【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中

文字の大きさ
24 / 77

24. ティナとの出会い(※sideセシル)

しおりを挟む
 息が止まった。何の心の準備もなかった。まさかこんなところで、突然目の前に彼女が現れるとは。
 会いたくて会いたくてたまらず、日に何度も思い浮かべ、恋しさのあまり毎夜夢にまで見ていた、その姿。
「レイニー」と呼ばれ現れた俺の愛おしい人は、その懐かしい翡翠色の瞳で呆然と俺のことを見つめていた。
 


 これでもかと引き伸ばしてきた俺の婚約は、ついに二十歳になる頃、父によって強引に決められてしまった。
 相手はこのレドーラ王国の筆頭公爵家である、グレネル公爵家の令嬢、ナタリア。失望感でいっぱいだったが、どうしようもないことは分かっている。正式に婚約の書面を結ぶ前、俺はグレネル公爵邸に挨拶に出向いた。応接間で向かい合った瞬間、ナタリアが俺のことを軽んじているのはありありと伝わってきた。
 目の覚めるような鮮やかな長い赤毛は丁寧に結い上げられ、濃く整えられた化粧は彼女の無機質なまでの美貌を一層冷たく見せていた。そしてその金色の瞳は一度も俺の姿を映すことなく、長い睫毛によって隠されていた。
 ため息を押し殺し、俺は絶対に口にしたくもない言葉を放った。

「このたびのご縁、大変光栄に思います、ナタリア嬢。あなたの良き夫となれるよう尽力いたしますので、どうぞよろしくお願いします」

 我ながら心がこもっていなさすぎて笑える。しかし向かいのナタリアは少しも笑えないらしい。相変わらず俺から視線を逸らしたまま、不機嫌そうに自分の前に置かれたティーカップを見つめている。俺が黙れば、室内の空気は凍りついたように静かになる。
 もう撤収したいが、さすがにまだ早いだろう。何か話さねば。小さくため息をつき、俺は渋々笑顔を作り直すともう一度口を開いた。

「……俺は今現在、王国騎士団の一員として日々腕を磨いております。まだ若輩者ではありますが、いずれは騎士団を率いる立場に立ちたいと思い、文武ともに研鑽に努めております。あなたの夫として恥ずかしくないよう、励むつもりです」

 筆頭公爵家の令嬢を立てるつもりでそう言った。いつまでも嫌だ嫌だとごねていてもどうにもならないことは分かっていたから。心の中にいるたった一人の愛おしい人への裏切りのような気がして、苦い思いが込み上げるが、俺はそれを必死に押し殺していた。
 しかし目の前の令嬢は、俺の言葉を聞き、フンと鼻で笑った。そしてたった一言、こう言ったのだ。

「……騎士など」

(────っ!)

 こちらに対する侮蔑を隠さないその一言は、俺の自尊心を見事なまでに打ち砕き、そして同時に、目の前の高慢ちきな令嬢への憎悪をむくむくと湧き上がらせた。

(……嫌な女だ)

 “興味のない女”は一瞬にして、自分の中で“大嫌いな女”に格下げされた。膝の上に置いた拳を、思わず固く握りしめる。相手の大人気ない態度につられまいと、俺は一呼吸置いてから静かに口を開いた。

「……王太子殿下のご婚約者候補でもあったあなたが、格下の侯爵家の次男などに嫁ぐのは、ご自身のプライドがお許しにならないでしょうね。ですが、お互いどうにもできぬことです。殿下はピアソン公爵令嬢をお選びになり、我々の同年代のめぼしい高位貴族の令息たちは皆すでに良き相手と結婚している。我がリグリー侯爵家としても、派閥の筆頭であるあなたのご実家との縁組みに諸手を挙げて喜んでおり、俺が聞く耳持たぬ状態です。こうなった以上、互いの家のため、歩み寄るしかないのですから。貴族の宿命です。上手くやっていきましょう」
「……っ!」

 大人気ない態度につられないどころか、さらに上を行ってしまった。ナタリアはスッと席を立ち、一度俺を睨みつけると、無言のまま応接間を出て行ってしまったのだった。

「……ふ……」

 俺は自嘲し小さく笑うと、グレネル公爵邸を後にした。

 乗り込んだ馬車の窓から、見るともなしに外を眺める。そしていつものように、そこにいないはずの彼女の姿を無意識に探してしまう。未練しか残っていない。もしもそこに彼女がいたら、俺は今度こそ全てを捨ててでも、彼女を抱きしめて離さないのに。



 初めてティナと出会ったのは、たしか俺が七歳の時。母の取り巻きの婦人たちはしょっちゅう我がリグリー侯爵邸にやって来ては、母の開く茶会に参加していた。
 その中の一人のご婦人が、いつも連れてきていた二人以外に、ある日もう一人の子どもを連れてきた。栗色の髪に翡翠色の瞳をしたその小さな女の子から、俺はなぜだか目が離せなかった。
 人形のように愛くるしい顔をしたその子は、自己主張の強い兄や姉と違って、いつも控えめだった。母親とともに茶会に訪れた子どもたちの誰も彼もが「セシルさま、セシルさま」と俺に寄ってくるのに対して、その女の子は隅っこにポツンと立って静かにこちらを見ていた。俺と目が合うと、困ったような顔をしてそっと目を逸らしていた。
 母親たちの茶会の間中、彼女のことがずっと気になっていた。決してこちらに近付いてこないティナは、庭園の隅で花や蝶を愛でて微笑んだりしていたが、近くで男の子が転んだ時にはハッとした顔をして、トコトコとそばに駆け寄り気遣っていた。その男の子は起き上がると、ティナを無視してまた他の子たちと遊びはじめた。彼女はその後ろ姿をしばらく見送ってから、また花や空を見つめてボーッとしていた。
 そのいじらしい様子に、幼い俺の胸が妙に疼いた。俺は皆の隙を見ては、少しずつティナに話しかけるようになっていった。
 




 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

【完】婚約者に、気になる子ができたと言い渡されましたがお好きにどうぞ

さこの
恋愛
 私の婚約者ユリシーズ様は、お互いの事を知らないと愛は芽生えないと言った。  そもそもあなたは私のことを何にも知らないでしょうに……。  二十話ほどのお話です。  ゆる設定の完結保証(執筆済)です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/08/08

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さくら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

処理中です...