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ニセモノ
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「メアリー、急に呼び出しちゃってごめんなさい」
「大丈夫よ、気にしないで。それよりなにがあったの?」
メアリーがラングスレッタ家の門をくぐると、エントランスホール二階からグリンダが降りてくる。
「うぁっ!」
急ぐあまりスカートの裾を踏んでしまったグリンダが転びそうになる。
傍にいた使用人が一斉に彼女へ手を伸ばしたが、届くことはなかった。
なぜならばメアリーが誰よりも先に、グリンダを受け止めたからだ。
「そんなに慌てずとも、僕はずっとここにいますよレディ」
メアリーが遊び半分で男性口調になると、グリンダ及び女性使用人の頬が一斉に赤く染まった。
「なんちゃって。私のために走り寄ってくれたことは嬉しいけど、焦って怪我をするのは絶対にダメよ。自分の身を大切にしなきゃ」
「ありがとう、メアリー」
グリンダはスカートを整えながら、礼を述べた。
「それで、今日はなんの用で私を呼びだしたの?」
赤面してどこか上の空であったグリンダ表情が真剣なものへと変わる。
「えーと、今日はね。貴方に会って欲しい人がいるの」
「どなたなの?」
「フィネラ叔母様の実家で働いていた使用人の方よ」
メアリーの心が喜びで満たされる。
そう、よくやったわ。グリンダ、貴方のおかげでやっと、あの女について知ることができる。
***
ラングスレッタ家の客室で待っていたのは、メアリーより、かなり年上の女性であった。使用人なら女中頭か家庭教師にでもなっていそうな年齢だ。
「こんにちは、マダム。私はターレンバラ伯爵の娘。メアリー・ターレンバラです」
「初めまして、レディ・メアリー。お会いできて光栄です。私はセシリアと申します」
セシリアは震える声で自己紹介をしてから、何度も周囲をキョロキョロと見回した。まるで、話を聞かれるのがまずいと言わんばかりに。
「少々、お待ちください」
メアリーは予め用意しておいた虹色の液体が入った試験管を取り出し、蓋を開けて地面に垂らす。
液体は地面に触れた途端、消えてしまった。
「外部に音が漏れないように結界を貼ったわ。これで、どんな会話でも他の者に伝わることはない」
「へぇ、メアリーって魔法が使えたのね?」
グリンダが両手で口を多いながら驚く。
「簡単な物なら、ちょっとだけね」
メアリーが答えると、セシリアは安堵したかのように表情を緩ませた。
「お気遣いありがとう。今から私が話すことは他言無用でお願い致します」
「もちろん、そのつもりよ。安心して」
メアリーが優しく呼びかけると、セシリアはゆっくりと話始めた。
フィネラお嬢様が産まれたのは暖かい春の日でした。
今でもはっきりと覚えています。
虹色の瞳が奥様によく似ておいでで、愛らしい赤ん坊でした。
光栄にもフィネラお嬢様の育児係に選ばれた私は、毎日少しずつお嬢様に礼儀作法や読み書きを教えました。
私の努力が報われたのか、お嬢様は日に日に素敵な淑女に育っていきました。
物覚えがよく、基本的に何でもこなすことができたお嬢様でしたが、一つ問題がありました。
それは極度な人見知りであったことです。基本的に家族と一部の使用人以外とは、一切言葉を交わさず、外に出ることでさえ嫌がることが多かったのです。
このままでは将来、嫁ぎ先探しをすることができなくなってしまう。
どうにかして、お嬢様の人見知りを直すことができないものか。当時の私は、悪戦苦闘していました。
しかし、変化は突然訪れたのです。
ある日、お嬢様は「部屋に子猫が迷い込んできたから追い出してほしい」と言われました。
普段、お屋敷に動物が迷い込むことなどないので不審に思いつつ、私は言われるがままに嫌がる猫を庭に追い出しました。
この出来事を境にお嬢様は変わりました。貴族から平民まで、身分を問わず分け隔てなく親切に接するようになったのです。
経緯がどうであれ、私はお嬢様の変化を喜んでいました。そう、初めのうちは。
お嬢様と関わっているうちに、私は段々と彼女の闇に気づき始めました。
ある時、一人のハウスメイドが、虐めを受けている様子を見た、お嬢様は彼女を庇いました。この様子を見た使用人、一同はお嬢様を賞賛しました。
しかし、お嬢様のお気に入りになったことで調子に乗った彼女は、他のメイドに対して威張り初めました。
すると、お嬢様は彼女に容赦なく冷たい言葉を放ってから解雇したのです。
まるで、その様子は”常に他人から好かれるために演技を続ける役者”のようでした。
上辺だけの思いやりを見せて人々を魅了し、邪魔になれば容赦なく排除する。
この時点で、もう既に私はお嬢様が恐ろしくて仕方がありませんでしたが、歳を重ねるごとにお嬢様の性格はもっと残虐になっていったのです。
お嬢様は舞台女優から貴族令嬢まで、気にくわない人気者を排除するようになりました。
しかも自身の手は汚さず、お嬢様を信頼している者を利用して。
信じられない。大人しくも優しい性格であったお嬢様はどこに行ってしまったのだろう?
ここは、お嬢様の教育係として心を鬼にしなくてはならない。
覚悟を決めた私は、お嬢様に後先を考えない行動は辞めるように諭すことにしました。
しかし、お嬢様は私の言葉を聞き入れないばかりか――。
「もうやめて、セシリア。私は貴方まで失いたくはないわ」
あぁ、信じられない。
かつて誰とも関わろうともしなかったお嬢様が人を脅すだなんて。
「一人で書斎にこもっていた頃のお嬢様は一体どこに行かれたのでしょうね?」
感情的になった私は、ただ一言吐き捨ててから部屋を立ち去りました。
すると、背後から声が帰ってきたのです。
「フィネラお嬢様なら、貴方自身が捨ててしまったじゃない」
一瞬、私はなにを言われたのか分かりませんでした。
例えか比喩表現ではないのかと、お嬢様の放った言葉の意味を考えた末、一つの答えにたどり着きました。
背筋が凍りました。
とても、恐ろしくて仕方ありませんでした。
私は思い出したのです。
あの日、庭に捨てた子猫のことを。
やっと気づいたのです。
本物のお嬢様は子猫に変えられて、私がこの手で捨ててしまいました。
現在、私の前に立っているお嬢様はニセモノなのだと。
「大丈夫よ、気にしないで。それよりなにがあったの?」
メアリーがラングスレッタ家の門をくぐると、エントランスホール二階からグリンダが降りてくる。
「うぁっ!」
急ぐあまりスカートの裾を踏んでしまったグリンダが転びそうになる。
傍にいた使用人が一斉に彼女へ手を伸ばしたが、届くことはなかった。
なぜならばメアリーが誰よりも先に、グリンダを受け止めたからだ。
「そんなに慌てずとも、僕はずっとここにいますよレディ」
メアリーが遊び半分で男性口調になると、グリンダ及び女性使用人の頬が一斉に赤く染まった。
「なんちゃって。私のために走り寄ってくれたことは嬉しいけど、焦って怪我をするのは絶対にダメよ。自分の身を大切にしなきゃ」
「ありがとう、メアリー」
グリンダはスカートを整えながら、礼を述べた。
「それで、今日はなんの用で私を呼びだしたの?」
赤面してどこか上の空であったグリンダ表情が真剣なものへと変わる。
「えーと、今日はね。貴方に会って欲しい人がいるの」
「どなたなの?」
「フィネラ叔母様の実家で働いていた使用人の方よ」
メアリーの心が喜びで満たされる。
そう、よくやったわ。グリンダ、貴方のおかげでやっと、あの女について知ることができる。
***
ラングスレッタ家の客室で待っていたのは、メアリーより、かなり年上の女性であった。使用人なら女中頭か家庭教師にでもなっていそうな年齢だ。
「こんにちは、マダム。私はターレンバラ伯爵の娘。メアリー・ターレンバラです」
「初めまして、レディ・メアリー。お会いできて光栄です。私はセシリアと申します」
セシリアは震える声で自己紹介をしてから、何度も周囲をキョロキョロと見回した。まるで、話を聞かれるのがまずいと言わんばかりに。
「少々、お待ちください」
メアリーは予め用意しておいた虹色の液体が入った試験管を取り出し、蓋を開けて地面に垂らす。
液体は地面に触れた途端、消えてしまった。
「外部に音が漏れないように結界を貼ったわ。これで、どんな会話でも他の者に伝わることはない」
「へぇ、メアリーって魔法が使えたのね?」
グリンダが両手で口を多いながら驚く。
「簡単な物なら、ちょっとだけね」
メアリーが答えると、セシリアは安堵したかのように表情を緩ませた。
「お気遣いありがとう。今から私が話すことは他言無用でお願い致します」
「もちろん、そのつもりよ。安心して」
メアリーが優しく呼びかけると、セシリアはゆっくりと話始めた。
フィネラお嬢様が産まれたのは暖かい春の日でした。
今でもはっきりと覚えています。
虹色の瞳が奥様によく似ておいでで、愛らしい赤ん坊でした。
光栄にもフィネラお嬢様の育児係に選ばれた私は、毎日少しずつお嬢様に礼儀作法や読み書きを教えました。
私の努力が報われたのか、お嬢様は日に日に素敵な淑女に育っていきました。
物覚えがよく、基本的に何でもこなすことができたお嬢様でしたが、一つ問題がありました。
それは極度な人見知りであったことです。基本的に家族と一部の使用人以外とは、一切言葉を交わさず、外に出ることでさえ嫌がることが多かったのです。
このままでは将来、嫁ぎ先探しをすることができなくなってしまう。
どうにかして、お嬢様の人見知りを直すことができないものか。当時の私は、悪戦苦闘していました。
しかし、変化は突然訪れたのです。
ある日、お嬢様は「部屋に子猫が迷い込んできたから追い出してほしい」と言われました。
普段、お屋敷に動物が迷い込むことなどないので不審に思いつつ、私は言われるがままに嫌がる猫を庭に追い出しました。
この出来事を境にお嬢様は変わりました。貴族から平民まで、身分を問わず分け隔てなく親切に接するようになったのです。
経緯がどうであれ、私はお嬢様の変化を喜んでいました。そう、初めのうちは。
お嬢様と関わっているうちに、私は段々と彼女の闇に気づき始めました。
ある時、一人のハウスメイドが、虐めを受けている様子を見た、お嬢様は彼女を庇いました。この様子を見た使用人、一同はお嬢様を賞賛しました。
しかし、お嬢様のお気に入りになったことで調子に乗った彼女は、他のメイドに対して威張り初めました。
すると、お嬢様は彼女に容赦なく冷たい言葉を放ってから解雇したのです。
まるで、その様子は”常に他人から好かれるために演技を続ける役者”のようでした。
上辺だけの思いやりを見せて人々を魅了し、邪魔になれば容赦なく排除する。
この時点で、もう既に私はお嬢様が恐ろしくて仕方がありませんでしたが、歳を重ねるごとにお嬢様の性格はもっと残虐になっていったのです。
お嬢様は舞台女優から貴族令嬢まで、気にくわない人気者を排除するようになりました。
しかも自身の手は汚さず、お嬢様を信頼している者を利用して。
信じられない。大人しくも優しい性格であったお嬢様はどこに行ってしまったのだろう?
ここは、お嬢様の教育係として心を鬼にしなくてはならない。
覚悟を決めた私は、お嬢様に後先を考えない行動は辞めるように諭すことにしました。
しかし、お嬢様は私の言葉を聞き入れないばかりか――。
「もうやめて、セシリア。私は貴方まで失いたくはないわ」
あぁ、信じられない。
かつて誰とも関わろうともしなかったお嬢様が人を脅すだなんて。
「一人で書斎にこもっていた頃のお嬢様は一体どこに行かれたのでしょうね?」
感情的になった私は、ただ一言吐き捨ててから部屋を立ち去りました。
すると、背後から声が帰ってきたのです。
「フィネラお嬢様なら、貴方自身が捨ててしまったじゃない」
一瞬、私はなにを言われたのか分かりませんでした。
例えか比喩表現ではないのかと、お嬢様の放った言葉の意味を考えた末、一つの答えにたどり着きました。
背筋が凍りました。
とても、恐ろしくて仕方ありませんでした。
私は思い出したのです。
あの日、庭に捨てた子猫のことを。
やっと気づいたのです。
本物のお嬢様は子猫に変えられて、私がこの手で捨ててしまいました。
現在、私の前に立っているお嬢様はニセモノなのだと。
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