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70. 口づけ
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馬車に乗り込むと、アルバート様が言った。
「このまま君をオールディスの屋敷に送るよ。そして、少し話をさせておくれ、ティファナ」
「? ……はい」
なんだか改まった様子でそう言われ、私は不思議に思いながら返事をした。
そしてその後、オールディス侯爵邸の私の部屋で、私は驚きの事実を知らされることとなった。並んでソファーに腰かけると、アルバート様は私にこう言ったのだ。
「陛下から、俺を王太子に据えるとの話があったんだ。近いうちに正式に発表される。……つまり君は、未来の王太子妃になるわけだ」
「……え……、えぇっ……!?」
思わず素っ頓狂な声が出る。アルバート様が、王太子に……!?
ようやく私は気付いた。この数日、父がやけに何度も「王弟殿下から何かお話はあったか?」と尋ねてきたこと。そして、さっきのカトリーナの別れ際の言葉。
『……全ては運命の神様が決めたこと。あなたが大好きよ、ティファナ』
(……そうか……。カトリーナはもう察してたんだわ……。ダミアン様が廃太子とされて、次の王太子にはアルバート様が就くであろうことを……)
その上で、これからも私たちの関係は変わらないと、そう言ってくれていたんだ。
サリアたちのことなどあまりにも情報過多で、その上カトリーナのことばかり考えていた私は頭が回っていなかった。そうよ……。ダミアン様が廃太子とされた今、次の王太子を決める必要がある。
その座にもっとも相応しい人は、アルバート様をおいて他にはいないのに……!
呆然としている私の手を、アルバート様がそっと握る。
「ティファナ。君の努力が報われる時が来た。俺は陛下から与えられる自分の職務を、しっかり全うしようと思う。……俺の隣で、支えてくれるかい?」
ハッとして見上げたその青い瞳には、すでにはっきりとした覚悟が宿っていた。アルバート様はこのリデール王国の未来を担っていく決意を固めているのだと悟った。
だったら、私の返事も一つしかない。私はアルバート様とともに生きていくことを決めたのだから。
「はい、アルバート様。もちろんです。これまで培ってきた知識の全てで、アルバート様をお支えしてまいります」
私の覚悟も一瞬で決まった。彼の目を見つめて、私ははっきりとそう答えた。
アルバート様はこの上なく素敵な笑みを浮かべ、私のことを抱きしめた。
「……ありがとう、ティファナ。君ならきっと、そう言ってくれると思った」
「アルバート様……」
こうしてしっかりと抱きしめられるのは、初めてのことだった。頬に口づけをされた時以上に、胸がドキドキと高鳴っている。緊張しながらアルバート様の胸に顔を埋めていると、彼の手が私の髪を撫で、そして優しく耳元に触れた。その手がそのまま私の頬を撫で、顎に触れると、少し力を込めて私の顔を上げさせた。
目の前に、アルバート様の端正なお顔がある。
「……っ、」
吐息の触れ合うその距離に、私は動けなくなってしまう。
やがて二人の間のわずかな距離は、甘い空気が揺れると同時になくなり──────
間近できらめくアルバート様の瞳の色が視界を埋めた時、私は自然に目を閉じていた。
温かく、優しい感触。アルバート様の香り。何度も角度を変えては与えられる柔らかな口づけに、私の体から力が抜けていく。静かに流れる甘い時間と、激しく脈打ち続ける自分の心臓の音。私の腰をしっかりと抱き寄せ、もう片方の手で髪を撫でてくれるアルバート様に身を委ね、私は幸せを噛みしめていた。
◇ ◇ ◇
その夜。家族二人だけの夕食の席は、喜びの空気で満ちていた。
「母さんもどれほど喜んでいることか。お前は本当に、私たちの自慢の娘だ」
父の言葉になんだか照れてしまい、私は曖昧に微笑んだ。
「まさかこんな形で叶うことになるなんて……。私自身も驚いています」
「私もだ。まさか今になって、お前が王太子妃になる未来が見えてくるとは。……お前さえ幸せになってくれるのなら、もう相手の身分などどうでもいいとさえ思ったこともあったが……。やはり我が娘が王家に嫁ぐとなると、喜びもひとしおだな」
「ふふ、お父様ったら」
少しおどけたようにそう言いながらナイフを動かす父に、私はクスクスと笑う。そして父と同じように目の前のお肉にナイフを入れた時だった。
「……幸せなんだろう? ティファナ」
ふいに父がそう言い、私は顔を上げた。
向かいの父の顔は先ほどよりも真剣味を帯びていて、その瞳は、まるで私の気持ちを確かめようとするかのようにこちらをジッと見つめている。
私は父を安心させるために、満面の笑みを浮かべた。
「はい、もちろんです。私は幸せです、とても」
「……うん。それなら、いい」
短い父のその言葉に込められた思いは、私にははっきりと伝わってきた。喜びとありがたさで、私の視界が揺らめく。
「……ありがとうございます、お父様」
小さく呟いた私の声は、少し震えていた。
父は気付かないようなそぶりで食事を続けながら、ポツリと言った。
「明日は時間が取れるか?」
「……ええ。何かございますか?」
「時間があるのなら、墓参りに行こう」
「……はい」
今度こそ涙が溢れてしまいそうで、私は慌ててお肉を口に運んだ。
明日はお父様と二人、お母様に報告に行こう。そしてちゃんと伝えよう。
いろいろあったけど、私はとても幸せです、と。
それから数日後。
私は国王陛下に呼ばれ、王宮へと向かった。
そしてアルバート様と二人、王命を拝した。
それからさらに数日後。アルバート様が王太子となったこと、そして私とアルバート様の結婚の日取りが半年後に決定したことが正式に発表されたのだった。
「このまま君をオールディスの屋敷に送るよ。そして、少し話をさせておくれ、ティファナ」
「? ……はい」
なんだか改まった様子でそう言われ、私は不思議に思いながら返事をした。
そしてその後、オールディス侯爵邸の私の部屋で、私は驚きの事実を知らされることとなった。並んでソファーに腰かけると、アルバート様は私にこう言ったのだ。
「陛下から、俺を王太子に据えるとの話があったんだ。近いうちに正式に発表される。……つまり君は、未来の王太子妃になるわけだ」
「……え……、えぇっ……!?」
思わず素っ頓狂な声が出る。アルバート様が、王太子に……!?
ようやく私は気付いた。この数日、父がやけに何度も「王弟殿下から何かお話はあったか?」と尋ねてきたこと。そして、さっきのカトリーナの別れ際の言葉。
『……全ては運命の神様が決めたこと。あなたが大好きよ、ティファナ』
(……そうか……。カトリーナはもう察してたんだわ……。ダミアン様が廃太子とされて、次の王太子にはアルバート様が就くであろうことを……)
その上で、これからも私たちの関係は変わらないと、そう言ってくれていたんだ。
サリアたちのことなどあまりにも情報過多で、その上カトリーナのことばかり考えていた私は頭が回っていなかった。そうよ……。ダミアン様が廃太子とされた今、次の王太子を決める必要がある。
その座にもっとも相応しい人は、アルバート様をおいて他にはいないのに……!
呆然としている私の手を、アルバート様がそっと握る。
「ティファナ。君の努力が報われる時が来た。俺は陛下から与えられる自分の職務を、しっかり全うしようと思う。……俺の隣で、支えてくれるかい?」
ハッとして見上げたその青い瞳には、すでにはっきりとした覚悟が宿っていた。アルバート様はこのリデール王国の未来を担っていく決意を固めているのだと悟った。
だったら、私の返事も一つしかない。私はアルバート様とともに生きていくことを決めたのだから。
「はい、アルバート様。もちろんです。これまで培ってきた知識の全てで、アルバート様をお支えしてまいります」
私の覚悟も一瞬で決まった。彼の目を見つめて、私ははっきりとそう答えた。
アルバート様はこの上なく素敵な笑みを浮かべ、私のことを抱きしめた。
「……ありがとう、ティファナ。君ならきっと、そう言ってくれると思った」
「アルバート様……」
こうしてしっかりと抱きしめられるのは、初めてのことだった。頬に口づけをされた時以上に、胸がドキドキと高鳴っている。緊張しながらアルバート様の胸に顔を埋めていると、彼の手が私の髪を撫で、そして優しく耳元に触れた。その手がそのまま私の頬を撫で、顎に触れると、少し力を込めて私の顔を上げさせた。
目の前に、アルバート様の端正なお顔がある。
「……っ、」
吐息の触れ合うその距離に、私は動けなくなってしまう。
やがて二人の間のわずかな距離は、甘い空気が揺れると同時になくなり──────
間近できらめくアルバート様の瞳の色が視界を埋めた時、私は自然に目を閉じていた。
温かく、優しい感触。アルバート様の香り。何度も角度を変えては与えられる柔らかな口づけに、私の体から力が抜けていく。静かに流れる甘い時間と、激しく脈打ち続ける自分の心臓の音。私の腰をしっかりと抱き寄せ、もう片方の手で髪を撫でてくれるアルバート様に身を委ね、私は幸せを噛みしめていた。
◇ ◇ ◇
その夜。家族二人だけの夕食の席は、喜びの空気で満ちていた。
「母さんもどれほど喜んでいることか。お前は本当に、私たちの自慢の娘だ」
父の言葉になんだか照れてしまい、私は曖昧に微笑んだ。
「まさかこんな形で叶うことになるなんて……。私自身も驚いています」
「私もだ。まさか今になって、お前が王太子妃になる未来が見えてくるとは。……お前さえ幸せになってくれるのなら、もう相手の身分などどうでもいいとさえ思ったこともあったが……。やはり我が娘が王家に嫁ぐとなると、喜びもひとしおだな」
「ふふ、お父様ったら」
少しおどけたようにそう言いながらナイフを動かす父に、私はクスクスと笑う。そして父と同じように目の前のお肉にナイフを入れた時だった。
「……幸せなんだろう? ティファナ」
ふいに父がそう言い、私は顔を上げた。
向かいの父の顔は先ほどよりも真剣味を帯びていて、その瞳は、まるで私の気持ちを確かめようとするかのようにこちらをジッと見つめている。
私は父を安心させるために、満面の笑みを浮かべた。
「はい、もちろんです。私は幸せです、とても」
「……うん。それなら、いい」
短い父のその言葉に込められた思いは、私にははっきりと伝わってきた。喜びとありがたさで、私の視界が揺らめく。
「……ありがとうございます、お父様」
小さく呟いた私の声は、少し震えていた。
父は気付かないようなそぶりで食事を続けながら、ポツリと言った。
「明日は時間が取れるか?」
「……ええ。何かございますか?」
「時間があるのなら、墓参りに行こう」
「……はい」
今度こそ涙が溢れてしまいそうで、私は慌ててお肉を口に運んだ。
明日はお父様と二人、お母様に報告に行こう。そしてちゃんと伝えよう。
いろいろあったけど、私はとても幸せです、と。
それから数日後。
私は国王陛下に呼ばれ、王宮へと向かった。
そしてアルバート様と二人、王命を拝した。
それからさらに数日後。アルバート様が王太子となったこと、そして私とアルバート様の結婚の日取りが半年後に決定したことが正式に発表されたのだった。
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