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65. ターゲット(※sideサリア)
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「……う……う、嘘、でしょう……?」
鼓膜が破れそうなほどの大歓声と拍手の中、あたしと母はただ呆然と立ち尽くしていた。
なぜ……? なぜラウル様と離縁したばかりのはずのお義姉さまが、いきなり王弟殿下と婚約なんて話になるわけ……? しかも、王弟殿下が、あ、あんなに素敵な……神々しいほどの美男子だなんて……。
「何よこれ……。一体、どういうことなの……!?」
隣に立つ母も震える声でそう呟いている。当たり前だわ。訳が分からない。お義姉さまは今、不幸のどん底のはずでしょう? 王太子の婚約者の座をものにできなかったことに続き、ヘイワード公爵家の嫡男との結婚もダメになって、二度目の大失敗。お義父さまをまた失望させることになって、ショックであんなに泣いてたじゃないの。
それなのに……なんでこんなことになってるわけ!?
悪夢を見ているような気分だった。こっちはラウル様を籠絡できなかったばかりか、ロージエなんかにコケにされて、挙句の果てにはオールディス侯爵家からも追い出されることになりそうだっていうのに。
なんであたしよりはるかに不細工で愚鈍なロージエがラウル様をつかまえて、お義姉さまは王弟殿下の婚約者なんてことになってるのよ!!
近くにいた身なりの良いどこぞのご令嬢たちが、この歓声の中満面の笑みで言葉を交わしている。
「素敵だわ、ティファナ様……! ね、ご覧になって。あんなにもお幸せそう……!」
「ええ、ますますお美しくなられて。王弟殿下のご寵愛の深さが窺い知れるわ。あのドレス……きっと殿下が贈られたのでしょうね。それに殿下も、ティファナ様の瞳の色をあんなに身に纏っておられるわ」
「本当にお似合いのお二人ですわね」
不快な会話が煩わしくて、引っ叩いて黙らせてやりたくなる。悔しくて悔しくて、あたしは思わず拳を握りしめ歯を食いしばった。
(なんでお義姉さまばっかりあんなにいい思いをしてるのよ……! なんであたしはこんな目に遭わなきゃならないわけ!?)
悠然と微笑み幸せなオーラを放つお義姉さまのことを、隣の王弟殿下が愛おしそうに見つめている。まるで他の人なんてまるっきり目に入らないとでも言わんばかりに。
「……何よ、これ……。建国を祝うパーティーなんでしょ? 何であの人たちが主役みたいになってるのよ。おかしいじゃないの。ねぇ? お母様」
苛ついて仕方なくて、あたしは母の同意を得ようとした。
けれど母はあたしの腕を乱暴に掴み、顔を寄せてくる。
「もうどうでもいいわ! オールディス侯爵家の娘のことなんか! あなたもしっかりやりなさいよサリア! 分かってるはずでしょう!? ここが私たちの、最後のチャンスの場なのよ!? 人のことに気を取られてないで、しっかり吟味しなさいよ、あなたに夢中になりそうな頼もしい殿方を!」
(……何よ。自分だってたった今まで愕然としてたじゃないの)
あたしが捕まえた男に寄りかかって楽して生活しながら、うだつの上がらない愛人の男に貢ぎたいだけのくせに。
母にまで腹が立ってきたあたしは、返事もせずに手を振りほどき、その場を離れた。
(言われなくても分かってるわよ。見つければいいんでしょ、見つければ……)
異様なまでの熱気に包まれた大広間は、時間が経ってようやく夜会らしくなってきた。そこここで列席者たちが挨拶を交わし、お喋りに興じている。あたしはそんな人々の間をゆっくりと歩きながら、めぼしい獲物を探してまわる。
(……何なのよ。高位貴族の男たち、誰も彼もが女性と一緒にいるじゃないの)
明らかに良い身なりの上等そうな若い男のそばには、品の良い令嬢が見せつけるように寄り添っている。恐らくは皆婚約者なのだろう。中途半端な家柄の次男か三男あたりの男は次々あたしに声をかけてくるけど、見た目も中身も全然パッとしない。伯爵家の三男なんかに褒めそやされたって、少しも気分が上がらないわ。
だってあたしはヘイワード公爵家の嫡男と一緒になるつもりだったのに……。
(だけどもう、この辺の男で手を打つしかないのかしら……)
贅沢言っていられないのは分かってる。ここで金持ちの男を捕まえておかなきゃ。もうすぐあたしと母は、ただの平民に戻るんだもの。後ろ盾になってくれる男はどうしたって必要だわ。
だけど……。
「……はぁ」
うんざりしながらあたしは人波をかき分け、広間の端に移動する。
するとそこから、お義姉さまの姿がよく見えた。王家の方々の近くで、まるで自分ももう王族の一員にでもなったかのように堂々と振る舞っている。
(……ふん。何よ、あの笑顔。調子に乗っちゃって。上手いことやったわね、ホント)
上品なご婦人たちの挨拶を受けながら優雅に微笑む義姉を見てますます嫌な気分になる。他の王族たちを見渡すと、王太子殿下とその婚約者らしき令嬢の存在が目にとまった。
(こうして見るとやっぱり格好いいわ、王太子殿下。さすが王族ね。リデール王国の王族は皆美形揃いだわ)
ダミアン・リデール王太子殿下は、口元にほくろのあるやや垂れ目の美男子だった。優しそうだけど、ヘラヘラしててなんだか軽薄そうにも見える。王族らしい威厳は感じられない。
(隣に立っているあの美人が、お義姉さまとその座を争った王太子の婚約者ってわけね。……ふぅん。さすがのオーラだわ)
羨ましい。この国で最も高貴な男の妃になる女性。これから先の人生皆にチヤホヤされながら、贅沢なものに囲まれて優雅な毎日を送るのよね。
あたしとは大違いだわ。
そんなことを考えて惨めな気持ちになりながら何気なく彼らを見ていると、あたしはあることに気付いた。
次々と挨拶に訪れる人々に対応しながら、ダミアン王太子がとりわけ相好を崩す瞬間があった。それは、若く美しい令嬢たちからの挨拶を受ける時。
貴族たちからの挨拶をいかにも面倒そうにやり過ごしながらも、時折パッと顔を輝かせてヘラヘラとだらしなく笑い、妙に長い時間相手を引き留めていることがある。そういう時は決まって相手が可愛らしく、美しい令嬢だった。
ついにはある令嬢の手を握り、何やら耳元で囁いたりまでしている。
あたしは思わず王太子の隣にいる婚約者の顔色を確認した。けれど、さすがは選ばれし女性。そのアルカイックスマイルを一切崩すことはなく、他の貴族たちの挨拶を受けながら、この上なく優美に微笑みを返していた。
(……もしかして、愛人くらい何人かいるんじゃないかしら、あの王太子)
いいなぁ。王太子の愛人になんてなれたら、その後の人生ずっと面倒見てもらえるのは確定じゃない。もう何の苦労もないわ。あの王太子好き者そうだし、若くて綺麗な女なら誰にでも言い寄ってそうな雰囲気まである。
「…………」
ふとあたしの頭の中にある考えがよぎった。
あたしはその場を静かに離れ、もっと前の方に移動した。あえて人波からは距離をとり、王家の方々から見えやすい端の方の位置に、一人ポツンと立ってみた。そしてそのまま、王太子をジッと見つめる。
しばらく経った頃、目の前の令嬢たちと楽しそうに笑いながら挨拶を交わしていた王太子が、ふいに会場全体に視線を滑らせた。挨拶に疲れたのだろうか。やがてその視線があたしを通り過ぎ、そしてもう一度ゆっくりと、あたしの元に戻ってきた。
王太子があたしを見つめている。
あたしは自分の全身に神経を巡らせ、自分が最も可愛く見える角度とポーズをとっていた。
そのまま王太子を見つめ返しながら、ほんの少し首を傾けゆっくりと瞬きをすると、極めて蠱惑的に唇の端を持ち上げた。
鼓膜が破れそうなほどの大歓声と拍手の中、あたしと母はただ呆然と立ち尽くしていた。
なぜ……? なぜラウル様と離縁したばかりのはずのお義姉さまが、いきなり王弟殿下と婚約なんて話になるわけ……? しかも、王弟殿下が、あ、あんなに素敵な……神々しいほどの美男子だなんて……。
「何よこれ……。一体、どういうことなの……!?」
隣に立つ母も震える声でそう呟いている。当たり前だわ。訳が分からない。お義姉さまは今、不幸のどん底のはずでしょう? 王太子の婚約者の座をものにできなかったことに続き、ヘイワード公爵家の嫡男との結婚もダメになって、二度目の大失敗。お義父さまをまた失望させることになって、ショックであんなに泣いてたじゃないの。
それなのに……なんでこんなことになってるわけ!?
悪夢を見ているような気分だった。こっちはラウル様を籠絡できなかったばかりか、ロージエなんかにコケにされて、挙句の果てにはオールディス侯爵家からも追い出されることになりそうだっていうのに。
なんであたしよりはるかに不細工で愚鈍なロージエがラウル様をつかまえて、お義姉さまは王弟殿下の婚約者なんてことになってるのよ!!
近くにいた身なりの良いどこぞのご令嬢たちが、この歓声の中満面の笑みで言葉を交わしている。
「素敵だわ、ティファナ様……! ね、ご覧になって。あんなにもお幸せそう……!」
「ええ、ますますお美しくなられて。王弟殿下のご寵愛の深さが窺い知れるわ。あのドレス……きっと殿下が贈られたのでしょうね。それに殿下も、ティファナ様の瞳の色をあんなに身に纏っておられるわ」
「本当にお似合いのお二人ですわね」
不快な会話が煩わしくて、引っ叩いて黙らせてやりたくなる。悔しくて悔しくて、あたしは思わず拳を握りしめ歯を食いしばった。
(なんでお義姉さまばっかりあんなにいい思いをしてるのよ……! なんであたしはこんな目に遭わなきゃならないわけ!?)
悠然と微笑み幸せなオーラを放つお義姉さまのことを、隣の王弟殿下が愛おしそうに見つめている。まるで他の人なんてまるっきり目に入らないとでも言わんばかりに。
「……何よ、これ……。建国を祝うパーティーなんでしょ? 何であの人たちが主役みたいになってるのよ。おかしいじゃないの。ねぇ? お母様」
苛ついて仕方なくて、あたしは母の同意を得ようとした。
けれど母はあたしの腕を乱暴に掴み、顔を寄せてくる。
「もうどうでもいいわ! オールディス侯爵家の娘のことなんか! あなたもしっかりやりなさいよサリア! 分かってるはずでしょう!? ここが私たちの、最後のチャンスの場なのよ!? 人のことに気を取られてないで、しっかり吟味しなさいよ、あなたに夢中になりそうな頼もしい殿方を!」
(……何よ。自分だってたった今まで愕然としてたじゃないの)
あたしが捕まえた男に寄りかかって楽して生活しながら、うだつの上がらない愛人の男に貢ぎたいだけのくせに。
母にまで腹が立ってきたあたしは、返事もせずに手を振りほどき、その場を離れた。
(言われなくても分かってるわよ。見つければいいんでしょ、見つければ……)
異様なまでの熱気に包まれた大広間は、時間が経ってようやく夜会らしくなってきた。そこここで列席者たちが挨拶を交わし、お喋りに興じている。あたしはそんな人々の間をゆっくりと歩きながら、めぼしい獲物を探してまわる。
(……何なのよ。高位貴族の男たち、誰も彼もが女性と一緒にいるじゃないの)
明らかに良い身なりの上等そうな若い男のそばには、品の良い令嬢が見せつけるように寄り添っている。恐らくは皆婚約者なのだろう。中途半端な家柄の次男か三男あたりの男は次々あたしに声をかけてくるけど、見た目も中身も全然パッとしない。伯爵家の三男なんかに褒めそやされたって、少しも気分が上がらないわ。
だってあたしはヘイワード公爵家の嫡男と一緒になるつもりだったのに……。
(だけどもう、この辺の男で手を打つしかないのかしら……)
贅沢言っていられないのは分かってる。ここで金持ちの男を捕まえておかなきゃ。もうすぐあたしと母は、ただの平民に戻るんだもの。後ろ盾になってくれる男はどうしたって必要だわ。
だけど……。
「……はぁ」
うんざりしながらあたしは人波をかき分け、広間の端に移動する。
するとそこから、お義姉さまの姿がよく見えた。王家の方々の近くで、まるで自分ももう王族の一員にでもなったかのように堂々と振る舞っている。
(……ふん。何よ、あの笑顔。調子に乗っちゃって。上手いことやったわね、ホント)
上品なご婦人たちの挨拶を受けながら優雅に微笑む義姉を見てますます嫌な気分になる。他の王族たちを見渡すと、王太子殿下とその婚約者らしき令嬢の存在が目にとまった。
(こうして見るとやっぱり格好いいわ、王太子殿下。さすが王族ね。リデール王国の王族は皆美形揃いだわ)
ダミアン・リデール王太子殿下は、口元にほくろのあるやや垂れ目の美男子だった。優しそうだけど、ヘラヘラしててなんだか軽薄そうにも見える。王族らしい威厳は感じられない。
(隣に立っているあの美人が、お義姉さまとその座を争った王太子の婚約者ってわけね。……ふぅん。さすがのオーラだわ)
羨ましい。この国で最も高貴な男の妃になる女性。これから先の人生皆にチヤホヤされながら、贅沢なものに囲まれて優雅な毎日を送るのよね。
あたしとは大違いだわ。
そんなことを考えて惨めな気持ちになりながら何気なく彼らを見ていると、あたしはあることに気付いた。
次々と挨拶に訪れる人々に対応しながら、ダミアン王太子がとりわけ相好を崩す瞬間があった。それは、若く美しい令嬢たちからの挨拶を受ける時。
貴族たちからの挨拶をいかにも面倒そうにやり過ごしながらも、時折パッと顔を輝かせてヘラヘラとだらしなく笑い、妙に長い時間相手を引き留めていることがある。そういう時は決まって相手が可愛らしく、美しい令嬢だった。
ついにはある令嬢の手を握り、何やら耳元で囁いたりまでしている。
あたしは思わず王太子の隣にいる婚約者の顔色を確認した。けれど、さすがは選ばれし女性。そのアルカイックスマイルを一切崩すことはなく、他の貴族たちの挨拶を受けながら、この上なく優美に微笑みを返していた。
(……もしかして、愛人くらい何人かいるんじゃないかしら、あの王太子)
いいなぁ。王太子の愛人になんてなれたら、その後の人生ずっと面倒見てもらえるのは確定じゃない。もう何の苦労もないわ。あの王太子好き者そうだし、若くて綺麗な女なら誰にでも言い寄ってそうな雰囲気まである。
「…………」
ふとあたしの頭の中にある考えがよぎった。
あたしはその場を静かに離れ、もっと前の方に移動した。あえて人波からは距離をとり、王家の方々から見えやすい端の方の位置に、一人ポツンと立ってみた。そしてそのまま、王太子をジッと見つめる。
しばらく経った頃、目の前の令嬢たちと楽しそうに笑いながら挨拶を交わしていた王太子が、ふいに会場全体に視線を滑らせた。挨拶に疲れたのだろうか。やがてその視線があたしを通り過ぎ、そしてもう一度ゆっくりと、あたしの元に戻ってきた。
王太子があたしを見つめている。
あたしは自分の全身に神経を巡らせ、自分が最も可愛く見える角度とポーズをとっていた。
そのまま王太子を見つめ返しながら、ほんの少し首を傾けゆっくりと瞬きをすると、極めて蠱惑的に唇の端を持ち上げた。
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