【完結済】結婚式の夜、突然豹変した夫に白い結婚を言い渡されました

鳴宮野々花@書籍4作品発売中

文字の大きさ
59 / 74

58. 幻想(※sideラウル)

しおりを挟む
 いてもたってもいられず、私はそのままロージエの屋敷を目指した。
 場所は知っていたが、ここへ来るのは初めてのことだ。王都の端の方、ブライト男爵家のタウンハウスは、随分と古びた小さな屋敷だった。ここをタウンハウスと呼んでいいものかと疑問に思うほどに。
 出てきた中年女の使用人に来訪を告げ、ロージエを呼び出してもらうと、玄関ホールに現れたのは彼女の父だった。

「これはこれは……、ヘイワード公爵家のご令息が、我が家にお越しくださるとは。いやぁ、何とも嬉しいことです。娘に会いにわざわざ? はは、、二人の仲は順調そのもののようで」

 目を糸のように細め、こちらを品定めするように見つめながらそう言うブライト男爵の言葉に、居心地の悪さを感じる。ロージエは私とのことを、父親にどこまで話しているのだろうか。
 既婚者でありながら彼女に手を出している後ろめたさから、私はつい目を逸らしてしまう。

「……はじめまして。ヘイワード公爵家のラウルと申します」
「はは。よーく存じ上げておりますとも」

 線の細い頼りなさそうなブライト男爵は、私の動揺を見透かしたかのようにニヤケながらこちらを見ている。

「あなた様のようなご立派なお方が、我が娘の面倒を見てくださるとは。いやぁ本当にありがたい。早くご挨拶したいと思っておりました。どうぞラウル殿、娘とこのブライト男爵家を末永くよろしくお願いしますよ。くれぐれも、どうぞ」

 まるで蛇がまとわりつくようなねっとりとしたブライト男爵の口調に、逃げ道を塞がれるような圧迫感を覚える。どう答えていいやら思案していると、ようやくロージエが現れた。

「ラッ、ラウル様……! どうしてここへ……? んもう、お父さんったら! ラウル様と何話してたん!? 変なこと言わんどってよ」
「ははは。何も変なことなど言っとらんよ。幸せな二人を祝福して、今後のブライト男爵家のことをお願いしとっただけさ」
「やだぁ。恥ずかしいから止めてー」
「…………」

 戯れるように話す父娘から目を逸らし、私はあらためて屋敷の中を見渡した。
 古びて痛んだ小さな屋敷。みすぼらしい身なりをした使用人の女。妙に田舎臭い喋り方をする、行儀作法のなっていない野暮ったい父娘。

 これまで私が生きてきた世界とは、私の周囲にいた人々とは、あまりにも違う場所。

 何故だろう。あれほど恋い焦がれ、燃え上がっていたはずのロージエに対する想いが、まるで大量の氷水を頭から浴びせられたかのように急速に冷めていく気がした。言いようのない焦りと不安。
 私は……もしかして、とんでもない過ちを犯してはいないだろうか。
 そう思い至った途端、心臓が嫌な音を立てはじめる。

「ご、ごめんなさいラウル様……っ。何かお急ぎのお話が……?」
「……少し、二人きりで話せるだろうか」

 ブライト男爵の視線を意識しながら、私は小さな声でロージエにそう言った。



 案内されたロージエの部屋を見て、ますます気持ちが沈んでいく。最低限の調度品だけが置かれた、狭苦しく暗い部屋。その中にいる愛しいはずの女は、いつもより色褪せて見えた。
 この屋敷全体が私に覆いかぶさってくるような、今後の私の人生の重荷としてのしかかってくるような、そんな息苦しさを感じる。
 
「ラウル様……。さっきまでお会いしていたのに、こうして私を訪ねてきてくださるなんて。すごく嬉しいです」
「……君の母君は、この屋敷に?」
「あ、はい。母は気鬱の病がありまして、部屋からほとんど出てこないのです。ご挨拶もできなくて、ごめんなさい」
「……いや」

 私を見上げるロージエの瞳は、いつものように気弱で頼りない。そこがたまらなく可愛らしい。……はずなのに。
 私は先ほどブライト男爵と会話をした時に感じていたわずかな疑問を口にした。

「……男爵は、君の父君は、君の妊娠について触れてこなかったな」
「……え……っ?」
「妊娠を知って激怒していたのだろう? その張本人である私が姿を現したというのに、何も言ってこられなかった。田舎の伯爵の後妻にしようと躍起になっているとも言っていたが、むしろ男爵は私に、君やブライト男爵家をよろしく頼むと嬉しそうに言っておられた」
「……そっ……!? そ、そう、ですか? それは……、はい、ラ、ラウル様が、こうして来てくださったので……その、誠意を? か、感じたのだと、思います……」

 絵に描いたように狼狽えながら顔面蒼白になり、突然目を泳がせはじめるロージエ。何と分かりやすいのだろう。先ほどのサリアの言葉が思い出され失望が胸を覆い尽くす中、頭の片隅で冷静に考える自分がいた。やはりこの娘は愚鈍な馬鹿だと。上手く誤魔化すことさえできない。
 無意識のうちに、私は言葉を発していた。
 
「ロージエ……全部、嘘だったのか……? ブライト男爵が君を伯爵の後妻に据えようとしているというのも、君が妊娠したというのも……」
「っ!! あ……、ち、ちが」
「君はサリア嬢の母親の口利きで、王宮勤めをするようになったのか? サリア嬢からこの私を籠絡し、あるいはサリア嬢のことを上手く推薦でもし、私と妻のティファナとの仲を破綻させるよう動けと命じられて、私に近付いてきたのか?」
「…………っ!! ど……どうして……」

 まるで化け物でも見るような目つきで私を見ると、一歩後ずさりガクガクと震えるロージエ。失望に変わってこの胸を埋め尽くしたのは、耐えがたい悲しみだった。
 真実の愛は、私だけが夢見た幻想だったというわけか。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

私のことは愛さなくても結構です

ありがとうございました。さようなら
恋愛
サブリナは、聖騎士ジークムントからの婚約の打診の手紙をもらって有頂天になった。 一緒になって喜ぶ父親の姿を見た瞬間に前世の記憶が蘇った。 彼女は、自分が本の世界の中に生まれ変わったことに気がついた。 サブリナは、ジークムントと愛のない結婚をした後に、彼の愛する聖女アルネを嫉妬心の末に殺害しようとする。 いわゆる悪女だった。 サブリナは、ジークムントに首を切り落とされて、彼女の家族は全員死刑となった。 全ての記憶を思い出した後、サブリナは熱を出して寝込んでしまった。 そして、サブリナの妹クラリスが代打としてジークムントの婚約者になってしまう。 主役は、いわゆる悪役の妹です

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

うまくいかない婚約

ありがとうございました。さようなら
恋愛
エーデルワイスは、長年いがみ合っていた家門のと結婚が王命として決まっていた。 そのため、愛情をかけるだけ無駄と家族から愛されずに育てられた。 婚約者のトリスタンとの関係も悪かった。 トリスタンには、恋人でもある第三王女ビビアンがいた。 それでも、心の中で悪態をつきながら日々を過ごしていた。

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

ありがとうございました。さようなら
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

処理中です...