57 / 80
第7章 明莉
57 その関係性に名前を付けるなら
しおりを挟む「 ふう……」
ようやくトイレから脱出し、廊下を歩き出した所で溜め息をつきます。
一難去ってまた一難とは、まさにさっきの状況のことでしょう。
華凛さんや日和さんのお誘いをやんわりと断るためにおトイレに行けば、まさかわたしの陰口を聞いてしまうとは……。
冴月さんが上手くカバーしてくれたから良かったですけど、あのままではわたしのハートがブレイクしちゃうところでした。
「そう考えると、冴月さんもなんだか優しいですよねぇ?」
明らかに庇ってくれましたし。
なんだか為になるお話もしてくれましたし。
……なんでしょう。
最初は月森さんたちに告白を強いてきた頭のおかしい人だと思ってたんですけど。
最近はいい人ムーブがすごいです。
「……二人三脚で、わたしの良心が移っちゃいましたかね?」
それしか考えられません。
だって冴月さんがわたしに優しくする理由がないのですから。
「恐るべし、二人三脚」
「……貴女、一人で何を訳の分からないことを言ってるの」
「!? ち、千夜さんっ!?」
気付けば、後ろに千夜さんが怪訝そうな表情で立っていましたっ。
「ぬ、盗み聞きですかっ」
「失礼ね。貴女が神妙な面持ちでいるから心配したのに、意味不明な独白をしているから私も面を食らったのよ」
「え、えへへ……嫌ですね、恥ずかしい」
「どこに羞恥心を抱いてるの貴女……」
独り言を聞かれるのって照れますよね。
「ん? あれ、千夜さん今、わたしのこと“心配していた”って言いました?」
「……そ、それが何。悪いのかしら?」
わお……。
まさか、素直にわたしの心配をしてくれて頂けるとは。
どうしましょう。
最近は冴月さんも、月森さんの皆さんもわたしに優しすぎませんか……?
『あんたが遠巻きに見ようとしていても、あいつらが来るような状況になってんだから。以前とはもう違うのよ』
思い出すのは、冴月さんの言葉。
以前とは変わってしまった、わたしと月森さんたちとの関係性。
「あ、いえ。心配してくれるのはすっごい嬉しいんですけど、あんまりわたしたちが学校で近づくのはよろしくないと言いますか……」
「それは、どういうことかしら」
「え、あの、ちょっと」
しかし、その発言をどう捉えてしまったのか。
千夜さんは鋭い目つきに変わり、さらに一歩を踏み出して距離を詰めてくるのです。
「一体何があったらそんな発言になるのか、その理由を聞かせてもらおうかしら」
言うまで離さないと言わんばかりの圧力と剣幕に、わたしはたじろぎます。
「あ、いえ。さっき生徒さんから、わたしと月森さんたちと絡むのは生意気だという声を聞きまして……」
今までは自分の中で感じていたことでしたが、今回は第三者の意見。
これは重く受け止める必要があるのです。
「関係ないわ」
「え……」
「貴女と私達の関係性を他人がとやかく言う権利はないわ。全ては私達だけの問題よ」
あまりにも真っすぐに、迷いなく千夜さんは告げるのです。
さも当然のように言うものですから、もう一つ確認したくなってしまいました。
「それはわたしが義妹で家族だから、ですよね?」
変わってしまった関係性。
それは家族としての親愛。
全てはそこから始まっていることをわたしは知っています。
ですが冴月さんも、学校中の皆さんもその事情は知りません。
だから、どうしてもそこで行き違いが生じてしまうのです。
その事を、わたしは改めて当事者である千夜さんに確認したいと思ったのです。
「それも関係のないことよ」
「で、ですよねぇ。家族なんですから構って頂けるのは当然……でええええええっ!?」
「一人で何を延々と語っているのよ。奇妙だからやめてちょうだい」
いやいや、だって千夜さんが変なことを言っているんですよ?
「だって義妹であることは関係ないって千夜さんが……」
「ええ、義妹だなんて結局は私達の親の都合でしかないわ」
「そ、それはそうですけど……」
何だか、どえらいことをぶっちゃけますね……。
「だから私は貴女を、華凛や日和と同じ妹とは思えないし思う気もないわ」
「いえ、わたしもあのお二人と全く一緒の扱いを受けられるとは思ってませんけどね……?でもちょっぴり家族としての思いがあるのかなと……」
「じゃあ逆に聞くけど」
「あ、はい」
ぴしゃりと釘をさすように言われ、思わず身が引き締まります。
「貴女は私を家族として、義姉として見ているの?」
「……そ、それは」
「そうじゃないでしょ?少しでもそんな気持ちがあるのなら、同い年の姉にいつまでも名前にさん付けするわけないものね」
……言われて見ると、その通りなのです。
わたしは月森さんたちを義姉として距離感を縮めた感覚は微塵もありません。
どこまでいっても、学園のアイドル“月森三姉妹”という感覚のままなのです。
「自分が感じていないものを、他人には期待するなんて変な論理ね。貴女はどうしてそんなことを思ったのかしら?」
「それは……」
それ以外にわたしと月森さんたちがこうして距離を縮める理由がないと思ったからで……。
言われて見れば、それがおかしいことに気付いたのも確かですけど。
「じゃ、じゃあ……どうして千夜さんはわたしのことを心配して近寄ってくれたんですか?」
それが家族の関係性によるものでないのなら。
千夜さんにとって、わたしとは何なのでしょう。
「貴女を好ましく思っているからに決まっているでしょう」
「……ん?」
するっと、すごい聞き慣れない発言が……。
「えっと……何か言いなさいよ」
いえ、ちょっと処理が追い付かないと言いますか……。
こ、好ましく……?
「もっと分かりやすく言って下さい」
「これ以上ないでしょう!?」
千夜さんのさっきまでの鋭い視線はどこへやら、目線を右往左往させるのです。
何かを探していると言うよりは、何かから逃れようとしているような動きです。
「と、とにかく!私は貴女を貴女として認めているの。だから他人の話に耳を傾ける必要はないし、私達に遠慮も必要ないわ」
「えっと……はい?」
つまり、わたしを義妹としてではなく花野明莉という個人として認めてくれるってことですよね。
だから心配とかしてくれるということで……。
「ほら、昼休みがもうすぐ終わるわ。教室に戻るわよ」
「あ、は、はいっ……!」
先を歩いて揺れる黒髪を目で追います。
わたしたちは、月森千夜と花野明莉として繋がっている。
そうだとすれば、この関係性は何と呼べばいいのでしょう。
「もしかして、わたしたちは友達ってことですか……?」
つまり、ぼっちからの卒業……!?
よ、ようやく本当の意味で学校での居場所が――
「それは認めないわ」
「……ですよねぇ」
――出来ませんでした。
さっきまであんなに暖かった言葉が、急に氷点下に凍り付いていたのですから信じられません。
わたしは人間関係という深淵に、頭を悩ませるのでした。
1
あなたにおすすめの小説
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件
マサタカ
青春
俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。
あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。
そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。
「久しぶりですね、兄さん」
義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。
ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。
「矯正します」
「それがなにか関係あります? 今のあなたと」
冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。
今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人?
ノベルアッププラスでも公開。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない
みずがめ
恋愛
宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。
葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。
そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。
幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。
……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる