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56. ヘイワード公爵家からの撤収
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数日ぶりに姿を現した私を見て、ヘイワード公爵家の家令は目を丸くした。
「ティファナ様……! ご無事でいらっしゃいましたか」
「ごめんなさいね、突然留守にしてしまって。……ラウル様は、今いないわよね?」
「は。王宮に出仕なさっておいでです」
もちろん知っていた。彼が不在であることを事前に確認した上での、今日の決行なのだから。
私の合図で、使用人たちがトランクケースを持ちわらわらと屋敷の中に入っていく。再び目を丸くする家令に、私は説明した。
「心配しないで、皆オールディス侯爵邸の使用人たちよ。私とラウル様ね、離縁したの。今から私の荷物を全て運び出すわ」
家令ばかりか、控えていたヘイワード公爵家の侍女や使用人たちも、皆一様に驚愕の表情で私を見つめている。家令が珍しく狼狽えた声を出した。
「で、ですが……、ラウル様や旦那様はこのことは……」
「あら、大丈夫よ。離縁はそもそもラウル様から言い出したことなの。離縁状も彼が準備して私に渡してきたわ。ヘイワード公爵夫妻には……さぁ、どうなのかしらね。きっとまだお話ししてないんだと思うわ。でももうすぐ帰国されるし、きっと事後報告なさるつもりなんじゃないかしら、ラウル様が」
あくまで「私は知らないけどね」というニュアンスをふんだんに盛り込んでそう伝えると、呆気にとられる彼らを尻目に私は玄関ホールを通り抜け屋敷の階段を上がった。
自室に入り、指示を待っている使用人たちに声をかけ、手際良く荷物を回収していく。持ち出すものは全て私がオールディス侯爵家から持ってきたものばかりだ。ここに来てから購入したものなどは全て置いて行く。……と言っても、大した私物は購入していないけれど。とても短い結婚期間だったし、そのほとんどの時間を、私はラウル様とコミュニケーションをとることや領地経営の勉強に費やしていたから。
全ての片付けが終わり、使用人たちは私の荷物を屋敷の外へと運び出す。部屋の中を見渡すと、私がここへ来た時のままの状態に戻っていた。考えてみたら、ラウル様から贈り物をされたことは一度もない。たとえば、素敵なアクセサリーやドレスや、花束とか。
物語ではこういう時って、テーブルの上に彼から贈られた宝石をただ静かに置いておくことで、決別の意を相手に知らせたりするものだけど。私たちの間には、そんな品物は一つもない。
ただ元に戻っただけ。
束の間、考えた。代わりに手紙でも置いておくべきかと。けれど、こうなった今彼に伝えたい言葉など一つも思い浮かばない。お世話になりましたとか、どうぞお元気で、ご活躍をお祈りしておりますとか。愛する方とお幸せにとか、あなたを大切に想っていました、とか。
それらのどの言葉も、今の私には全く当てはまらない感情だし、もはや彼に短い手紙をしたためる労力さえも無駄だと分かっていた。
(よし。もういいわ。このまま出て行こうっと。……さよなら、ラウル様)
彼はきっとこれから大変ね。帰国されたヘイワード公爵は、この事態をどう受け止められることか。驚かれるでしょうね。嫡男がオールディス侯爵家の娘と勝手に離縁し、しかも相手はもう屋敷から出て行っていて、その上その嫡男からはどこぞの男爵令嬢との恋なんか打ち明けられる……。そして、もしも本当ならば、妊娠も。
怒り狂って刃傷沙汰になんてならなければいいけれど。まさかね。
せいぜい頑張ってくださいな。
部屋を見渡すと、短かった結婚生活のことが思い出され、うっかり切なさや惨めさがこみ上げてきそうになる。けれどその時ふと、アルバート様やカトリーナ、そして父の顔が浮かんできた。
彼らの優しい顔を思い出した瞬間心が温かくなり、我知らず私は微笑んでいた。
さぁ。もう行こう。
私には待っていてくれる人たちがいるのだから。
「ティファナ様……! ご無事でいらっしゃいましたか」
「ごめんなさいね、突然留守にしてしまって。……ラウル様は、今いないわよね?」
「は。王宮に出仕なさっておいでです」
もちろん知っていた。彼が不在であることを事前に確認した上での、今日の決行なのだから。
私の合図で、使用人たちがトランクケースを持ちわらわらと屋敷の中に入っていく。再び目を丸くする家令に、私は説明した。
「心配しないで、皆オールディス侯爵邸の使用人たちよ。私とラウル様ね、離縁したの。今から私の荷物を全て運び出すわ」
家令ばかりか、控えていたヘイワード公爵家の侍女や使用人たちも、皆一様に驚愕の表情で私を見つめている。家令が珍しく狼狽えた声を出した。
「で、ですが……、ラウル様や旦那様はこのことは……」
「あら、大丈夫よ。離縁はそもそもラウル様から言い出したことなの。離縁状も彼が準備して私に渡してきたわ。ヘイワード公爵夫妻には……さぁ、どうなのかしらね。きっとまだお話ししてないんだと思うわ。でももうすぐ帰国されるし、きっと事後報告なさるつもりなんじゃないかしら、ラウル様が」
あくまで「私は知らないけどね」というニュアンスをふんだんに盛り込んでそう伝えると、呆気にとられる彼らを尻目に私は玄関ホールを通り抜け屋敷の階段を上がった。
自室に入り、指示を待っている使用人たちに声をかけ、手際良く荷物を回収していく。持ち出すものは全て私がオールディス侯爵家から持ってきたものばかりだ。ここに来てから購入したものなどは全て置いて行く。……と言っても、大した私物は購入していないけれど。とても短い結婚期間だったし、そのほとんどの時間を、私はラウル様とコミュニケーションをとることや領地経営の勉強に費やしていたから。
全ての片付けが終わり、使用人たちは私の荷物を屋敷の外へと運び出す。部屋の中を見渡すと、私がここへ来た時のままの状態に戻っていた。考えてみたら、ラウル様から贈り物をされたことは一度もない。たとえば、素敵なアクセサリーやドレスや、花束とか。
物語ではこういう時って、テーブルの上に彼から贈られた宝石をただ静かに置いておくことで、決別の意を相手に知らせたりするものだけど。私たちの間には、そんな品物は一つもない。
ただ元に戻っただけ。
束の間、考えた。代わりに手紙でも置いておくべきかと。けれど、こうなった今彼に伝えたい言葉など一つも思い浮かばない。お世話になりましたとか、どうぞお元気で、ご活躍をお祈りしておりますとか。愛する方とお幸せにとか、あなたを大切に想っていました、とか。
それらのどの言葉も、今の私には全く当てはまらない感情だし、もはや彼に短い手紙をしたためる労力さえも無駄だと分かっていた。
(よし。もういいわ。このまま出て行こうっと。……さよなら、ラウル様)
彼はきっとこれから大変ね。帰国されたヘイワード公爵は、この事態をどう受け止められることか。驚かれるでしょうね。嫡男がオールディス侯爵家の娘と勝手に離縁し、しかも相手はもう屋敷から出て行っていて、その上その嫡男からはどこぞの男爵令嬢との恋なんか打ち明けられる……。そして、もしも本当ならば、妊娠も。
怒り狂って刃傷沙汰になんてならなければいいけれど。まさかね。
せいぜい頑張ってくださいな。
部屋を見渡すと、短かった結婚生活のことが思い出され、うっかり切なさや惨めさがこみ上げてきそうになる。けれどその時ふと、アルバート様やカトリーナ、そして父の顔が浮かんできた。
彼らの優しい顔を思い出した瞬間心が温かくなり、我知らず私は微笑んでいた。
さぁ。もう行こう。
私には待っていてくれる人たちがいるのだから。
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