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7. もしも私の婚約者が
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そんな会話を少し楽しんだ後、アルバート様がふいに私に言った。
「婚約したんだってね、ティファナ。ヘイワード公爵令息と。……おめでとう」
「あ、ありがとうございます、アルバート様」
お兄様の祝福の言葉に、私は素直にお礼を言った。けれどその瞬間、頭の中に素っ気ない態度のラウル様のお顔が浮かんできて、少し気持ちが重くなる。
……ああ、前途多難だわ……。
まさか今私がこんな悩みを抱えているなど、アルバート様は思いもしないだろうな。
私たちは、幸せいっぱいの婚約者同士とは程遠いのだ。
「君たちは相変わらず仲が良いんだね。驚いたよ。こう言ってはティファナに失礼だとは思うのだが……、正直、あれほど長年王太子の婚約者の座を巡って戦ってきた仲だというのに、カトリーナ嬢が選ばれた後もこうして親しくしているのは、すごいことだと思うよ。同じく候補者だった他家の令嬢方ならば、きっとこうはいかないだろう」
そんな私の内心なんか露ほども知らないであろうアルバート様が、私とカトリーナの顔を見比べながらそんなことを言う。私たちは思わず顔を見合わせ、クスクスと笑った。
「たしかに私は負けてしまいましたけど、それとこれとは何も関係ありませんわ。カトリーナは私にとって、誰よりも大切な親友ですから」
そう。カトリーナが選ばれたのは、彼女が努力を惜しまぬ優秀な人だから。そりゃ私も、エーメリー公爵家にも負けないぞという気概で存分に努力してきたつもりだけれど、結果として王家が選んだのはカトリーナだった。そこに不満を言うつもりも、カトリーナやエーメリー公爵家を恨むつもりも一切ない。
私たちは長年鼓舞し合ってきた。私もカトリーナを心から応援していたけれど、カトリーナだって、同じようにしてくれていた。他の候補者のご令嬢たちにされたように、わざと王家の方々の前で貶めるような虚言を吐かれたり、嫌がらせをされたことも一度もない。
私たちは正々堂々と戦って、そして私が負けた。それだけ。
王太子殿下の婚約者の座はカトリーナが掴んだけれど、そのことで私たちの深い絆にヒビが入ることなんて絶対にない。むしろ互いに心底努力してきたからこそ、こうして心から祝福することができるのだから。
その時。
ふいにアルバート様が、私たちに背を向けた。
「はは。それはよかった。安心したよ。……じゃあ、また」
少し笑ってそう言ったかと思うと、そのままスタスタと元来た方へと戻っていってしまう。
「ご機嫌よう、アルバート王弟殿下」
「ご機嫌よう、おに……、アルバート様」
私たちの挨拶に、アルバート様はヒラヒラと手を振り応えると、振り返りもせずに行ってしまったのだった。
「……お忙しいのかしら」
「そりゃそうじゃない? 王弟殿下ですもの。お仕事は山ほどあるはずだわ」
私の呟きに、カトリーナがあっさりとそう答えた。……せっかく久しぶりにお会いできたのに、もう行っちゃった。何だか少し寂しい。
(……ふふ。今も昔も、私って本当にお兄様のことが大好きなんだから)
そんなことを思った瞬間、ふとした妄想が頭をよぎる。
もしも私の婚約者が、アルバートお兄様だったら……。
(……きっと楽しい毎日になっただろうな。あんなに格好良くて、優しくて、いつも私を気遣ってくださる気心の知れた方が、自分の婚約者だったら)
だけど、そんなことは絶対にありえないこと。
彼は私より十も年上の王族で、しかもアルバート様は隣国の王女様とずっと以前から婚約が決まっている。
(羨ましいなぁ、隣国の王女様。あのアルバートお兄様と結婚できるなんて)
私には、いまだに恋愛感情というものがどんな感じのものなのかが分からない。
子どもの頃から、自分は王太子殿下の妃になるのだという信念の元、勉強一筋で生きてきた。恋なんてしたこともない。きっとアルバートお兄様に対するこの感情も、恋や愛などではないと思う。
だからそういった意味では決してないけれど、あんなに優しくて温かな人と結婚できる隣国の王女様が、羨ましいと思ってしまった。
(……ううん。馬鹿。羨んでる場合じゃないわ。余計なことを考えてちゃダメ。私はラウル様と結婚するんだから。考えるべきことは、これからどうやってあの方との距離を縮めていくかってことよ)
それに、ほんの一瞬でもアルバート様が婚約者だったらなんて考えること自体、ラウル様に失礼よ。
歩み寄ってほしいと思うのなら、まずは自分が誠意を尽くさなくては。
「ね、それでティファナ、さっきの話の続きなんだけど、あちらの方々はどうなのよ。ほら、例のオールディス侯爵の再婚された後妻の方と、あなたに新しくできた義妹よ。上手くやれているの?」
「……ああ。……そう。そうだわ。それも聞いてくれる? カトリーナ」
ふいにカトリーナが話題を変え、私たちはその後しばらく義母と義妹について話した。二人との距離感や、何となく感じる気遣いのなさへの不快感、厚かましくなってきた義妹の態度など、カトリーナは私の悩みを真剣な面持ちで聞き、優しく励まし、アドバイスをくれた。
それから、わずか数日後のことだった。
私が父から、アルバート様と隣国の王女殿下との婚約解消を知らされたのは。
「婚約したんだってね、ティファナ。ヘイワード公爵令息と。……おめでとう」
「あ、ありがとうございます、アルバート様」
お兄様の祝福の言葉に、私は素直にお礼を言った。けれどその瞬間、頭の中に素っ気ない態度のラウル様のお顔が浮かんできて、少し気持ちが重くなる。
……ああ、前途多難だわ……。
まさか今私がこんな悩みを抱えているなど、アルバート様は思いもしないだろうな。
私たちは、幸せいっぱいの婚約者同士とは程遠いのだ。
「君たちは相変わらず仲が良いんだね。驚いたよ。こう言ってはティファナに失礼だとは思うのだが……、正直、あれほど長年王太子の婚約者の座を巡って戦ってきた仲だというのに、カトリーナ嬢が選ばれた後もこうして親しくしているのは、すごいことだと思うよ。同じく候補者だった他家の令嬢方ならば、きっとこうはいかないだろう」
そんな私の内心なんか露ほども知らないであろうアルバート様が、私とカトリーナの顔を見比べながらそんなことを言う。私たちは思わず顔を見合わせ、クスクスと笑った。
「たしかに私は負けてしまいましたけど、それとこれとは何も関係ありませんわ。カトリーナは私にとって、誰よりも大切な親友ですから」
そう。カトリーナが選ばれたのは、彼女が努力を惜しまぬ優秀な人だから。そりゃ私も、エーメリー公爵家にも負けないぞという気概で存分に努力してきたつもりだけれど、結果として王家が選んだのはカトリーナだった。そこに不満を言うつもりも、カトリーナやエーメリー公爵家を恨むつもりも一切ない。
私たちは長年鼓舞し合ってきた。私もカトリーナを心から応援していたけれど、カトリーナだって、同じようにしてくれていた。他の候補者のご令嬢たちにされたように、わざと王家の方々の前で貶めるような虚言を吐かれたり、嫌がらせをされたことも一度もない。
私たちは正々堂々と戦って、そして私が負けた。それだけ。
王太子殿下の婚約者の座はカトリーナが掴んだけれど、そのことで私たちの深い絆にヒビが入ることなんて絶対にない。むしろ互いに心底努力してきたからこそ、こうして心から祝福することができるのだから。
その時。
ふいにアルバート様が、私たちに背を向けた。
「はは。それはよかった。安心したよ。……じゃあ、また」
少し笑ってそう言ったかと思うと、そのままスタスタと元来た方へと戻っていってしまう。
「ご機嫌よう、アルバート王弟殿下」
「ご機嫌よう、おに……、アルバート様」
私たちの挨拶に、アルバート様はヒラヒラと手を振り応えると、振り返りもせずに行ってしまったのだった。
「……お忙しいのかしら」
「そりゃそうじゃない? 王弟殿下ですもの。お仕事は山ほどあるはずだわ」
私の呟きに、カトリーナがあっさりとそう答えた。……せっかく久しぶりにお会いできたのに、もう行っちゃった。何だか少し寂しい。
(……ふふ。今も昔も、私って本当にお兄様のことが大好きなんだから)
そんなことを思った瞬間、ふとした妄想が頭をよぎる。
もしも私の婚約者が、アルバートお兄様だったら……。
(……きっと楽しい毎日になっただろうな。あんなに格好良くて、優しくて、いつも私を気遣ってくださる気心の知れた方が、自分の婚約者だったら)
だけど、そんなことは絶対にありえないこと。
彼は私より十も年上の王族で、しかもアルバート様は隣国の王女様とずっと以前から婚約が決まっている。
(羨ましいなぁ、隣国の王女様。あのアルバートお兄様と結婚できるなんて)
私には、いまだに恋愛感情というものがどんな感じのものなのかが分からない。
子どもの頃から、自分は王太子殿下の妃になるのだという信念の元、勉強一筋で生きてきた。恋なんてしたこともない。きっとアルバートお兄様に対するこの感情も、恋や愛などではないと思う。
だからそういった意味では決してないけれど、あんなに優しくて温かな人と結婚できる隣国の王女様が、羨ましいと思ってしまった。
(……ううん。馬鹿。羨んでる場合じゃないわ。余計なことを考えてちゃダメ。私はラウル様と結婚するんだから。考えるべきことは、これからどうやってあの方との距離を縮めていくかってことよ)
それに、ほんの一瞬でもアルバート様が婚約者だったらなんて考えること自体、ラウル様に失礼よ。
歩み寄ってほしいと思うのなら、まずは自分が誠意を尽くさなくては。
「ね、それでティファナ、さっきの話の続きなんだけど、あちらの方々はどうなのよ。ほら、例のオールディス侯爵の再婚された後妻の方と、あなたに新しくできた義妹よ。上手くやれているの?」
「……ああ。……そう。そうだわ。それも聞いてくれる? カトリーナ」
ふいにカトリーナが話題を変え、私たちはその後しばらく義母と義妹について話した。二人との距離感や、何となく感じる気遣いのなさへの不快感、厚かましくなってきた義妹の態度など、カトリーナは私の悩みを真剣な面持ちで聞き、優しく励まし、アドバイスをくれた。
それから、わずか数日後のことだった。
私が父から、アルバート様と隣国の王女殿下との婚約解消を知らされたのは。
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