【完結済】結婚式の夜、突然豹変した夫に白い結婚を言い渡されました

鳴宮野々花@書籍4作品発売中

文字の大きさ
70 / 74

69. カトリーナの幸せ

しおりを挟む
「カトリーナ……、あなたはギルモア辺境伯との縁談を、前向きに受け入れているってことなのね……?」

 私がそう尋ねると、カトリーナはますます頬を赤くし、恥じらう少女のようにコクリと小さく頷いた。

「あのね、ティファナ。実は私ね……、子どもの頃からギルモア辺境伯のことを、素敵な方だなって思っていたの」
「そ、そうなの……? え? いつから……?」
「さぁ……はっきりと自覚したのが何歳の頃だったか、自分でもよく分からないわ。そんなに頻繁にお会いする機会があったわけでもないしね。でもね、時折王宮での式典やパーティーであのお方とお会いして、ほんの少し言葉を交わしたり、父と仕事の話をしているあのお方の姿を見るたびに、私いつの間にかギルモア辺境伯のことがとても気になって……。気付けばあの方のことばかり考えるようになっていたのよ。知的で才覚があって、落ち着いていて、……素敵だなって」

 そう打ち明けるカトリーナの顔がどんどん真っ赤になっていく。カトリーナは「やだ、私ったら」なんて言いながら両手で頬を押さえ照れている。
 知的で才覚があって、落ち着いた紳士……。ダミアン様とは真逆の男性ね……。
 これまで全く見せたことのないカトリーナの恋する乙女のような表情を見て呆気にとられながら、私は頭の中でそんなことを思った。

「い、今までそんなこと一度も……。私全然知らなかったわ……」
「だって、言えないわよこんなこと。王太子殿下の婚約者の座を共に目指しているあなたに、実は私ときめいている殿方がいるの、なんて……。ふしだらだし、あなたに軽蔑されるのも怖かったの」
「け、軽蔑なんて……! するはずないじゃないの。カトリーナったら。……でも、言えなかったあなたの気持ちも分かるわ」

 たしかに、私が彼女と同じ立場だったら絶対に打ち明けられなかったと思う。王家に嫁ぐことを競い合っている親友に、実は私他に好きな人がいるの、なんて。
 私の言葉を聞いて少し微笑んだ彼女は、自嘲するように言った。

「それに、決して許される感情ではないと思っていたから。エーメリー公爵家の娘として、私には成し遂げなくてはならない責務があった。父にも母にも、そして王家に対しても大きな裏切りの感情だと自分を責めたわ」
「……カトリーナ……」

 知らなかった。カトリーナがたった一人で、そんな葛藤を抱えていただなんて。
 きっとすごく苦しかっただろうな。それなのに、カトリーナは自分の本心を微塵も表に出さず、時には私や周りの令嬢たちをフォローしながら、王太子妃教育にも打ち込んでいたなんて……。
 やっぱり、カトリーナはすごいな。

 アルバート様が静かに口を開く。

「じゃあ、結果として君にとっては良かったわけだね。ひそかに想いを寄せていた人の元に嫁ぐことができるわけだ。……もう正式に決まったのかい?」
「はい、先日婚約の書面を交わしました。ギルモア辺境伯も、前向きに考えていてくださったようですし……。結果として良かったと言っていいのかは、分かりませんが。父はいまだに納得していない部分もあって、王家との話し合いは続いておりますし。でも……はい、私個人としては」
「……幸せ?」

 思わずそう尋ねると、カトリーナは私を見つめて、嬉しそうに微笑んだ。

「ふふ、……ええ。ダミアン様とサリア嬢とのを見てしまった上に、一方的に婚約破棄まで突きつけられた時はもう、怒りと落胆とで目の前が真っ暗になったわ。でも、正直今は……感謝してるの、あの人たちに。まさかこんな結末が待っているなんて」
「そう……。ふふ。じゃあ、よかったわ。エーメリー公爵夫妻には少し申し訳ないけど、私はあなたのそんな幸せそうな顔が見られて嬉しい。……婚約おめでとう、カトリーナ」
「ありがとう、ティファナ」

 そう言ってはにかむカトリーナは、抱きしめたくなるほどに可愛らしかった。喜びに満ちた彼女の笑顔が嬉しくて、私は前のめりに尋ねる。

「ね、それで? ギルモア辺境伯とお会いして、どんなことをお話ししたの?」
「えっとね、ふふ、私からはギルモア領の話を聞いたりしたわ。元々裕福だったギルモア領は彼の代になってからますます栄えるようになったし、どういう領地経営の工夫をなさっているのか、とか。結婚後は私も彼の役に立ちたいし、これからはまた新たに覚えることがたくさんあるわ」
「そう。早速辺境伯領について学ぼうとしているのね。さすがはカトリーナだわ」
「立派な令嬢が嫁いできてくれるわけだから、辺境伯も心強いだろうね」

 私とアルバート様の言葉に照れくさそうに微笑みながら、カトリーナが続ける。

「ギルモア辺境伯からは、私の日々の生活のことなんかをいろいろと聞かれたわ。それに、お互いにどんなものが好きなのかとか。絵画や音楽の好み、趣味や読んでいる本のことも……。あ、あなたのこともたくさん話したわよ、ティファナ」
「……えっ? わ、私のことを?」
「ええ! あなたのこと、ちゃんと覚えてらっしゃったわよ。大好きな親友なんですって言ったら、ぜひ今度オールディス侯爵令嬢にもご挨拶したいって」
「まぁ。光栄だわ」

 嬉しそうに話すカトリーナを見て、私は心から安心した。話を聞く限り、ギルモア辺境伯もカトリーナのことを憎からず思ってくださっているような気がする。きっと大事にしてくださるだろう。



 帰り際、別れの挨拶を交わした私たちは、これからの互いの人生が上手くいくよう願いあった。

「じゃあまたね、カトリーナ。あなたがギルモア領に行ってしまったら会いに行くのに時間がかかるけど……、でも同じ国内にいるんだもの。何度でも会いに行くわよ」

 私がそう言うと、カトリーナは苦笑した。

「そうね。……ダミアン様がああなっちゃったことだし、あなたが私の元へたびたび会いに来てくれるのは、もう難しくなるかもしれないけれど……」
「……え?」

 ダミアン様……? なぜダミアン様の名前が今……?
 戸惑う私の両手を、カトリーナがそっと握る。

「でもね、離れていても私たちは繋がってるわ。ずっとね。私たちは特別だもの。幼い時から一緒に努力して、一緒に苦労して、励ましあって支えあって、こうして絆を紡いできたの。……そうでしょう?」
「……ええ、もちろんそうよ、カトリーナ」

 どうしてだろう。なんだか胸が締めつけられる。これまで一緒に過ごした時間を思い出して、これからは互いに離れた場所でそれぞれの人生を生きていくことを、切なく思ってしまうからかしら。
 視界が揺らぎ、鼻の奥がツンとする。気付けば目の前のカトリーナも、その瞳に涙をいっぱい溜めていた。

「……だから私は、あなたを応援してる。そしてあなたを祝福するわ、心から。アルバート王弟殿下と、幸せにね」
「……ええ。ありがとう、カトリーナ」
「大変なこともいっぱいあるだろうけど、あなたなら大丈夫。殿下もおそばにいることだし、何も心配いらないわ。……全ては運命の神様が決めたこと。あなたが大好きよ、ティファナ」
「カトリーナ……! ええ、私もよ。あなたが大好き」

 カトリーナは自分の言いたいことを全て伝えようとしているような気がした。私たちは自然と抱き合い、しばらくそのまま動かなかった。
 けれどやがてカトリーナは私から体を離し、そばで静かに見守ってくれていたアルバート様に言葉をかける。

「……ティファナをよろしくお願いします、アルバート王弟殿下」
「ああ。心配いらない。何があっても俺がティファナを守るから」

 迷うことなくそう答えてくれたアルバート様に手を引かれ、私たちはエーメリー公爵邸を後にしたのだった。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

私のことは愛さなくても結構です

ありがとうございました。さようなら
恋愛
サブリナは、聖騎士ジークムントからの婚約の打診の手紙をもらって有頂天になった。 一緒になって喜ぶ父親の姿を見た瞬間に前世の記憶が蘇った。 彼女は、自分が本の世界の中に生まれ変わったことに気がついた。 サブリナは、ジークムントと愛のない結婚をした後に、彼の愛する聖女アルネを嫉妬心の末に殺害しようとする。 いわゆる悪女だった。 サブリナは、ジークムントに首を切り落とされて、彼女の家族は全員死刑となった。 全ての記憶を思い出した後、サブリナは熱を出して寝込んでしまった。 そして、サブリナの妹クラリスが代打としてジークムントの婚約者になってしまう。 主役は、いわゆる悪役の妹です

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

うまくいかない婚約

ありがとうございました。さようなら
恋愛
エーデルワイスは、長年いがみ合っていた家門のと結婚が王命として決まっていた。 そのため、愛情をかけるだけ無駄と家族から愛されずに育てられた。 婚約者のトリスタンとの関係も悪かった。 トリスタンには、恋人でもある第三王女ビビアンがいた。 それでも、心の中で悪態をつきながら日々を過ごしていた。

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

ありがとうございました。さようなら
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

処理中です...