神楽坂探偵社の妖怪事件簿

中野莉央

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 鹿の死骸から然程離れていない場所に。針葉樹の傍に翼上部と尾羽の白さが特徴的な黒褐色の猛禽。黄色いクチバシが目に鮮やかな大鷲が雪の上に立っていた。

「オオワシだな……。何故こんな夜半にも関わらず、地上にいるんだ?」

「普通は木の上にいるはずよね……」

「ああ、地上はキタキツネのような肉食の獣に襲われるリスクが高いからな」

「このオオワシ、様子がおかしいわ」

 妙なことに大鷲は私と兄がすぐ近くにいて会話までしてるというのに、逃げたり警戒して飛び立つような素振りを見せない。それどころか右翼を針葉樹の幹にもたれるようにして、かろうじて立っているという状態だった。

 さらによく見れば、大鷲は半目で黄色いクチバシを開けたり閉じたりと何やら苦しげな様子だ。兄がしゃがみ込んで視線を低くして、じっと大鷲を凝視する。

「オオワシの尾羽が汚れている」

「……本当だ」

 大鷲の尾羽にはフンが付着して緑色に汚れているのが見えた。野生でも飼育下でも、鳥が健康体なら自身の糞尿で身体が汚れている状態というのはまず無い。つまり、この大鷲は体調を崩しているんだ。そう察した時、大鷲は半目のまま雪原に倒れた。

「あっ!」

「野生の大鷲が人間の前で倒れるということは……。力尽きて絶命したか」

「そんな……」

 突然、大鷲の死を目の当たりにして、白い息を吐きながらやりきれない思いでいた時だった。不意に黒い影が雪の上に落ちた。驚いて上空を見上げると満月の下、巨大な鳥が針葉樹の枝にとまっていた。私と兄がその姿を認識した瞬間、鳥は巨大な翼を広げて羽ばたき周囲に強い風を起こしながら地上に舞い降りてきた。

「翼を広げた大きさが五メートル弱……。金森がいってたのはコイツか!」

「この鳥が……。金森さんの見た怪鳥!?」

「ああ、大きさといい間違いないだろう」

「イツマデ、イツマデ……」

 驚いたことに怪鳥は雪の上で冷たくなっているカラスやエゾ鹿の遺骸を覗き込んだ後、息絶えた大鷲の傍に近寄り、遺骸の傍に寄り添った。まるで大鷲の死を悼み嘆くように、哀しそうな声で鳴いている。

「いるなら条件から以津真天イツマデだろうとは思っていたが、本当に存在していたか」

「これが怪鳥、以津真天イツマデ

「マタ、人間によって無為に命が奪われた……。イツマデ、イツマデ……」

「しゃべった!」

「意思疎通が出来る妖怪か。ちょうど良いな」

「そ、そうね……」

 人間の言葉を話すことができるということは、人間の言語を理解して意思疎通が可能ということだ。ここに連れてきてくれたコロちゃんは、この巨大な怪鳥を見ても特に敵意を示している様子はない。つまり怪鳥にこちらを襲う敵意は無いはず。

 妖怪、以津真天イツマデは大鷲の死を嘆いているようだが『人間によって無為に命が奪われた』と言っている。つまり、この場にいた私たちが大鷲を殺したと思っているに違いない。ならば、まずは誤解を解かねばならないだろう。

「あの、そのオオワシは私たちが来た時には、もう苦しそうにしていたわ……。私たちはそのオオワシを殺してないの。誤解よ? 人間はそのオオワシを殺して無いわ」

「否……。コノ哀れなオオワシは人間が、鹿に仕込んだ『毒』の所為で死んだのダ」

「毒!?」

 想像だにしていなかった単語が以津真天イツマデから飛び出し仰天した。確かに状況から言って毒が仕込まれていたというなら、鹿の死骸周辺でカラスやオオワシが死んでいるのにも納得できる。しかし、人間が鹿の死体に毒を仕込んで野生のオオワシやカラスを殺害するなんて動機がないはずだ。

「おまえは……。毒について『イツマデ』と嘆いていたのか? 俺は当初、鹿かと思っていたんだが?」

「生物である以上、他者の命を奪って血肉を喰い自らの命を繋ぐ事が、世の理だというのは分かってイル……。しかし人間は何故、死体に毒を仕込んで無為に生物を苦しめて殺すノカ? いつまでこの悲劇を繰り返すノカ?」
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