかも北海道までの交通費と滞在費を兄だけならともかく、妹の私の分まで負担しようなんて、ただごとでは無い気がする。

「……俺としては現地に飛んだところで何が出来るとは思えない。不審な点があるなら現地に居る人間がある程度、把握してるだろうし犬が死んでから時間がたってる雪山に行って何か出来るとも思えん」

「そうよね。でも沙織さんに北海道旅行、行きたいって言っちゃった」

「沖原沙織の実家は資産家だ。交通費や諸経費は当然、沖原沙織が負担するだろうがそれは依頼者としては当然のことだ。それに現場のペンションは沖原沙織の婚約者が経営してるそうだから。この際、おまえは卒業旅行として羽を伸ばせばいいだろう……。尤も俺は雪山で孤独に犬の死因を調べないといけないわけだが……」

「あー。ゴメン! 私も手伝うから!」

 極寒の雪山で一人、犬の死因について調べねばならない光景を思い浮かべているのだろう。死んだ魚のような目で窓の外を見つめる兄を見て、私は協力すると叫ばずにはいられなかった。
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