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1. 馬の合わない婚約者
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遡ること、半年前──────
私の父オールディス侯爵と、今私の向かいに座っているラウル様の父君ヘイワード公爵様とは、旧知の仲だ。
美しい社交辞令の笑みをたたえるラウル様に向かって、私もアルカイックスマイルを浮かべて挨拶をする。
「改めまして、オールディス侯爵家のティファナでございますわ。このたびのご縁に、心から感謝いたします」
「ご丁寧に。こちらも改めて、ヘイワード公爵家のラウルです。どうぞ末永くよろしく」
「ええ。こちらこそ」
「……」
「……」
まるで初対面のようなよそよそしい挨拶を互いに済ませると、私たちの間には気まずい沈黙が流れた。
幼少の頃から何度も顔を合わせており、しかも先日ついに婚約までした二人だとは、到底思えまい。
互いの父、オールディス侯爵とヘイワード公爵は、ともにこのリデール王国を支える重鎮だ。父オールディス侯爵は財務大臣であり、ヘイワード公爵は領主でありながら外交官長も務め、国内や諸外国を飛び回っている。
二人は若かりし頃から互いに切磋琢磨しあい、ともに成長してきた良きライバルだ。そして唯一無二の親友同士でもあった。
そんな二人はやがてどちらも結婚し、同じ年頃の子どもが生まれた。それが私とラウル様。ラウル様は私の二つ年上だ。けれどだからと言って、私たちの婚約がすぐに決まったわけじゃない。
私がこの世に生を受けたのと同じ年、王家にも男児が誕生したのだ。その御子が王太子とされたことで、私の父と母は狂喜し、そして狙った。ぜひとも我が娘を王太子殿下の婚約者に、と。
そういったわけで、私は幼少の頃から厳しい淑女教育や様々な科目の学問を、ひたすらに勉強させられてきた。誰よりも美しく賢く、気品と教養を兼ね備えた淑女となって、必ずや王太子殿下の婚約者の座を射止めるのだと、家族一丸となって日々励んできた。
しかし今からおよそ二年前、私の母は病のため儚くなってしまった。父も私も、とても落ち込んだ。けれど、こうなった以上、母の悲願でもあった王太子殿下の婚約者の座を何としてでも射止めなければという、一種の強迫観念のようなものに突き動かされ、私はその後ますます死にもの狂いで勉強に打ち込んだのだった。
だけど、先日決まった王太子殿下の婚約者は、私ではなかった。決まったのはエーメリー公爵家の令嬢、カトリーナ。我が家をはじめ、虎視眈々とその座を狙っていた他の貴族家たちの敗北が決まったのだった。
父はしばらく肩を落としていたけれど、その時にヘイワード公爵家からのお声がかかった。私とラウル様を結婚させないかと。
父は考えた。そして、父の弟夫婦の間にいる二人の男児のうち下の息子の方を、このオールディス侯爵家の後継にするということで話がまとまり、私はヘイワード公爵の提案通りにラウル様と婚約することとなったのだった。
そして無事婚約が成立してから、二週間後の今日。
私とラウル様は、こうして我がオールディス侯爵家の応接間で二人、顔を突き合わせているというわけだ。
けれど……。
(……困ったわね。まさかよりにもよって、この人と結婚することになってしまうとは……)
姿勢を正し上品な笑みを浮かべながらも、私は頭の中で盛大にため息をついていた。おそらく向こうも同じことだろう。艷やかな黒髪に、同じ色の瞳で張り付いたような笑みを浮かべたままのラウル様も、内心げんなりしているはずだ。
私たちは、昔からとにかく馬が合わないのだ。
互いの両親がとても親しかったので、幼い頃から顔を合わせる機会は何度もあった。茶会に食事会、どなたかの家で開かれるパーティー。父親同士が親しければ、自然と母親同士もお喋りの機会が増え親しくなる。いつでもどこでも、親同士は会えば長々とお喋りをしているし、その間私たち子どもはそばにいるわけだから、同様に仲良くなってもいいようなものだ。
けれど彼、ラウル様は、私を見ると露骨に不機嫌になり、ツンとした顔で明後日の方を向いてしまう。私もそんな彼に近寄りがたく、そのうち挨拶もしたくなくなって、顔を見るのが嫌になってきた。相手に嫌われているのって、なんとなく察するもの。間違っても、実は彼は私のことを大好きで、それを素直に表に出せずにあえてツンツンしている、なんてものじゃなかった。きっと生理的なものだろう。好みじゃない。しっくりこない。合わない。そういう相手って、誰にでもいるものだ。もうこれは仕方ない。
成長するに従って、ラウル様も表面上は上手に挨拶をしてくださるようになってきたけれど、その漆黒の瞳の奥には私への親しみや好意の欠片も感じられないことから、私も彼に対する苦手意識が増すばかりだった。
そんな二人が、婚約することになってしまったのだ。
私の父オールディス侯爵と、今私の向かいに座っているラウル様の父君ヘイワード公爵様とは、旧知の仲だ。
美しい社交辞令の笑みをたたえるラウル様に向かって、私もアルカイックスマイルを浮かべて挨拶をする。
「改めまして、オールディス侯爵家のティファナでございますわ。このたびのご縁に、心から感謝いたします」
「ご丁寧に。こちらも改めて、ヘイワード公爵家のラウルです。どうぞ末永くよろしく」
「ええ。こちらこそ」
「……」
「……」
まるで初対面のようなよそよそしい挨拶を互いに済ませると、私たちの間には気まずい沈黙が流れた。
幼少の頃から何度も顔を合わせており、しかも先日ついに婚約までした二人だとは、到底思えまい。
互いの父、オールディス侯爵とヘイワード公爵は、ともにこのリデール王国を支える重鎮だ。父オールディス侯爵は財務大臣であり、ヘイワード公爵は領主でありながら外交官長も務め、国内や諸外国を飛び回っている。
二人は若かりし頃から互いに切磋琢磨しあい、ともに成長してきた良きライバルだ。そして唯一無二の親友同士でもあった。
そんな二人はやがてどちらも結婚し、同じ年頃の子どもが生まれた。それが私とラウル様。ラウル様は私の二つ年上だ。けれどだからと言って、私たちの婚約がすぐに決まったわけじゃない。
私がこの世に生を受けたのと同じ年、王家にも男児が誕生したのだ。その御子が王太子とされたことで、私の父と母は狂喜し、そして狙った。ぜひとも我が娘を王太子殿下の婚約者に、と。
そういったわけで、私は幼少の頃から厳しい淑女教育や様々な科目の学問を、ひたすらに勉強させられてきた。誰よりも美しく賢く、気品と教養を兼ね備えた淑女となって、必ずや王太子殿下の婚約者の座を射止めるのだと、家族一丸となって日々励んできた。
しかし今からおよそ二年前、私の母は病のため儚くなってしまった。父も私も、とても落ち込んだ。けれど、こうなった以上、母の悲願でもあった王太子殿下の婚約者の座を何としてでも射止めなければという、一種の強迫観念のようなものに突き動かされ、私はその後ますます死にもの狂いで勉強に打ち込んだのだった。
だけど、先日決まった王太子殿下の婚約者は、私ではなかった。決まったのはエーメリー公爵家の令嬢、カトリーナ。我が家をはじめ、虎視眈々とその座を狙っていた他の貴族家たちの敗北が決まったのだった。
父はしばらく肩を落としていたけれど、その時にヘイワード公爵家からのお声がかかった。私とラウル様を結婚させないかと。
父は考えた。そして、父の弟夫婦の間にいる二人の男児のうち下の息子の方を、このオールディス侯爵家の後継にするということで話がまとまり、私はヘイワード公爵の提案通りにラウル様と婚約することとなったのだった。
そして無事婚約が成立してから、二週間後の今日。
私とラウル様は、こうして我がオールディス侯爵家の応接間で二人、顔を突き合わせているというわけだ。
けれど……。
(……困ったわね。まさかよりにもよって、この人と結婚することになってしまうとは……)
姿勢を正し上品な笑みを浮かべながらも、私は頭の中で盛大にため息をついていた。おそらく向こうも同じことだろう。艷やかな黒髪に、同じ色の瞳で張り付いたような笑みを浮かべたままのラウル様も、内心げんなりしているはずだ。
私たちは、昔からとにかく馬が合わないのだ。
互いの両親がとても親しかったので、幼い頃から顔を合わせる機会は何度もあった。茶会に食事会、どなたかの家で開かれるパーティー。父親同士が親しければ、自然と母親同士もお喋りの機会が増え親しくなる。いつでもどこでも、親同士は会えば長々とお喋りをしているし、その間私たち子どもはそばにいるわけだから、同様に仲良くなってもいいようなものだ。
けれど彼、ラウル様は、私を見ると露骨に不機嫌になり、ツンとした顔で明後日の方を向いてしまう。私もそんな彼に近寄りがたく、そのうち挨拶もしたくなくなって、顔を見るのが嫌になってきた。相手に嫌われているのって、なんとなく察するもの。間違っても、実は彼は私のことを大好きで、それを素直に表に出せずにあえてツンツンしている、なんてものじゃなかった。きっと生理的なものだろう。好みじゃない。しっくりこない。合わない。そういう相手って、誰にでもいるものだ。もうこれは仕方ない。
成長するに従って、ラウル様も表面上は上手に挨拶をしてくださるようになってきたけれど、その漆黒の瞳の奥には私への親しみや好意の欠片も感じられないことから、私も彼に対する苦手意識が増すばかりだった。
そんな二人が、婚約することになってしまったのだ。
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