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61. もう後がない(※sideサリア)
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いよいよ今夜は王宮でのパーティー。あたしは侍女たちに指図しながらいそいそとドレスやアクセサリーを選んでいた。
侯爵家の義娘になれて本当によかった。まさか王宮で行なわれるパーティーに、このあたしが参加できる日が来るなんて……! 夢みたいだわ。ヘイワード公爵家のラウルは頭がおかしいからあたしの魅力に気付かなかったけど、高貴な家柄の子息たちが大勢集まる明日のパーティーに行けば、絶対にあたしの魅力の虜になる男が現れるはず。
(ふん。別にヘイワード公爵家の息子に固執する必要はないわ。代わりはいくらでもいるはずよ。この広いリデール王国の社交界には、まだまだいい男がいるはずなんだから)
ラウル・ヘイワードも籠絡できなかったし、学園でもヘマをして停学までくらっちゃった上に何の成果も得られなかった。でも、明日こそが本番よ。きらびやかな極上の社交場で、あたしに相応しい男を絶対につかまえてみせるんだから……!
そんなことを考えていた、その時だった。
母が血相を変えて、あたしの部屋に飛び込んできた。息が乱れている。
「? どうなさったの? お母様」
「はぁ、はぁ……。……全員下がりなさい!」
母は鋭い目つきで侍女や使用人たちにそう命じ皆を追い払うと、勢いよく部屋の扉を閉めた。そしてキッとあたしを睨みつけながらこちらに近付いてくる。
「サリア! この馬鹿……! あんた、何故ホートンと私の関係までラウル様に話してしまったのよ!」
「……え……?」
母のその言葉にギクリとする。ホートン……、ホートン・ブライト。母の幼馴染で、昔からの親しい人。
ロージエの父親。
先日の苦々しい記憶がすぐによみがえる。なかなか会えないラウル様をようやくつかまえて、お義姉さまとの離縁が決まったのなら一緒になりましょうと告げた。けれど、あの男は断固拒否してきた。そればかりか、あの愚鈍で不細工なロージエに懸想していることさえ認めた。失礼で、最低な男。
このあたしが、あんな取るに足らない女に負けるだなんて!
腹が立って腹が立って、もうどうしようもなくムカついて。
あたしは暴露してやった。ロージエはあたしたちの手先だってことを。あんたのことなんか本気で相手にしてるわけじゃないと告げて、ただあの失礼な男を傷つけてやりたかった。
だけど……、興奮して余計なことまで何もかも話してしまった……自覚が、ある。
母があたしの両肩を鷲掴みにする。
「痛……っ! お、お母様……」
「外交から帰国されたヘイワード公爵がここを訪れ、あの人と話をしたんですって。その時に公爵が仰っていたそうよ。息子から全て聞いたと。ホートン・ブライト男爵と私の長年の関係、そしてロージエが文官として勤めることになった経緯まで……! ラウル様とティファナの関係が壊れることになった諸悪の根源は私だと、ヘイワード公爵もオールディス侯爵もそう思っているようだわ。あんたのせいよサリア! この、馬鹿娘!!」
「きゃ……っ!」
母はあたしの頬を強く叩いた。それでも怒りが収まらないのか、もう一度あたしの肩を掴むとガクガクと揺さぶりはじめる。
「あの人は……侯爵は私と離縁すると言ってきたわ。建国記念の祝賀パーティーが終わり次第、手続きをはじめると。……もうおしまいよ。何もかも。あんたのせいでね!!」
「……お……王宮でのパーティーには出られるの……? あたしたち」
「当たり前でしょう!? もう今夜なのよ! 今夜! 書類上まだ侯爵夫妻だし今夜は家族で招かれているのだから、パーティーには出席するしかないのよ。周りの貴族たちも皆何も知らないんだから! ……ああ、信じられないわ……またあの貧乏暮らしに逆戻りだなんて……」
母はそう言うと、その場にズルズルとへたり込んだ。
(ど……どうしよう……。あたしたち……このオールディス侯爵家から追い出されるの……!? ならもう、あの上流階級用の学院にも通えない。社交界にも戻ってこられない……。つまり、高貴な身分のいい男をつかまえられるチャンスもないってことじゃないの……!!)
しまった。大失敗だったわ。自分から墓穴を掘ってしまうなんて。
……ううん。だけど、まだ今夜のパーティーがあるわ。
「……あたしはまだ諦めないわよ、お母様」
「……えぇ?」
母は面倒そうにあたしを見上げる。
「パーティーには出られるんでしょう? 建国記念の、国を挙げての大規模なパーティーなのよ。大勢の貴族が列席するんだもの。必ず誰か落としてみせるわ。高貴な男をこのあたしに夢中にさせて、あたしたちの新しい後ろ盾になってもらうわ」
「……サリア……」
「お母様だって諦めないでよ! これまで何人もの高貴な男たちを籠絡してきたその美貌と手練手管があるでしょう? 次の男を今夜見つけてよ!」
「ば、馬鹿を言うんじゃないわよ。私はあくまでオールディス侯爵夫人として出席するのよ。よその男に色目を使うわけにはいかないでしょう。……だけど……そうね……」
母はブツブツ呟くと、突然立ち上がり、またあたしの両肩を掴む。
「そうよ、サリア。あなたの言う通り、今夜のパーティーが最後のチャンスよ。オールディス侯爵家の娘という立場をフルに使える最後のね。独身の高位貴族の子息たちに、上手く近付いてちょうだい。もう後がないわ。どうにかして今夜、羽振りのいい上流階級の男を……」
「ふふ。ええ、任せておいてよお母様。あたしね、学院でも人気なのよ。大勢のレベルの高い男があたしとお近づきになりたがったんだから。まぁたまたまヤバいところを見つかっちゃったから上手くいかなかったけどね。……ラウル・ヘイワードだけが例外だったのよ。アイツは変人だわ」
あたしが自信満々にそう答えると、母は熱に浮かされたように言った。
「ええ……そうよ。あなたの美貌は社交界一だわ。今夜よ。最高の男を見つけてちょうだい、サリア。あなたに夢中にさせてしまえば、平民に戻ったとしてもきっとその男が後見してくれるはずだもの……。上手くいけば、愛妾になって……。生活もきっと楽になるし、ホートンにもたくさん援助してあげられるわ……」
「…………」
ホートン、ホートンって……。お母様は口を開けばあの男のことばかり。貧乏暮らしの、うだつの上がらない情けない男。自分の家を潰した、商売下手の名ばかりの男爵。
お母様の家が平民だからと、結婚を許されなかった二人。けれど互いに別の人と結婚しても、仲は途切れなかったらしい。その後お母様は老いた子爵と再婚し、ついには侯爵の後妻にまで上り詰めた。それなのに、お母様の心の中にいるのはいまだにあの情けない男ただ一人。何度も危険を冒しては密会を繰り返し、長年道ならぬ愛を育んでいる。
(恋って不思議だわ、本当に)
冷静に考えれば、関わるべきじゃないと分かるはずなのに。自分を高めてくれるもっといい男、魅力的な男が、他にいくらでもいるはずなのに。
全てを失うかもしれないと分かっていても、踏み込まずにはいられない。理性をなくしてのめり込む。
恋は不思議だわ。
そして、恐ろしい。
侯爵家の義娘になれて本当によかった。まさか王宮で行なわれるパーティーに、このあたしが参加できる日が来るなんて……! 夢みたいだわ。ヘイワード公爵家のラウルは頭がおかしいからあたしの魅力に気付かなかったけど、高貴な家柄の子息たちが大勢集まる明日のパーティーに行けば、絶対にあたしの魅力の虜になる男が現れるはず。
(ふん。別にヘイワード公爵家の息子に固執する必要はないわ。代わりはいくらでもいるはずよ。この広いリデール王国の社交界には、まだまだいい男がいるはずなんだから)
ラウル・ヘイワードも籠絡できなかったし、学園でもヘマをして停学までくらっちゃった上に何の成果も得られなかった。でも、明日こそが本番よ。きらびやかな極上の社交場で、あたしに相応しい男を絶対につかまえてみせるんだから……!
そんなことを考えていた、その時だった。
母が血相を変えて、あたしの部屋に飛び込んできた。息が乱れている。
「? どうなさったの? お母様」
「はぁ、はぁ……。……全員下がりなさい!」
母は鋭い目つきで侍女や使用人たちにそう命じ皆を追い払うと、勢いよく部屋の扉を閉めた。そしてキッとあたしを睨みつけながらこちらに近付いてくる。
「サリア! この馬鹿……! あんた、何故ホートンと私の関係までラウル様に話してしまったのよ!」
「……え……?」
母のその言葉にギクリとする。ホートン……、ホートン・ブライト。母の幼馴染で、昔からの親しい人。
ロージエの父親。
先日の苦々しい記憶がすぐによみがえる。なかなか会えないラウル様をようやくつかまえて、お義姉さまとの離縁が決まったのなら一緒になりましょうと告げた。けれど、あの男は断固拒否してきた。そればかりか、あの愚鈍で不細工なロージエに懸想していることさえ認めた。失礼で、最低な男。
このあたしが、あんな取るに足らない女に負けるだなんて!
腹が立って腹が立って、もうどうしようもなくムカついて。
あたしは暴露してやった。ロージエはあたしたちの手先だってことを。あんたのことなんか本気で相手にしてるわけじゃないと告げて、ただあの失礼な男を傷つけてやりたかった。
だけど……、興奮して余計なことまで何もかも話してしまった……自覚が、ある。
母があたしの両肩を鷲掴みにする。
「痛……っ! お、お母様……」
「外交から帰国されたヘイワード公爵がここを訪れ、あの人と話をしたんですって。その時に公爵が仰っていたそうよ。息子から全て聞いたと。ホートン・ブライト男爵と私の長年の関係、そしてロージエが文官として勤めることになった経緯まで……! ラウル様とティファナの関係が壊れることになった諸悪の根源は私だと、ヘイワード公爵もオールディス侯爵もそう思っているようだわ。あんたのせいよサリア! この、馬鹿娘!!」
「きゃ……っ!」
母はあたしの頬を強く叩いた。それでも怒りが収まらないのか、もう一度あたしの肩を掴むとガクガクと揺さぶりはじめる。
「あの人は……侯爵は私と離縁すると言ってきたわ。建国記念の祝賀パーティーが終わり次第、手続きをはじめると。……もうおしまいよ。何もかも。あんたのせいでね!!」
「……お……王宮でのパーティーには出られるの……? あたしたち」
「当たり前でしょう!? もう今夜なのよ! 今夜! 書類上まだ侯爵夫妻だし今夜は家族で招かれているのだから、パーティーには出席するしかないのよ。周りの貴族たちも皆何も知らないんだから! ……ああ、信じられないわ……またあの貧乏暮らしに逆戻りだなんて……」
母はそう言うと、その場にズルズルとへたり込んだ。
(ど……どうしよう……。あたしたち……このオールディス侯爵家から追い出されるの……!? ならもう、あの上流階級用の学院にも通えない。社交界にも戻ってこられない……。つまり、高貴な身分のいい男をつかまえられるチャンスもないってことじゃないの……!!)
しまった。大失敗だったわ。自分から墓穴を掘ってしまうなんて。
……ううん。だけど、まだ今夜のパーティーがあるわ。
「……あたしはまだ諦めないわよ、お母様」
「……えぇ?」
母は面倒そうにあたしを見上げる。
「パーティーには出られるんでしょう? 建国記念の、国を挙げての大規模なパーティーなのよ。大勢の貴族が列席するんだもの。必ず誰か落としてみせるわ。高貴な男をこのあたしに夢中にさせて、あたしたちの新しい後ろ盾になってもらうわ」
「……サリア……」
「お母様だって諦めないでよ! これまで何人もの高貴な男たちを籠絡してきたその美貌と手練手管があるでしょう? 次の男を今夜見つけてよ!」
「ば、馬鹿を言うんじゃないわよ。私はあくまでオールディス侯爵夫人として出席するのよ。よその男に色目を使うわけにはいかないでしょう。……だけど……そうね……」
母はブツブツ呟くと、突然立ち上がり、またあたしの両肩を掴む。
「そうよ、サリア。あなたの言う通り、今夜のパーティーが最後のチャンスよ。オールディス侯爵家の娘という立場をフルに使える最後のね。独身の高位貴族の子息たちに、上手く近付いてちょうだい。もう後がないわ。どうにかして今夜、羽振りのいい上流階級の男を……」
「ふふ。ええ、任せておいてよお母様。あたしね、学院でも人気なのよ。大勢のレベルの高い男があたしとお近づきになりたがったんだから。まぁたまたまヤバいところを見つかっちゃったから上手くいかなかったけどね。……ラウル・ヘイワードだけが例外だったのよ。アイツは変人だわ」
あたしが自信満々にそう答えると、母は熱に浮かされたように言った。
「ええ……そうよ。あなたの美貌は社交界一だわ。今夜よ。最高の男を見つけてちょうだい、サリア。あなたに夢中にさせてしまえば、平民に戻ったとしてもきっとその男が後見してくれるはずだもの……。上手くいけば、愛妾になって……。生活もきっと楽になるし、ホートンにもたくさん援助してあげられるわ……」
「…………」
ホートン、ホートンって……。お母様は口を開けばあの男のことばかり。貧乏暮らしの、うだつの上がらない情けない男。自分の家を潰した、商売下手の名ばかりの男爵。
お母様の家が平民だからと、結婚を許されなかった二人。けれど互いに別の人と結婚しても、仲は途切れなかったらしい。その後お母様は老いた子爵と再婚し、ついには侯爵の後妻にまで上り詰めた。それなのに、お母様の心の中にいるのはいまだにあの情けない男ただ一人。何度も危険を冒しては密会を繰り返し、長年道ならぬ愛を育んでいる。
(恋って不思議だわ、本当に)
冷静に考えれば、関わるべきじゃないと分かるはずなのに。自分を高めてくれるもっといい男、魅力的な男が、他にいくらでもいるはずなのに。
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