【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

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71. ユーリ、四歳になる

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 爵位と私財の全てを没収されたリグリー侯爵夫妻は、重罪行為の教唆罪で、王家管轄の修道院での雑用係として、生涯労働を命じられた。そしてその沙汰が下った翌日、リグリー侯爵は地下牢の中で自害していたという。夫人はその後、修道院へと送られた。
 また、セシルのお兄様であるクレイグ様が徹底的に調べ上げたところによると、グレネル公爵令嬢の方こそ潔癖ではなかった。
 ナタリア・グレネル公爵令嬢は、ビクトール王太子殿下の婚約者に選ばれなかったことで殿下を逆恨みしていたらしく、セシルとの婚約中、怪しげな呪術師もどきのところへひそかに通い詰めていた。王太子殿下を呪う目的であったようだ。王族を呪おうなどと、それだけでもとんでもない話だが、あろうことか、グレネル公爵令嬢はその呪術師もどきの元にいた若い美男子に懸想し、秘密の逢瀬を重ねていたという。
 クレイグ様がグレネル公爵にそのことを伝え非難すると、「娘がそのようなことをするはずがない。言いがかりだ。慰謝料を支払いたくないがための虚言だろう」と激昂したらしい。仕方なくクレイグ様は、その美男子を懐柔し、公爵邸へと連れて行ったそう。彼の姿を見たグレネル公爵令嬢は、顔面蒼白になったという。

『リグリー侯爵の爵位が剥奪された以上、私はもう貴族ではない。お前の婚約破棄の慰謝料を支払う必要もなくなったことだし、自分の力で一から頑張るよ。……ああ、その呪術師のところの男かい? はは。グレネル公爵が口止め料のつもりで多額の金を支払ったようだよ。金を受け取ったのなら自分の身の安全のためにも、このまま大人しく引くようにと、別れ際彼には伝えたが……どうだろうね。味をしめて何度も公爵から大金を引き出そうとしなければいいが』

 クレイグ様はそう仰っていたそうだ。何か困ったことがあればいつでも連絡をくれとセシルが伝えると、クレイグ様は「お前もな」と微笑んでいたそうだ。別々の国で暮らしていくことになっても、兄弟の縁は切れることはないのだろう。私もいつかはお会いしてみたい。
 私たちの結婚式に来てくださればいいな、なんて、私はそう思った。

 その後風の噂で、調ナタリア・グレネル公爵令嬢が、長期療養の名目で公爵領からも王都からも姿を消したという話を聞いた。それ以来、社交界の誰も彼女の姿を見かけていないそうだ。余計な噂が広まる前に、どこかへと逃げてしまったのだろう。
 ちなみに、ビクトール王太子殿下は今もお元気そのものであることから、その呪術師もどきのまじないとやらはまるっきり効いていないようだ。ただの詐欺師だったらしい。
 
 アレクサンダーとマリアローザは、実家の醜聞のせいでそれぞれ婚家から離縁されてしまったらしい。彼らがその後どこでどうやって暮らしているのか、私には分からない。



 ユーリは四歳になった。初めて親子三人で迎える誕生日。ちょうど一年前は、社員寮のあの小さな部屋で、保育園のお友達やソフィアさんたちから賑やかに祝ってもらったのだった。ノエル先生まで顔を出してくださって、子どもたちのために可愛らしい着ぐるみのスリーパーを贈ってくれて。
 心から楽しそうなユーリの笑顔に涙ぐんだあの時は、思いもしなかった。
 まさか一年後に、両親揃って息子の誕生日を祝ってあげているだなんて。

「ユーリ、誕生日おめでとう」
「うわぁっ! ありがとうぱぱ! すごいケーキだね! おっきーい!」

 キッチンから特大のバースデーケーキを持って現れたセシルは、この上なく得意げな顔をしている。まるで自分が焼いたかのようだ。実際は大通りの高級スイーツ店に特注したケーキなのだけれど。
 最近急激に滑舌が良くなってきたユーリが、胸の前でパチパチと手を叩き、目を輝かせている。ほんの少し前までは、舌っ足らずで甘えたような話し方をしていて、それがまたたまらなく愛らしかったというのに。子どもの成長って本当に早い。ほんの一瞬たりとも目を離すのが惜しいほどだ。今日のユーリには今日しか会えないのだと、しみじみ思う。
 私は三年もの間、そんな可愛い息子を独り占めして、その成長を誰よりも近くで見守ってきた。これからはできる限り多くの時間を、父と息子で過ごしてほしいと思う。まぁ、セレネスティア王国騎士団に勤めはじめたセシルは多忙で、四六時中ユーリにベッタリくっついていることなんてできないのだけど。私もそうだし。
 だからこそ、家族が一緒にいられる時間はとても貴重で、大切な宝物なのだ。

「ほら、ユーリ。誕生日プレゼントだ」

 目の前のケーキにはしゃいでいるユーリに、セシルが奥の部屋から持ってきた大きな包みを渡す。私は驚いて尋ねた。

「ち、ちょっとセシル! プレゼントならさっきもう渡したじゃない。本を五冊も」
「ああ。うん、あれもプレゼントだけど、これもだ。人生で一度きりの四歳の祝いだからな。特別だ」

 や、それを言うなら毎年そうなんですけど……。

 そう言いたいのをグッと堪える。セシルにとっては初めて迎える息子の誕生日なのだから。そりゃ甘やかしたくもなるわよね。うん。
 ユーリはアメジスト色の瞳をキラキラさせながら、真剣な面持ちで大きな包み紙を開いていく。
 すると。

「っ! わぁ……っ!!」
「えぇっ!?」

 ユーリと一緒に、思わず私まで叫んでしまった。
 中から出てきたのは、セレネスティア王国騎士団の騎士の制服……と同じデザインの、ユーリサイズの服一式だったのだ。

「すっごーい! かっこいーい! ぱぱ、ありがとうっ! ゆーりもきしさまだーっ! きしさまになれるっ! わぁい!」

 そう言ってユーリが広げた服ににじり寄った私は、その騎士服を手に取り凝視する。すごい。セシルが着ている制服と全く同じと言っても過言ではないデザインだ。メインの白地に、ところどころ臙脂の差し色が入った服。金色の刺繍や縁取り。首回りのカラーの形。胸元や袖口の金ボタン、ベルトの形、などなど……。ブーツまで全く同じデザインだ。

「セ……セシル……。これ、一体どうしたの……?」

 おそるおそる尋ねてみると、キャッキャとはしゃぐユーリに早速小さな騎士服を着せながら、彼が答えた。

「ほら、いつも君たちに服やドレスを買ってくる店があるだろう、大通りの。あそこで作ってもらっていたんだ。このひと月、内緒にしているのが辛かったよ。何度もつい喋ってしまいそうになった。……おお、最高に格好良いぞ、ユーリ。次はお前に合うサイズの剣のレプリカも作らせねばな」
「わぁーい! まま、どお? ゆーり、さいこうにかっこいい!?」
「……。うん! 素敵よユーリ。あなたは王国一凛々しい騎士様だわ」
「やったぁーー!!」

 息子の満面の笑みに勝るものなどない。一体いくらお金使ったのよ!? などとセシルに詰め寄る気は、この子のキラキラおめめの前に完全に失せてしまった。

(……ま、いいか。これまで質素なお誕生日を過ごしてきたんだものね)

 一歳や二歳のお誕生日を迎える頃は、街で素敵なお洋服や靴、可愛い絵本、楽しそうなおもちゃを見かけるたびにため息をつき、買ってあげられなくてごめんねと心の中で息子に詫びていた。あの頃に比べれば、なんて心穏やかに過ごせるようになったことだろう。金銭的なゆとりと、そばで支えてくれる大切な人の存在は、綺麗事抜きにありがたい。
 ミニ騎士服を着て、セシルが紙を細長く丸めて作った即席の剣を、しゅっ、しゅっ、ぴしゅん、などと口で効果音をつけながら振り回しているユーリ。そのちょっと気取った可愛らしい表情をセシルと二人で眺め、ふと私は、彼の肩に自分の頭を預けた。
 セシルはすぐに私の腰を抱き寄せ、額にそっとキスをくれたのだった。







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