54 / 74
53. 私の心
しおりを挟む
アルバート様の仰ったとおり、通された謁見室にはすでに父が座っていて、私の姿を見ると何やら目配せしてくる。
父の向かいにいらっしゃる陛下に、私は丁寧にご挨拶をした。隣にアルバート様がいてくださることが心強い。
「侯爵から話は聞いた。すでにヘイワード公爵家側からは離縁の話が出ていると。そういうことで間違いはないのだな」
「はい。ヘイワード公爵家側と言いますか……、今の段階では、ご子息個人からですが。公爵夫妻はおそらくまだ何もご存知ないのだと思います」
陛下にかけられる言葉に、緊張しつつも私は言葉を選びながら返事をする。そして求められるままにこれまでの経緯、今の状況、ラウル様の不貞行為についての発言などを伝えた。時折アルバート様や父が私の言葉を補足し、助け舟を出してくれる。陛下は厳しい表情を崩さぬまま、私たちの発言に耳を傾けていた。
「……書類上の白い結婚を貫き、ここまで来たわけだな。公爵夫妻が帰国するのは、建国記念の祝賀パーティーの直前だ。不測の事態が起こらず予定通りに帰国できればパーティーには出席すると、そう返事が来ている。……お前の意志は固いのだな」
陛下は私の隣に座るアルバート様に向かって、そう声をかける。
「はい。先日お話ししたとおりです。俺はもうティファナ嬢以外の女性と連れ添うことなど微塵も考えられません。陛下とオールディス侯爵におかれましては、何卒ご承諾いただきたく存じます」
躊躇なくきっぱりとそう言い切るアルバート様に、胸が高鳴る。この場でこんなにも堂々としていられるなんて、やっぱりアルバート様は格好いい。格好よくて、とても頼もしい。
真剣な表情を保ってはいるけれど、心なしか父もまんざらではなさそうに見える。
「……ふむ。二人の意志が固まっているのならば、あとはヘイワード公爵の帰国を待って話を進めるとしよう。とにかく公爵がどこまで承知しているのか、彼の考えはどうなのか、だ」
陛下はその後先に退室なされた。ともかく、私たちの意向は伝えることができた。
謁見室の中に三人だけになった後、父がアルバート様に言った。
「まさか王弟殿下から娘をご所望いただけるとは……。陛下からお話を伺った時には驚きました。感謝いたします、殿下」
「こちらこそ。まだヘイワード公爵令息夫人の立場であるティファナ嬢を望むなど、甚だ不躾であるとは百も承知でしたが……、今度こそ、手遅れにはなりたくなかったので」
父にそう答えながら、アルバート様は私の方を見て優しく微笑んだ。胸が甘く疼いて、頬がじわりと熱を帯びる。
父もそんな私たちの様子を見て静かに微笑んだ後、すぐに神妙な面持ちになり言った。
「ありがとうございます、殿下。こちらこそ、まだ少し早いですが……娘をよろしくお願いいたします」
父も帰り、私は馬車のところまでアルバート様に送っていただくこととなった。回廊を歩きながら彼が落ち着いた口調で言う。
「あとはヘイワード公爵がどういう結論を出すかだけど、きっと大丈夫だ。息子自身が不貞を認めている上に、オールディス侯爵も君たちの離縁を望んでいる。公爵が駄々をこねたところで泥沼の裁判沙汰が待っているだけだ。受け入れるしかないだろうからね」
「はい……。そうだといいのですが。今日はありがとうございました、アルバート様。心強かったです、とても」
私がそう言うとアルバート様は黙ってこちらをジッと見つめる。そしてふいに立ち止まると、私の顔を覗き込むようにして言った。
「ティファナ、君の心が納得するまでゆっくり考えて欲しいと言っていたのに、突然こんなことになってしまってすまない。きっとまだ気持ちがついていかなくて戸惑うだろう。だけどこうなった以上、俺は何が何でも君を守り抜き、幸せにすると誓う」
「……アルバート様……」
「……受け入れてくれるかい? ティファナ。俺の妻になることを」
切実なその瞳は、不安に揺れているように見えた。その美しいアクアマリンの瞳を見つめながら、私は自分の心と向き合う。……たしかに、まるで勢いに流されるようにここまで来てしまった。けれど、少しも抵抗はない。アルバート様と人生を共に歩んでいくことを想像するだけで、私の心は経験したことのないようなときめきと、胸が熱くなるほどの喜びを感じる。
私が辛い結婚生活を送っていると知って以降、私のことを励まし、支え続けてくれたアルバート様。お忙しい中何度も会う機会を作っては、私を楽しませようと、笑顔にしようとしてくださった。そのたびにどれほど救われ、心が熱くなったか。
きっと私の心はもう、この方を一人の男性として愛しはじめているのだと思う。
「……はい。アルバート様、私はあなたと一緒にいたいです」
顔を火照らせながらそれだけを言うのが、今の私にはまだやっとだった。
けれど、アルバート様には充分に伝わったのだろう。ほんの一瞬息を呑んだ彼は、見惚れてしまうほど素敵な笑顔を浮かべたのだった。
そして、その夜。
私はヘイワード公爵邸に帰宅したラウル様から、突如呼び出された。
「私をお呼びだと……?」
「はい。至急執務室へお越しになるようにとのことでございます」
使用人の言葉を怪訝に思いながらも、私は彼の執務室へと向かった。私が国王陛下と謁見し離縁について話したことなど、彼が知るはずはないし。
(一体何のご用かしら)
父の向かいにいらっしゃる陛下に、私は丁寧にご挨拶をした。隣にアルバート様がいてくださることが心強い。
「侯爵から話は聞いた。すでにヘイワード公爵家側からは離縁の話が出ていると。そういうことで間違いはないのだな」
「はい。ヘイワード公爵家側と言いますか……、今の段階では、ご子息個人からですが。公爵夫妻はおそらくまだ何もご存知ないのだと思います」
陛下にかけられる言葉に、緊張しつつも私は言葉を選びながら返事をする。そして求められるままにこれまでの経緯、今の状況、ラウル様の不貞行為についての発言などを伝えた。時折アルバート様や父が私の言葉を補足し、助け舟を出してくれる。陛下は厳しい表情を崩さぬまま、私たちの発言に耳を傾けていた。
「……書類上の白い結婚を貫き、ここまで来たわけだな。公爵夫妻が帰国するのは、建国記念の祝賀パーティーの直前だ。不測の事態が起こらず予定通りに帰国できればパーティーには出席すると、そう返事が来ている。……お前の意志は固いのだな」
陛下は私の隣に座るアルバート様に向かって、そう声をかける。
「はい。先日お話ししたとおりです。俺はもうティファナ嬢以外の女性と連れ添うことなど微塵も考えられません。陛下とオールディス侯爵におかれましては、何卒ご承諾いただきたく存じます」
躊躇なくきっぱりとそう言い切るアルバート様に、胸が高鳴る。この場でこんなにも堂々としていられるなんて、やっぱりアルバート様は格好いい。格好よくて、とても頼もしい。
真剣な表情を保ってはいるけれど、心なしか父もまんざらではなさそうに見える。
「……ふむ。二人の意志が固まっているのならば、あとはヘイワード公爵の帰国を待って話を進めるとしよう。とにかく公爵がどこまで承知しているのか、彼の考えはどうなのか、だ」
陛下はその後先に退室なされた。ともかく、私たちの意向は伝えることができた。
謁見室の中に三人だけになった後、父がアルバート様に言った。
「まさか王弟殿下から娘をご所望いただけるとは……。陛下からお話を伺った時には驚きました。感謝いたします、殿下」
「こちらこそ。まだヘイワード公爵令息夫人の立場であるティファナ嬢を望むなど、甚だ不躾であるとは百も承知でしたが……、今度こそ、手遅れにはなりたくなかったので」
父にそう答えながら、アルバート様は私の方を見て優しく微笑んだ。胸が甘く疼いて、頬がじわりと熱を帯びる。
父もそんな私たちの様子を見て静かに微笑んだ後、すぐに神妙な面持ちになり言った。
「ありがとうございます、殿下。こちらこそ、まだ少し早いですが……娘をよろしくお願いいたします」
父も帰り、私は馬車のところまでアルバート様に送っていただくこととなった。回廊を歩きながら彼が落ち着いた口調で言う。
「あとはヘイワード公爵がどういう結論を出すかだけど、きっと大丈夫だ。息子自身が不貞を認めている上に、オールディス侯爵も君たちの離縁を望んでいる。公爵が駄々をこねたところで泥沼の裁判沙汰が待っているだけだ。受け入れるしかないだろうからね」
「はい……。そうだといいのですが。今日はありがとうございました、アルバート様。心強かったです、とても」
私がそう言うとアルバート様は黙ってこちらをジッと見つめる。そしてふいに立ち止まると、私の顔を覗き込むようにして言った。
「ティファナ、君の心が納得するまでゆっくり考えて欲しいと言っていたのに、突然こんなことになってしまってすまない。きっとまだ気持ちがついていかなくて戸惑うだろう。だけどこうなった以上、俺は何が何でも君を守り抜き、幸せにすると誓う」
「……アルバート様……」
「……受け入れてくれるかい? ティファナ。俺の妻になることを」
切実なその瞳は、不安に揺れているように見えた。その美しいアクアマリンの瞳を見つめながら、私は自分の心と向き合う。……たしかに、まるで勢いに流されるようにここまで来てしまった。けれど、少しも抵抗はない。アルバート様と人生を共に歩んでいくことを想像するだけで、私の心は経験したことのないようなときめきと、胸が熱くなるほどの喜びを感じる。
私が辛い結婚生活を送っていると知って以降、私のことを励まし、支え続けてくれたアルバート様。お忙しい中何度も会う機会を作っては、私を楽しませようと、笑顔にしようとしてくださった。そのたびにどれほど救われ、心が熱くなったか。
きっと私の心はもう、この方を一人の男性として愛しはじめているのだと思う。
「……はい。アルバート様、私はあなたと一緒にいたいです」
顔を火照らせながらそれだけを言うのが、今の私にはまだやっとだった。
けれど、アルバート様には充分に伝わったのだろう。ほんの一瞬息を呑んだ彼は、見惚れてしまうほど素敵な笑顔を浮かべたのだった。
そして、その夜。
私はヘイワード公爵邸に帰宅したラウル様から、突如呼び出された。
「私をお呼びだと……?」
「はい。至急執務室へお越しになるようにとのことでございます」
使用人の言葉を怪訝に思いながらも、私は彼の執務室へと向かった。私が国王陛下と謁見し離縁について話したことなど、彼が知るはずはないし。
(一体何のご用かしら)
961
あなたにおすすめの小説
愛してしまって、ごめんなさい
oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」
初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。
けれど私は赦されない人間です。
最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。
※全9話。
毎朝7時に更新致します。
私のことは愛さなくても結構です
ありがとうございました。さようなら
恋愛
サブリナは、聖騎士ジークムントからの婚約の打診の手紙をもらって有頂天になった。
一緒になって喜ぶ父親の姿を見た瞬間に前世の記憶が蘇った。
彼女は、自分が本の世界の中に生まれ変わったことに気がついた。
サブリナは、ジークムントと愛のない結婚をした後に、彼の愛する聖女アルネを嫉妬心の末に殺害しようとする。
いわゆる悪女だった。
サブリナは、ジークムントに首を切り落とされて、彼女の家族は全員死刑となった。
全ての記憶を思い出した後、サブリナは熱を出して寝込んでしまった。
そして、サブリナの妹クラリスが代打としてジークムントの婚約者になってしまう。
主役は、いわゆる悪役の妹です
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
うまくいかない婚約
ありがとうございました。さようなら
恋愛
エーデルワイスは、長年いがみ合っていた家門のと結婚が王命として決まっていた。
そのため、愛情をかけるだけ無駄と家族から愛されずに育てられた。
婚約者のトリスタンとの関係も悪かった。
トリスタンには、恋人でもある第三王女ビビアンがいた。
それでも、心の中で悪態をつきながら日々を過ごしていた。
忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから
ありがとうございました。さようなら
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。
ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。
彼女は別れろ。と、一方的に迫り。
最後には暴言を吐いた。
「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」
洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。
「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」
彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。
ちゃんと、別れ話をしようと。
ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。
白い結婚を終えて自由に生きてまいります
なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。
忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。
「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」
「白い結婚ですか?」
「実は俺には……他に愛する女性がいる」
それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。
私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた
――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。
ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。
「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」
アロルド、貴方は何を言い出すの?
なにを言っているか、分かっているの?
「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」
私の答えは決まっていた。
受け入れられるはずがない。
自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。
◇◇◇
設定はゆるめです。
とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる