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32. 呼び止める
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「……ご機嫌麗しゅう、ダミアン殿下」
驚いた様子のカトリーナと目があったけれど、ひとまず私は真っ先にダミアン王太子殿下に挨拶をした。それに続くように、ラウル様もまた挨拶をする。相変わらず彼にピタリとくっついているロージエさんはあわあわと慌てふためき両手をみっともなくバタつかせながら、私の方をチラチラ見てカーテシーもどきをした。
ダミアン殿下はそんなロージエさんを特に気に留めるそぶりもなく、私のそばまでやって来た。
「久しいなぁ、ティファナ。相変わらず美しい。こんなところで何をしているんだい? ん? 叔父上とラウルと皆で散歩か?」
(……まさか。何を仰るのかしらこの方は)
「いえ、本日は図書館に本を借りに来ておりました。今から屋敷に戻るところでございます……、……っ、」
ダミアン殿下の不粋な質問に答えていると、あろうことか殿下は私の横髪を一房取り、ご自分の指にくるくると巻き付けて弄びはじめた。気持ちが悪くて背筋にゾワッと鳥肌が立つ。
「ふぅん。何の本? また何かの勉強? 相変わらず真面目だなぁティファナは。もう俺の婚約者はカトリーナに決まってしまったんだから、少しはのんびりすればいいのにさぁ。はは。……あーあ、うちの国にも側妃制度が残っていればなぁ。俺は迷わずお前を第一側妃に決めたんだけどな。なぁ? ティファ……、いてててて!」
人の髪の毛を我が物のように弄んでいたダミアン王太子の顔が突如苦痛に歪む。……アルバート様がその手首を掴み、捻り上げたのだ。
「何をやっているんだお前は。いい加減己の立場を理解しそれに相応しい行動をしろと何度も口酸っぱく言っているはずだが……、いまだに理解できていないようだな」
「おっ、叔父上……、分かった、分かったから、ちょっと、い、痛い痛い……!」
「無遠慮にティファナ嬢に触れるな。ティファナ嬢にもヘイワード公爵令息にも、そしてカトリーナ嬢に対しても失礼に当たるということさえお前には分からないのか。全く……。いい歳をして、何故俺はまだお前にこんな子どもを相手にするような説教をしなければならないんだ。いい加減にしろ」
相変わらずダミアン王太子の手首をがっちりと掴んだまま、アルバート様は私に一度も見せたことのないような恐ろしい顔でダミアン王太子のことを睨みつけている。ダミアン王太子はその波打つ金髪を乱しながら、精一杯の言い訳をはじめる。
「い、いや、分かってるってば! 俺はただ、長年俺とともに切磋琢磨しあってきたティファナのこともカトリーナのことも、大事に思っているだけで……!」
「何が俺とともにだ。切磋も琢磨も、してきたのはティファナ嬢とカトリーナ嬢、そして他の婚約者候補だったご令嬢たちだけだろうが。お前はこれからが本番だ。俺が王宮に留まっている理由は知っているな。俺は甘くないぞ。夜中まで椅子に縛り付けられたくなかったら、早急に自室に戻れ」
「ひ……っ! わ、分かった。分かったよ! 戻る、戻るから……!」
その言葉を聞きようやくアルバート様が手首を解放すると、ダミアン王太子はその手首を擦りながらブツブツと文句を言う。
「もう……、何だよ。せっかく今からカトリーナとガゼボで茶でも飲みながらのんびりしようかと……」
「戻れ」
「っ! わ、分かってるって! ……じゃあなティファナ。また近いうちに会おう」
アルバート様にギロリとひと睨みされたのを最後に、ダミアン王太子は慌ててその場を去っていった。その後ろに静かに控えていたカトリーナは、最後に「皆様、ごきげんよう」と一言挨拶をすると、ダミアン王太子の後を追う。最後にチラリと私の方を見て、ほんの少し肩を竦めてみせた。
(……カトリーナも大変ね……)
王太子殿下の婚約者争いに負けてしまったことが悲しかったのは、あくまで両親の期待に応えられなかったという罪悪感から来た感情だった。決して、微塵も、あのお方に恋情を抱いていたからではない。そしてそれは、カトリーナも同じくだった。
(エーメリー公爵家の娘として相応しい座を彼女は手に入れたわけだけど……、これから先、一生あの王太子のお守りをするのは、骨が折れる役目だろうなぁ)
そんなことを考えながら去っていく二人の後ろ姿を見送っていると、ラウル様がアルバート様に言った。
「……では、私共もこれで失礼します。まだ仕事が残っておりますので。……行こうか、ブライト君」
「はっ、はいっ、ラウル様」
声をかけられたロージエさんは分かりやすく頬を上気させ、瞳を輝かせた。そしてチラリと私に視線を送ると、挨拶さえせずにラウル様に付き従い立ち去ろうとする。
(……さっきは自分が私の本を運ぶから、なんてアルバート様に言っていたくせに)
そのことはもうどうでもよくなったらしい。アルバート様と険悪な感じになってしまったから、一刻も早くこの場から離れたいのだろうか。
通り過ぎようとするラウル様に冷え切った視線を送るアルバート様は、もう何も言わなかった。けれど、私はハッとして慌てて彼を呼び止める。今がチャンスだと思った。
「ラウル様」
彼の後ろ姿に声をかけると、ロージエさんが私を振り返り、キッと睨みつけてくる。けれどラウル様はこちらを振り向かない。
「本日は何時頃お戻りですか? お話ししたいことがございます。待っていても構いませんか?」
「……」
さすがに王弟殿下が見ている前で完全に無視することなどできなかったのだろう。ラウル様は渋々といった様子でゆっくり振り返ると、嫌悪感を隠そうともしない顔で低く答えた。
「……ああ。今夜はできるだけ早く帰る」
「ありがとうございます。お待ち申し上げておりますわ」
「……」
ラウル様は今度こそ行ってしまった。ロージエさんは最後まで敵意剥き出しの顔で私のことを睨みつけ、そのままラウル様の後を早足で追って行ったのだった。
驚いた様子のカトリーナと目があったけれど、ひとまず私は真っ先にダミアン王太子殿下に挨拶をした。それに続くように、ラウル様もまた挨拶をする。相変わらず彼にピタリとくっついているロージエさんはあわあわと慌てふためき両手をみっともなくバタつかせながら、私の方をチラチラ見てカーテシーもどきをした。
ダミアン殿下はそんなロージエさんを特に気に留めるそぶりもなく、私のそばまでやって来た。
「久しいなぁ、ティファナ。相変わらず美しい。こんなところで何をしているんだい? ん? 叔父上とラウルと皆で散歩か?」
(……まさか。何を仰るのかしらこの方は)
「いえ、本日は図書館に本を借りに来ておりました。今から屋敷に戻るところでございます……、……っ、」
ダミアン殿下の不粋な質問に答えていると、あろうことか殿下は私の横髪を一房取り、ご自分の指にくるくると巻き付けて弄びはじめた。気持ちが悪くて背筋にゾワッと鳥肌が立つ。
「ふぅん。何の本? また何かの勉強? 相変わらず真面目だなぁティファナは。もう俺の婚約者はカトリーナに決まってしまったんだから、少しはのんびりすればいいのにさぁ。はは。……あーあ、うちの国にも側妃制度が残っていればなぁ。俺は迷わずお前を第一側妃に決めたんだけどな。なぁ? ティファ……、いてててて!」
人の髪の毛を我が物のように弄んでいたダミアン王太子の顔が突如苦痛に歪む。……アルバート様がその手首を掴み、捻り上げたのだ。
「何をやっているんだお前は。いい加減己の立場を理解しそれに相応しい行動をしろと何度も口酸っぱく言っているはずだが……、いまだに理解できていないようだな」
「おっ、叔父上……、分かった、分かったから、ちょっと、い、痛い痛い……!」
「無遠慮にティファナ嬢に触れるな。ティファナ嬢にもヘイワード公爵令息にも、そしてカトリーナ嬢に対しても失礼に当たるということさえお前には分からないのか。全く……。いい歳をして、何故俺はまだお前にこんな子どもを相手にするような説教をしなければならないんだ。いい加減にしろ」
相変わらずダミアン王太子の手首をがっちりと掴んだまま、アルバート様は私に一度も見せたことのないような恐ろしい顔でダミアン王太子のことを睨みつけている。ダミアン王太子はその波打つ金髪を乱しながら、精一杯の言い訳をはじめる。
「い、いや、分かってるってば! 俺はただ、長年俺とともに切磋琢磨しあってきたティファナのこともカトリーナのことも、大事に思っているだけで……!」
「何が俺とともにだ。切磋も琢磨も、してきたのはティファナ嬢とカトリーナ嬢、そして他の婚約者候補だったご令嬢たちだけだろうが。お前はこれからが本番だ。俺が王宮に留まっている理由は知っているな。俺は甘くないぞ。夜中まで椅子に縛り付けられたくなかったら、早急に自室に戻れ」
「ひ……っ! わ、分かった。分かったよ! 戻る、戻るから……!」
その言葉を聞きようやくアルバート様が手首を解放すると、ダミアン王太子はその手首を擦りながらブツブツと文句を言う。
「もう……、何だよ。せっかく今からカトリーナとガゼボで茶でも飲みながらのんびりしようかと……」
「戻れ」
「っ! わ、分かってるって! ……じゃあなティファナ。また近いうちに会おう」
アルバート様にギロリとひと睨みされたのを最後に、ダミアン王太子は慌ててその場を去っていった。その後ろに静かに控えていたカトリーナは、最後に「皆様、ごきげんよう」と一言挨拶をすると、ダミアン王太子の後を追う。最後にチラリと私の方を見て、ほんの少し肩を竦めてみせた。
(……カトリーナも大変ね……)
王太子殿下の婚約者争いに負けてしまったことが悲しかったのは、あくまで両親の期待に応えられなかったという罪悪感から来た感情だった。決して、微塵も、あのお方に恋情を抱いていたからではない。そしてそれは、カトリーナも同じくだった。
(エーメリー公爵家の娘として相応しい座を彼女は手に入れたわけだけど……、これから先、一生あの王太子のお守りをするのは、骨が折れる役目だろうなぁ)
そんなことを考えながら去っていく二人の後ろ姿を見送っていると、ラウル様がアルバート様に言った。
「……では、私共もこれで失礼します。まだ仕事が残っておりますので。……行こうか、ブライト君」
「はっ、はいっ、ラウル様」
声をかけられたロージエさんは分かりやすく頬を上気させ、瞳を輝かせた。そしてチラリと私に視線を送ると、挨拶さえせずにラウル様に付き従い立ち去ろうとする。
(……さっきは自分が私の本を運ぶから、なんてアルバート様に言っていたくせに)
そのことはもうどうでもよくなったらしい。アルバート様と険悪な感じになってしまったから、一刻も早くこの場から離れたいのだろうか。
通り過ぎようとするラウル様に冷え切った視線を送るアルバート様は、もう何も言わなかった。けれど、私はハッとして慌てて彼を呼び止める。今がチャンスだと思った。
「ラウル様」
彼の後ろ姿に声をかけると、ロージエさんが私を振り返り、キッと睨みつけてくる。けれどラウル様はこちらを振り向かない。
「本日は何時頃お戻りですか? お話ししたいことがございます。待っていても構いませんか?」
「……」
さすがに王弟殿下が見ている前で完全に無視することなどできなかったのだろう。ラウル様は渋々といった様子でゆっくり振り返ると、嫌悪感を隠そうともしない顔で低く答えた。
「……ああ。今夜はできるだけ早く帰る」
「ありがとうございます。お待ち申し上げておりますわ」
「……」
ラウル様は今度こそ行ってしまった。ロージエさんは最後まで敵意剥き出しの顔で私のことを睨みつけ、そのままラウル様の後を早足で追って行ったのだった。
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