72 / 77
72. 皆の優しさ
しおりを挟む
再来月に迫った治癒術師の資格試験に向け、私の訓練も大詰めを迎えていた。この試験に合格できるかどうかが、私たちの今後の生活を大きく左右するのだ。私は必死だった。週末はもちろんのこと、平日の夜も、他の治癒術師の卵たちと共にノエル先生のお宅へと通った。
ユーリのことはセシルと協力し合いながら乗り切るつもりだった。けれどセシルはセシルで、ちょうどタイミング悪く、野獣討伐隊の遠征に加わることになってしまった。
「少し前から東方の森に、獣が頻繁に出るようになったらしい。近隣の街や村に被害が出る前に食い止めなければ」
「ええ。気を付けてね、セシル」
「……すまない、ティナ。君の大事な時に、ユーリのことを任せてしまって」
困ったようにそう言うセシルに、私は努めて明るく笑って答えた。
「何を言っているのよ。民たちの安全を守るのが、あなたの大切なお仕事でしょう。誇らしく思うわ。こっちのことは何も気にせず、頑張ってきてね」
「……ティナ」
「怪我しちゃダメよ、セシル」
「……ああ。ありがとう」
そんな会話を交わしながら、頭の中では「最悪今年の試験に落ちちゃったとしても、あと一年準備期間を貰えたと思ってまた頑張ればいいか」などと、落ちた時の心の準備まで始めていた。
ところが、こんな時でもやっぱり助けようとしてくれる優しい人たちが、私の周りにはいるのだ。
「何諦めたようなこと言ってるのよ! ノエル先生も今年合格できる可能性は高いって言ってくれてるんでしょう!? ギリギリまで頑張りましょうよ。預かれる夜はうちでユーリくんを預かるからさ。そうだ、お泊り会しちゃいましょう! ララも喜ぶわ。そうすればあなたも時間を気にせず訓練に取り組めるでしょう?」
と言うソフィアさんの言葉には思わず涙ぐんでしまったし、そのソフィアさんから話を聞いたのか、コレット先生まで、
「こんな時こそ、独り身の私を頼ってちょうだい、レイニーさん。お泊り会ならうちでもできますよ。ユーリくんさえ喜んでくれるのなら、何度でも。ふふ」
と言ってくださった時には、ついに涙が少しこぼれてしまった。皆の優しさが身に染みる。さらにはノエル先生にまで、
「そうですか。旦那様が遠征に……。それは大変ですね。……そうだ。では平日の夜の訓練にはユーリくんも連れてきて先に寝かせ、そのままレイニーさんもうちに泊まるというのはどうでしょうか。部屋なら空いていますよ」
と、冗談か本気か分からないようなことを言われた時には、さすがに丁重にお断りした。独身のノエル先生に変な噂でも立ってしまったら申し訳ない。というか、そんなことをすれば私の評判も地に落ちるだろうし、セシルがどんな行動に出るか想像するだけでも恐ろしい。
結局試験までの残り一ヶ月半、ソフィアさんのおうちには一度だけユーリをお泊りさせてもらい、そしてコレット先生には何度もユーリを預かってもらうことになったのだった。
日に日にコレット先生を慕う気持ちが強くなっているユーリは、ついに先生のおうちにまでお泊りさせてもらえることとなり有頂天だった。浮足立ってミニ騎士服とパジャマをバッグに詰める息子の後ろ姿を見つめながら、改めて、周囲の人の優しさをありがたく思った。私はいつ、支えてくれた人たちにお返しすることができるのだろうか。
セシルが討伐隊の一員として遠征に行ってから、約二週間後。
ノエル先生のお宅から帰った後も、深夜まで自主訓練を繰り返していた私は、少し朝寝坊してしまった。慌てて飛び起き身支度を整えた後、コレット先生のお宅へと向かう。今日は私の仕事も保育園もお休み。……とはいえ、いくら何でも甘えすぎだ。
近くで一人暮らしをしているコレット先生のアパートに向かい、ドアを開けてくれた先生にすぐさま謝罪する。
「すみません先生っ! お迎えが遅くなってしまいまして……!」
そう言うと先生は静かに首を振った。
「おはよう、レイニーさん。お疲れ様。いいのよ、全然気にしないで。……ただね、ユーリくん、夜中に少し熱を出してしまって」
「え……っ!?」
その言葉にドキッとしたその時、まだパジャマ姿のユーリが奥からトテトテと現れた。
「おはようまま。……もう帰るの? ゆーり、まだこれっとしぇんしぇいとあそびたい」
元気そうなその様子にホッとする。部屋に上がるよう促してくれるコレット先生のお言葉に甘え、私は部屋の中にお邪魔した。こぢんまりしていて、とても温かみのある綺麗な部屋だ。まるで先生自身のように。
「よかった。お熱下がったのね。……すみませんでした先生。ご迷惑をおかけしてしまいました」
再びそう詫びると、先生は私のために温かい紅茶を入れて持ってきてくれた。どうぞ座って、と言われ、リビングの椅子に腰かけると、先生は微笑んで言った。
「そんなことは全然気にしないで。まだ幼いんですもの。体調を崩すことはしょっちゅうよね。あなたもきっととても疲れているだろうし、夜中にわざわざ呼びにいくべきか悩んだのよ。それで一応、私が治癒術をかけてみたら、案外あっさりとお熱が引いたから。その後すぐにスヤスヤと眠ったし、朝まで様子を見ようと思ったの。こちらこそ、勝手な判断をしてごめんなさい」
「いえ、そんな……! 助かりました、先生。本当にありが……、」
……ん?
(あれ? 今何て言った? コレット先生)
……私が治癒術をかけてみたら……、そう言った、気が。
「……えっ? 先生も治癒術をお使いになるんですかっ?」
そんな話は一度も聞いたことがない。
私は驚いて、思わず大きな声を上げてしまった。
ユーリのことはセシルと協力し合いながら乗り切るつもりだった。けれどセシルはセシルで、ちょうどタイミング悪く、野獣討伐隊の遠征に加わることになってしまった。
「少し前から東方の森に、獣が頻繁に出るようになったらしい。近隣の街や村に被害が出る前に食い止めなければ」
「ええ。気を付けてね、セシル」
「……すまない、ティナ。君の大事な時に、ユーリのことを任せてしまって」
困ったようにそう言うセシルに、私は努めて明るく笑って答えた。
「何を言っているのよ。民たちの安全を守るのが、あなたの大切なお仕事でしょう。誇らしく思うわ。こっちのことは何も気にせず、頑張ってきてね」
「……ティナ」
「怪我しちゃダメよ、セシル」
「……ああ。ありがとう」
そんな会話を交わしながら、頭の中では「最悪今年の試験に落ちちゃったとしても、あと一年準備期間を貰えたと思ってまた頑張ればいいか」などと、落ちた時の心の準備まで始めていた。
ところが、こんな時でもやっぱり助けようとしてくれる優しい人たちが、私の周りにはいるのだ。
「何諦めたようなこと言ってるのよ! ノエル先生も今年合格できる可能性は高いって言ってくれてるんでしょう!? ギリギリまで頑張りましょうよ。預かれる夜はうちでユーリくんを預かるからさ。そうだ、お泊り会しちゃいましょう! ララも喜ぶわ。そうすればあなたも時間を気にせず訓練に取り組めるでしょう?」
と言うソフィアさんの言葉には思わず涙ぐんでしまったし、そのソフィアさんから話を聞いたのか、コレット先生まで、
「こんな時こそ、独り身の私を頼ってちょうだい、レイニーさん。お泊り会ならうちでもできますよ。ユーリくんさえ喜んでくれるのなら、何度でも。ふふ」
と言ってくださった時には、ついに涙が少しこぼれてしまった。皆の優しさが身に染みる。さらにはノエル先生にまで、
「そうですか。旦那様が遠征に……。それは大変ですね。……そうだ。では平日の夜の訓練にはユーリくんも連れてきて先に寝かせ、そのままレイニーさんもうちに泊まるというのはどうでしょうか。部屋なら空いていますよ」
と、冗談か本気か分からないようなことを言われた時には、さすがに丁重にお断りした。独身のノエル先生に変な噂でも立ってしまったら申し訳ない。というか、そんなことをすれば私の評判も地に落ちるだろうし、セシルがどんな行動に出るか想像するだけでも恐ろしい。
結局試験までの残り一ヶ月半、ソフィアさんのおうちには一度だけユーリをお泊りさせてもらい、そしてコレット先生には何度もユーリを預かってもらうことになったのだった。
日に日にコレット先生を慕う気持ちが強くなっているユーリは、ついに先生のおうちにまでお泊りさせてもらえることとなり有頂天だった。浮足立ってミニ騎士服とパジャマをバッグに詰める息子の後ろ姿を見つめながら、改めて、周囲の人の優しさをありがたく思った。私はいつ、支えてくれた人たちにお返しすることができるのだろうか。
セシルが討伐隊の一員として遠征に行ってから、約二週間後。
ノエル先生のお宅から帰った後も、深夜まで自主訓練を繰り返していた私は、少し朝寝坊してしまった。慌てて飛び起き身支度を整えた後、コレット先生のお宅へと向かう。今日は私の仕事も保育園もお休み。……とはいえ、いくら何でも甘えすぎだ。
近くで一人暮らしをしているコレット先生のアパートに向かい、ドアを開けてくれた先生にすぐさま謝罪する。
「すみません先生っ! お迎えが遅くなってしまいまして……!」
そう言うと先生は静かに首を振った。
「おはよう、レイニーさん。お疲れ様。いいのよ、全然気にしないで。……ただね、ユーリくん、夜中に少し熱を出してしまって」
「え……っ!?」
その言葉にドキッとしたその時、まだパジャマ姿のユーリが奥からトテトテと現れた。
「おはようまま。……もう帰るの? ゆーり、まだこれっとしぇんしぇいとあそびたい」
元気そうなその様子にホッとする。部屋に上がるよう促してくれるコレット先生のお言葉に甘え、私は部屋の中にお邪魔した。こぢんまりしていて、とても温かみのある綺麗な部屋だ。まるで先生自身のように。
「よかった。お熱下がったのね。……すみませんでした先生。ご迷惑をおかけしてしまいました」
再びそう詫びると、先生は私のために温かい紅茶を入れて持ってきてくれた。どうぞ座って、と言われ、リビングの椅子に腰かけると、先生は微笑んで言った。
「そんなことは全然気にしないで。まだ幼いんですもの。体調を崩すことはしょっちゅうよね。あなたもきっととても疲れているだろうし、夜中にわざわざ呼びにいくべきか悩んだのよ。それで一応、私が治癒術をかけてみたら、案外あっさりとお熱が引いたから。その後すぐにスヤスヤと眠ったし、朝まで様子を見ようと思ったの。こちらこそ、勝手な判断をしてごめんなさい」
「いえ、そんな……! 助かりました、先生。本当にありが……、」
……ん?
(あれ? 今何て言った? コレット先生)
……私が治癒術をかけてみたら……、そう言った、気が。
「……えっ? 先生も治癒術をお使いになるんですかっ?」
そんな話は一度も聞いたことがない。
私は驚いて、思わず大きな声を上げてしまった。
1,067
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!
さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」
「はい、愛しています」
「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」
「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」
「え……?」
「さようなら、どうかお元気で」
愛しているから身を引きます。
*全22話【執筆済み】です( .ˬ.)"
ホットランキング入りありがとうございます
2021/09/12
※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください!
2021/09/20
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる