神楽坂探偵社の妖怪事件簿

中野莉央

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「長い歴史の中で人間が鉛を利用して有毒なのは分かりきってるし、鉛弾は北海道で規制までされてるのに未だにこんな状況が続くなんて……」

「そもそも北海道では鉛弾の販売は行われていないが、本州など他の地域では普通に鉛弾が販売されているから結局、北海道外から安価で購入した物を持ち込んで使われている。現状では残念ながらザルのような規制と言わざるをえないだろう」

「そんな! 鉛弾を禁止してる意味が無いじゃない! 猟銃が使われなければ、こんなことも起こらなかったのに!」

 込み上げてきた熱い涙がおさえきれず頬を伝ってポタポタと雪上に落ちる。悔しくて唇を噛む私を見て、兄は首を横に振った。

「金森のようなマナーの悪いハンターを知ってしまうと、全てのハンターが悪いように受け止められるかもしれないが、そんなことはない。……むしろハンターがいなくなってしまったら、もっと大変なことになるだろう」

「どういうこと? ハンターがいなくなれば、鉛弾で死ぬ鳥獣もいなくなるじゃない? 希少なオオワシやオジロワシみたいな絶滅危惧種も鉛弾の被害に遭わなくて済むようになるでしょう?」

「……北海道ではエゾ鹿が増えすぎているという問題がある。エゾ鹿は平成22年のピーク時に68万頭もいた」

「68万頭!? 北海道のエゾ鹿って、そんなに多かったの?」

 日本で確認されているオジロワシの個体数が900匹以下だということを考えれば、エゾ鹿の個体数の多さは桁違い過ぎて呆然としてしまう。

「平成28年では45万頭ほどだが、これはハンターによる捕獲などが大きい。熊や蛇などと違って冬眠しない鹿は緑のほとんどない冬場でも、ずっとエサを食べ続けなければいけない。植物が豊富な春から秋にかけては食糧確保に何の問題もないが冬場になると最初の内は一年中、生い茂っている笹のような植物を食べて細々と食料を確保する。しかし、積雪量が多くなると貴重な植物も完全に雪で埋没する。そうなると鹿たちは森林の樹皮を剥いで食べながら飢えをしのぐ」

「樹皮って、樹の皮でしょう? そんなの冬場に食べられたら食害を受けた樹々が弱って枯れてしまうんじゃないの?」

「ああ、エゾ鹿の食害で森林などの環境破壊が大変なことになっている。鹿は人間同様、食の好みがある。自分が旨いと感じる周囲の植物を食いつくす。逆に好みではない植物はほとんど食べない。だからエゾ鹿が好んで食べる広葉樹のニレ類やケヤキの樹などは冬場、甚大な被害を受ける。北海道内にある人工林で把握されているだけでもおびただしい数の、鹿による食害が報告されているんだ」

「積雪量が多い冬場にたくさんの鹿が食料を確保しようと思ったら、ほとんど選択肢はないんでしょうね……」

「数が少ないなら許容範囲なんだろうが、何十万頭もの鹿が冬場も毎日、食料を求めて森林の樹皮などを剥いで食べていれば被害は大きい。樹皮の一部を剥がされる程度なら自然治癒が可能だが、エサの無い冬場は鹿の口が届く範囲の樹皮を食い尽くす。そして、樹は枯れてしまう。森林が鹿の食害を受けることで他の生物に悪影響が出ることもある」

「他の生物って?」

「まず冬場に樹皮を食われる樹以外にも、春から夏にかけて北海道の湿原に咲く花。知床岬や霧多布湿原などで鮮やかな青紫色の花を咲かせる檜扇菖蒲ヒオウギアヤメや黄色い花を咲かせる蝦夷禅庭花エゾゼンテイカなどの植物もエゾ鹿に食い尽くされて甚大な被害を受けている。こういう植物が食い尽くされることで、希少な昆虫や鳥獣の住処や餌場が失われることにも繋がりかねない。日本国内で900匹以下しか個体数が確認されていないオジロワシは渡り鳥だが、一部の個体は海外に渡らず日本国内にとどまり続けるケースもある。しかし、鹿によって自然環境が悪化すればオジロワシのような絶滅危惧種の猛禽類にも、住処や餌の確保という面で影響が出ることも考えられる。だからハンターによる鹿の捕獲や駆除も必要になってくるんだ」
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