【完結済】結婚式の夜、突然豹変した夫に白い結婚を言い渡されました

鳴宮野々花@書籍4作品発売中

文字の大きさ
32 / 74

31. 一堂に会す

しおりを挟む
「……ご無沙汰しております、アルバート王弟殿下」
「……ああ。久しぶりだね、ヘイワード公爵令息」

 ラウル様がアルバート様に挨拶をすると、アルバート様も淡々と挨拶を返す。そのアルバート様の顔からは、先ほどまでの優しい微笑みが跡形もなく消え去っていた。
 ラウル様もまた感情のない冷たい表情を浮かべたまま、私にチラリと視線を送った。

「君はこんなところで一体何をしているんだ」
「……っ、」

 久しぶりに私にかけられたラウル様の言葉はあまりにも冷淡で、まるで嫌いな他人に対してぞんざいに話しかけているといった態度だった。こんなところをアルバート様に見られることになってしまうなんて。

「……図書館に本を借りに来ておりました。私はここに自由に出入りすることを認められておりますので」

 返事をする声が無様に震えてしまう。久々に夫と会話を交わす緊張と、あからさまな彼の敵意にまた傷付き、怯んでしまっているからだった。
 私の言葉を聞いたラウル様の表情が、ますます冷たくなる。

「それで君は手ぶらで、畏れ多くも王弟殿下に荷物持ちをさせているというわけか。王太子殿下の元ご婚約者候補は随分と尊大なことだ。……アルバート王弟殿下、妻が大変失礼な真似をいたしました。お詫び申し上げます。それらの本は私が運びますので」

(…………っ!)

 ラウル様の言葉は私の胸を思いきり深く切りつけた。私への冷めきった感情を、人前で取り繕うことさえしたくないらしい。しかも、王弟殿下の前だというのに。
 あまりにも惨めで、泣きそうになる。

「……構わない。これは私が持つと言って、遠慮するティファナ嬢から取り上げたんだ。事情も知らぬうちから、自分の妻に対して随分と冷たい物言いをするんだな。彼女を責めないでくれるか」

(アルバート様……)

 私を庇うアルバート様の言葉に、胸が熱くなる。気を抜いたら涙が零れてしまいそうだった。
 その時。

……。あ、あの、奥様のお荷物でしたら、私がお持ちいたします……っ」
「いいよ、ブライト君。君は気にすることはない。ありがとう」

(……ラウル、様……?)

 ラウル様のすぐそばに控えていたロージエさんが、彼の腕にほんの少し触れながら、そんなことを言った。あくまで控えめな態度といった様子だけれど、妻である私の前で彼を親しげにファーストネームで呼び、しかもさりげなく体にまで触れた。そしてラウル様はそんな彼女に向かって、ほんの一瞬だけど、とても優しい視線を送った。私に話しかけた時とは、声色まで違う。

 気付かないほど、愚かな女ではないつもりだ。

 心が凍りつきそうだった。

「君たちはここで何を? そちらの女性は?」

 今度はアルバート様がラウル様にそんなことを尋ねる。まるで尋問しているような口調だった。ラウル様は微妙に口角を上げる。

「私はもちろん、仕事中ですよ。各部署へ書類を持って回っているところです。こちらはロージエ・ブライト君。私の部下です」
「おっ!お初に、お目に、か、かかります……っ」

 ロージエさんはこちらが驚くほどに狼狽えながらアルバート様に挨拶をする。その姿はあまりにも落ち着きがなく、見苦しいほどの焦りようだった。
 けれどラウル様はそんな彼女を優しく見守りながら、クスリと笑みさえ漏らしたのだ。

「申し訳ございません、殿下。王家の方に接したことなどこれまでないものですから、何分不慣れで。無作法をお許しください」

(……まるでロージエさんの方が、この人の妻みたい。こんな風に庇って、代わりに謝罪をするなんて)

 ラウル様はあくまでこの人の上司だから。部下の無作法を代わりに詫びたのだ。
 とてもそんな風に素直に受け取ることはできなかった。二人の間には甘やかな空気がほのかに漂い、何もない男女のそれではなかったから。
 そしてそれに気付かないほど、アルバート様も鈍くはなかった。

「……そうか。二人は随分と気心の知れた関係のようだ。仕事上、信頼関係を築くことは大事かもしれないが、節度を保つことはそれ以上に大切だ。互いによく弁えるといい」

 釘を刺すアルバート様の言葉に、ラウル様もまた不快感を顕わにした。相手は王族だというのに。ロージエさんの無作法を詫びる前に、ご自分こそ露骨すぎるということが分からないのだろうか。

「……当然のことです、殿下。大変僭越ではございますが、王弟殿下こそ、私の妻に対して少し距離が近すぎるのではないかと。幼少の頃より親しいご関係であることは承知しておりますが、もう子どもではないのですから、妻の立場をお考えいただけますとありがたいです。妻に品のない噂でも立ちますと、私の立場もありませんので」

(──────っ! な……、)

 ラウル様の失礼な言葉が信じられず、私は彼を凝視した。寡黙な彼には考えられないほど饒舌に、彼はアルバート様に歯向かった。私とアルバート様の距離が近いことに嫉妬しているわけじゃない。おそらくラウル様は、ロージエさんとの親密さを咎められたことに対し、子どものように腹を立てているのだ。
 アルバート様の纏う空気がどす黒く、冷え切ったものに変わった気がした。
 どう口を挟もうかと私が頭を回転させはじめた、その時だった。



「おや、こんなところでお揃いかい? 珍しい顔ぶれだなぁ」



(っ! ……こ、この声は……)

 アルバート様とラウル様のやり取りに夢中で気付かなかった。振り返ると、そこにはヘラヘラと薄ら笑いを浮かべる王太子殿下ダミアン様と、その婚約者であるカトリーナがいた。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

毛蟹
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

その結婚は、白紙にしましょう

香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。 彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。 念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。 浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」 身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。 けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。 「分かりました。その提案を、受け入れ──」 全然受け入れられませんけど!? 形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。 武骨で不器用な王国騎士団長。 二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。

私のことは愛さなくても結構です

毛蟹
恋愛
サブリナは、聖騎士ジークムントからの婚約の打診の手紙をもらって有頂天になった。 一緒になって喜ぶ父親の姿を見た瞬間に前世の記憶が蘇った。 彼女は、自分が本の世界の中に生まれ変わったことに気がついた。 サブリナは、ジークムントと愛のない結婚をした後に、彼の愛する聖女アルネを嫉妬心の末に殺害しようとする。 いわゆる悪女だった。 サブリナは、ジークムントに首を切り落とされて、彼女の家族は全員死刑となった。 全ての記憶を思い出した後、サブリナは熱を出して寝込んでしまった。 そして、サブリナの妹クラリスが代打としてジークムントの婚約者になってしまう。 主役は、いわゆる悪役の妹です

【書籍化決定】愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...