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30. 鉢合わせ
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その日、私は王宮内の図書館に本を借りに来ていた。元王太子殿下の婚約者候補の特権で、今でも図書館への出入りは自由に認められている。もう王家に嫁ぐための勉強は必要なくなったけれど、今の私はヘイワード公爵令息夫人。今後はヘイワード公爵領の運営に必要な新たな知識をどんどん蓄えておく必要がある。
(私が立派に公爵家の妻としての役割を果たしている姿を見てくださったら、ラウル様も変わるかもしれないしね)
私の頑張りを認めてくださったら、あの氷のような冷たく頑なな態度も軟化して、せめて話し合いくらいはできるようになるかもしれない。
変わらない現状をいつまでも嘆いてばかりいないで、今の私にできる努力を続けなければ。
カトリーナやアルバート様に優しく話を聞いてもらっているうちに、いつしか私の心は救われ、前向きな考え方ができるようになってきていた。
「ごめんなさいね、たくさん持たせてしまって」
「いいえ、構いません若奥様。そちらの本も私たちで持ちますので」
「いいのよ、これくらい持たせて」
これでもかという量の書物を抱えて、伴っていた侍女二人と共に図書館を出たところでアルバート様に会った。
「ティファナ!」
「っ! アルバート様……! ごきげんよう」
「ああ。まさか今日会えるとはね。次の王妃陛下の茶会はまだだろう? 図書館が目的で来たのかい? ふふ……、相変わらず勉強熱心だね、君は。すごい量だ」
侍女たちと私が抱えている本の量を見て、苦笑するアルバート様。その柔らかい微笑みに心がじんわりと温かくなる。
「ええ! 今の私にできることはお勉強だけですので。……アルバート様、先日はその……、ありがとうございました。おかげさまで、気持ちがすごく楽になりましたわ」
あの日、エーメリー公爵邸のタウンハウスで会話した時のことのお礼を言うと、アルバート様は微笑みを浮かべたまま頷いた。
「ティファナが元気を出してくれたなら嬉しい。俺でよければいつでも話を聞くから。もうあまり思いつめないで。……うん、前回会った時よりも、だいぶ顔色が良くなった気がするよ」
「そ、そうですか?」
「ああ」
アルバート様が身をかがめるようにして私に顔を近づけてくるものだから、思わずドキッとしてしまう。うーん、綺麗なお顔だなぁ。見慣れているはずなのに、この煌めく青い瞳を間近で見るとどうしてもそわそわしてしまう。
「貸してごらん、ティファナ。馬車に戻るんだろう。そこまで俺が持っていてあげるから」
「あ、い、いえ、とんでもないです。自分で持ちますから……っ」
「いいよ、持たせて。こうして君の荷物を持って馬車まで歩けば、その分長く君と話していられるだろう? せっかく会えたのだから、もう少しティファナと一緒にいたいんだよ」
「……っ! ア、アルバート様……っ」
遠慮する私の手から、アルバート様は本の束をひょいっと奪い取ると、私に向かってニコリと微笑んでくれる。……優しいなぁ、アルバート様ったら……。
そのまま私の侍女たちからも数冊ずつ本を奪い取ると、すみませんすみませんと頭を下げる侍女たちにまで優しく微笑む。
「じゃあ、行こうか」
「……はいっ」
アルバート様の親切が嬉しくて、私の表情も自然と柔らかくなる。そのまま二人、並んで歩き出そうとした、その時だった。
(──────っ!)
前を向いた私の心臓が、痛いほど大きく高鳴った。
(ラ、ラウル様……っ!)
向かいからこちらに向かって廊下を歩いてくるのは、他ならぬ私の夫、ラウル様だ。向こうも私の姿に気付き、ほんの一瞬目を見開いた。けれどその直後、いつもの仏頂面に戻り、何事もなかったかのような顔でこちらに向かって歩いてくる。私は一歩たりとも動くことができずに、アルバート様の隣で固まっていた。
その時だった。
(……あれは……、)
私はようやく気付いた。ラウル様の斜め後方の辺りに、ピタリと寄り添うようにして歩いている女性がいることに。縮れた赤毛、グレーの瞳、そばかすのある色白の顔……。
(……あの時の彼女だわ)
『ほら! この人があたしのお義姉さまになったティファナさんよ。ね? すっごく綺麗でしょ? 挨拶しなさいよ』
『あ、あの……、は、初めまして……。……』
『……初めまして。オールディス侯爵家のティファナですわ。どうぞよろしくね』
サリアに強引に連れて行かれた、あの日のどこぞの男爵家での茶会。そこで紹介された、サリアの友人。
『ロージエっていう子なんだけどね。あのね、実はあの子、ラウル様と同じところでお仕事してるらしいのよ。王宮の文官として』
『ロージエがね、あたしにコソコソと耳打ちしてきたの。あんたのお義姉さまって大したことないわねって。婚約者の心をすぐに奪えちゃったわよって』
『ロージエがお義姉さまのことを、ラウル様に悪く言ってるのかもしれない……。あの二人ね、よく執務室に二人きりで残って残業したりしてるんですって。でも、本当にしてるのはお仕事じゃなくて……、……やだ。ここから先はあたしの口からはとても言えないわ』
「……っ、」
サリアの言葉が次々と思い出され、胸がひどくざわめき、息苦しくなる。まだそれが真実と決まったわけでもないのに、こんなに心乱されるなんて。
アルバート様の隣でこっそりと深い息を吐いていると、ラウル様とロージエさんが私たちの目の前までやって来て、ピタリと足を止めた。
(私が立派に公爵家の妻としての役割を果たしている姿を見てくださったら、ラウル様も変わるかもしれないしね)
私の頑張りを認めてくださったら、あの氷のような冷たく頑なな態度も軟化して、せめて話し合いくらいはできるようになるかもしれない。
変わらない現状をいつまでも嘆いてばかりいないで、今の私にできる努力を続けなければ。
カトリーナやアルバート様に優しく話を聞いてもらっているうちに、いつしか私の心は救われ、前向きな考え方ができるようになってきていた。
「ごめんなさいね、たくさん持たせてしまって」
「いいえ、構いません若奥様。そちらの本も私たちで持ちますので」
「いいのよ、これくらい持たせて」
これでもかという量の書物を抱えて、伴っていた侍女二人と共に図書館を出たところでアルバート様に会った。
「ティファナ!」
「っ! アルバート様……! ごきげんよう」
「ああ。まさか今日会えるとはね。次の王妃陛下の茶会はまだだろう? 図書館が目的で来たのかい? ふふ……、相変わらず勉強熱心だね、君は。すごい量だ」
侍女たちと私が抱えている本の量を見て、苦笑するアルバート様。その柔らかい微笑みに心がじんわりと温かくなる。
「ええ! 今の私にできることはお勉強だけですので。……アルバート様、先日はその……、ありがとうございました。おかげさまで、気持ちがすごく楽になりましたわ」
あの日、エーメリー公爵邸のタウンハウスで会話した時のことのお礼を言うと、アルバート様は微笑みを浮かべたまま頷いた。
「ティファナが元気を出してくれたなら嬉しい。俺でよければいつでも話を聞くから。もうあまり思いつめないで。……うん、前回会った時よりも、だいぶ顔色が良くなった気がするよ」
「そ、そうですか?」
「ああ」
アルバート様が身をかがめるようにして私に顔を近づけてくるものだから、思わずドキッとしてしまう。うーん、綺麗なお顔だなぁ。見慣れているはずなのに、この煌めく青い瞳を間近で見るとどうしてもそわそわしてしまう。
「貸してごらん、ティファナ。馬車に戻るんだろう。そこまで俺が持っていてあげるから」
「あ、い、いえ、とんでもないです。自分で持ちますから……っ」
「いいよ、持たせて。こうして君の荷物を持って馬車まで歩けば、その分長く君と話していられるだろう? せっかく会えたのだから、もう少しティファナと一緒にいたいんだよ」
「……っ! ア、アルバート様……っ」
遠慮する私の手から、アルバート様は本の束をひょいっと奪い取ると、私に向かってニコリと微笑んでくれる。……優しいなぁ、アルバート様ったら……。
そのまま私の侍女たちからも数冊ずつ本を奪い取ると、すみませんすみませんと頭を下げる侍女たちにまで優しく微笑む。
「じゃあ、行こうか」
「……はいっ」
アルバート様の親切が嬉しくて、私の表情も自然と柔らかくなる。そのまま二人、並んで歩き出そうとした、その時だった。
(──────っ!)
前を向いた私の心臓が、痛いほど大きく高鳴った。
(ラ、ラウル様……っ!)
向かいからこちらに向かって廊下を歩いてくるのは、他ならぬ私の夫、ラウル様だ。向こうも私の姿に気付き、ほんの一瞬目を見開いた。けれどその直後、いつもの仏頂面に戻り、何事もなかったかのような顔でこちらに向かって歩いてくる。私は一歩たりとも動くことができずに、アルバート様の隣で固まっていた。
その時だった。
(……あれは……、)
私はようやく気付いた。ラウル様の斜め後方の辺りに、ピタリと寄り添うようにして歩いている女性がいることに。縮れた赤毛、グレーの瞳、そばかすのある色白の顔……。
(……あの時の彼女だわ)
『ほら! この人があたしのお義姉さまになったティファナさんよ。ね? すっごく綺麗でしょ? 挨拶しなさいよ』
『あ、あの……、は、初めまして……。……』
『……初めまして。オールディス侯爵家のティファナですわ。どうぞよろしくね』
サリアに強引に連れて行かれた、あの日のどこぞの男爵家での茶会。そこで紹介された、サリアの友人。
『ロージエっていう子なんだけどね。あのね、実はあの子、ラウル様と同じところでお仕事してるらしいのよ。王宮の文官として』
『ロージエがね、あたしにコソコソと耳打ちしてきたの。あんたのお義姉さまって大したことないわねって。婚約者の心をすぐに奪えちゃったわよって』
『ロージエがお義姉さまのことを、ラウル様に悪く言ってるのかもしれない……。あの二人ね、よく執務室に二人きりで残って残業したりしてるんですって。でも、本当にしてるのはお仕事じゃなくて……、……やだ。ここから先はあたしの口からはとても言えないわ』
「……っ、」
サリアの言葉が次々と思い出され、胸がひどくざわめき、息苦しくなる。まだそれが真実と決まったわけでもないのに、こんなに心乱されるなんて。
アルバート様の隣でこっそりと深い息を吐いていると、ラウル様とロージエさんが私たちの目の前までやって来て、ピタリと足を止めた。
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