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36. 二人の気遣い
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「……何よそれ。何なの? ありえない。馬鹿にし過ぎじゃない? というか、そんなに馬鹿だったのね、ヘイワード公爵令息って。驚いたわ」
エーメリー公爵家のタウンハウスの一室で、カトリーナはこれまで一度も見せたことのないような怒りに満ちた顔をした。そして紅茶を囲む私たちの横には、なぜだかまたアルバート様がいる。
「ティファナのことが心配でたまらないから、彼女と話す機会があればぜひ自分も呼んでほしいと何度も念を押されていたのよ。ビックリさせてごめんね」と、部屋に足を踏み入れるやいなや固まった私に向かって、カトリーナは言った。でも何となく、そんな気はしてた。お忙しいはずのアルバート様がこうして私のために何度も時間を割いてくれていることの方が気になるだけ。
「俺も同感だ。つくづく愚かな男だよ、ヘイワード公爵家のご令息は。……で? その男爵家の娘と一緒になりたいから離縁しようと、そう言ってるのか、奴は」
「……はい。まぁ、概ねそういう意味のようでした。結婚式の日の夜は、互いの両親が他界したら離縁しようと、そう言っていましたが、先日話し合った折には、もうそれまで待つことはできないと。早急に離縁したい、その段取りはこれから考えると。ロージエさんと一緒になりたいからだと思います。もしかしたら、彼女の方に別の方との結婚の話でも上がっているのかもしれませんわね」
「……なるほどな」
アルバート様は少し考え込むそぶりを見せる。カトリーナは目を吊り上げて興奮気味に言った。
「そんなこと! ヘイワード公爵がお許しになるはずがないわよ。それにオールディス侯爵家との縁を解消して、その、どこぞの男爵家のお嬢さんを娶ったところで、ヘイワード公爵家に何のメリットもないでしょう? 一体どうするつもりでいるのかしら」
「さぁ……。ラウル様はね、私の言葉には一切耳を貸さなかったわ。ロージエさんに言われるがまま、その全てを信じているの。もしかしたら、離婚事由を私の有責にしようと考えているのかもしれないわね。私に至らないところが多かった、とか」
「馬鹿馬鹿しい! そんなことになったら私が証言するわよ。あなたに落ち度がないことを」
「ふふ……。ありがとう、カトリーナ」
親友の心遣いがありがたい。こんな風な言葉をかけてもらえるだけで、疲れ果てた心が癒やされていくようだった。
「……ティファナ、君自身は? もう、彼との結婚生活に未練は一切ないのかい?」
ふいにアルバート様が、私のことをジッと見つめてそう尋ねた。私は迷いなく答える。
「ええ。私自身はもうまるっきり未練はありません。先日の話し合いで、彼に対する情のようなものは綺麗さっぱり消え失せてしまいましたから。けれど、本当に父のことだけが気がかりで……。表面上だけでも上手く結婚生活を継続していきたいという気持ちは捨てきれずにいます」
そんなにベッタリと仲の良い父娘というわけではなかったけれど、それでも両親には慈しんで育ててもらった自覚はある。厳しい父だったけれど、亡き母とともに私を大切にしてくれていた。その母を失った悲しみも二人で乗り越えてきたし、娘を王家に嫁がせる両親の悲願を叶えられなかった今、せめて父の望んだ相手と滞りなく結婚生活を送って安心させたい。それが娘である私の務めだと思っている。
「ふむ……。俺も少し考えてみるよ。これからどうすることがティファナにとって、そしてオールディス侯爵家にとって最善なのか。君は焦らずに、ゆっくり過ごしているといい。どうせもうあの男の気持ちを変えることはできないようだしね」
「はい……。ありがとうございます、アルバート様」
私がそう返事をすると、アルバート様は私に向かって優しく微笑んだ。
「……気晴らしにどこか一緒に出かけようか、ティファナ」
「……えっ? き、気晴らし、ですか?」
「ああ。結婚以来ずっと奴のことで悩み続けて、疲れただろう。もうあのどうしようもない男のことは一旦置いておいて、気分転換でもしよう。考えていても無駄だからね」
「あら、いいわね! 賛成だわ。アルバート王弟殿下とどこか楽しいところに出かけてきたらどう?」
アルバート様の提案に、カトリーナも明るい口調で同意する。
「で、でも……、」
ヘイワード公爵家の嫡男の妻である私が、独身の王弟殿下と一緒にお出かけ……。それはマズい気がする。
するとそんな私の内心を察したのか、カトリーナが小さく笑って言った。
「ふふ、大丈夫よ。私もご一緒させていただくから。それなら問題ないでしょう?」
「ああ。カトリーナ嬢も一緒に行こう。どこがいいかな……。遠乗りでもするか」
「あ、それでしたら私、連れて行っていただきたいところがありますの、殿下。あの王家所有地のフラネス湖の辺りを散策してみたいですわ」
「ああ。それはいいな。俺も随分行ってない」
私が逡巡している間に、カトリーナとアルバート様の間で話がどんどん進んでいっている。
(……まぁ、カトリーナが一緒に来てくれるなら、問題ないわよね)
二人きりじゃないんだし。
楽しそうに計画を立てる二人を見ながら、私は彼らの心遣いにひそかに感謝した。
エーメリー公爵家のタウンハウスの一室で、カトリーナはこれまで一度も見せたことのないような怒りに満ちた顔をした。そして紅茶を囲む私たちの横には、なぜだかまたアルバート様がいる。
「ティファナのことが心配でたまらないから、彼女と話す機会があればぜひ自分も呼んでほしいと何度も念を押されていたのよ。ビックリさせてごめんね」と、部屋に足を踏み入れるやいなや固まった私に向かって、カトリーナは言った。でも何となく、そんな気はしてた。お忙しいはずのアルバート様がこうして私のために何度も時間を割いてくれていることの方が気になるだけ。
「俺も同感だ。つくづく愚かな男だよ、ヘイワード公爵家のご令息は。……で? その男爵家の娘と一緒になりたいから離縁しようと、そう言ってるのか、奴は」
「……はい。まぁ、概ねそういう意味のようでした。結婚式の日の夜は、互いの両親が他界したら離縁しようと、そう言っていましたが、先日話し合った折には、もうそれまで待つことはできないと。早急に離縁したい、その段取りはこれから考えると。ロージエさんと一緒になりたいからだと思います。もしかしたら、彼女の方に別の方との結婚の話でも上がっているのかもしれませんわね」
「……なるほどな」
アルバート様は少し考え込むそぶりを見せる。カトリーナは目を吊り上げて興奮気味に言った。
「そんなこと! ヘイワード公爵がお許しになるはずがないわよ。それにオールディス侯爵家との縁を解消して、その、どこぞの男爵家のお嬢さんを娶ったところで、ヘイワード公爵家に何のメリットもないでしょう? 一体どうするつもりでいるのかしら」
「さぁ……。ラウル様はね、私の言葉には一切耳を貸さなかったわ。ロージエさんに言われるがまま、その全てを信じているの。もしかしたら、離婚事由を私の有責にしようと考えているのかもしれないわね。私に至らないところが多かった、とか」
「馬鹿馬鹿しい! そんなことになったら私が証言するわよ。あなたに落ち度がないことを」
「ふふ……。ありがとう、カトリーナ」
親友の心遣いがありがたい。こんな風な言葉をかけてもらえるだけで、疲れ果てた心が癒やされていくようだった。
「……ティファナ、君自身は? もう、彼との結婚生活に未練は一切ないのかい?」
ふいにアルバート様が、私のことをジッと見つめてそう尋ねた。私は迷いなく答える。
「ええ。私自身はもうまるっきり未練はありません。先日の話し合いで、彼に対する情のようなものは綺麗さっぱり消え失せてしまいましたから。けれど、本当に父のことだけが気がかりで……。表面上だけでも上手く結婚生活を継続していきたいという気持ちは捨てきれずにいます」
そんなにベッタリと仲の良い父娘というわけではなかったけれど、それでも両親には慈しんで育ててもらった自覚はある。厳しい父だったけれど、亡き母とともに私を大切にしてくれていた。その母を失った悲しみも二人で乗り越えてきたし、娘を王家に嫁がせる両親の悲願を叶えられなかった今、せめて父の望んだ相手と滞りなく結婚生活を送って安心させたい。それが娘である私の務めだと思っている。
「ふむ……。俺も少し考えてみるよ。これからどうすることがティファナにとって、そしてオールディス侯爵家にとって最善なのか。君は焦らずに、ゆっくり過ごしているといい。どうせもうあの男の気持ちを変えることはできないようだしね」
「はい……。ありがとうございます、アルバート様」
私がそう返事をすると、アルバート様は私に向かって優しく微笑んだ。
「……気晴らしにどこか一緒に出かけようか、ティファナ」
「……えっ? き、気晴らし、ですか?」
「ああ。結婚以来ずっと奴のことで悩み続けて、疲れただろう。もうあのどうしようもない男のことは一旦置いておいて、気分転換でもしよう。考えていても無駄だからね」
「あら、いいわね! 賛成だわ。アルバート王弟殿下とどこか楽しいところに出かけてきたらどう?」
アルバート様の提案に、カトリーナも明るい口調で同意する。
「で、でも……、」
ヘイワード公爵家の嫡男の妻である私が、独身の王弟殿下と一緒にお出かけ……。それはマズい気がする。
するとそんな私の内心を察したのか、カトリーナが小さく笑って言った。
「ふふ、大丈夫よ。私もご一緒させていただくから。それなら問題ないでしょう?」
「ああ。カトリーナ嬢も一緒に行こう。どこがいいかな……。遠乗りでもするか」
「あ、それでしたら私、連れて行っていただきたいところがありますの、殿下。あの王家所有地のフラネス湖の辺りを散策してみたいですわ」
「ああ。それはいいな。俺も随分行ってない」
私が逡巡している間に、カトリーナとアルバート様の間で話がどんどん進んでいっている。
(……まぁ、カトリーナが一緒に来てくれるなら、問題ないわよね)
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楽しそうに計画を立てる二人を見ながら、私は彼らの心遣いにひそかに感謝した。
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