異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節

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第113話 来訪者と魔族

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 異世界からやってきた来客に対する事情聴取は学院長を中心にして迅速に終了する。他の駐屯地幹部は「私たちには異世界の話などまったくわかりません」と無言で白旗を揚げて学院長に丸投げしたのも早々に終了した理由だろう。


「さて、聞きたいことはすべて聞き終えた。ところで楢崎准尉と桜准尉、せっかく宇都宮まで来たんだから、例の捕虜の顔でも見ていかないか?」

「何かあるんですか?」

「あちら側の世界で魔族と戦っている証人が現れたのだから、実際に顔を合わせて双方の主張を戦わせたいだけだ。そこの五人も私についてきてもらおうか」

 学院長の狙いを何となく理解した聡史は、何をさせられるのかもうひとつ飲み込んでいない表情のマリウスやディーナに立ち上がるように目で促す。魔族を捕虜にした当事者の桜とカレンはもちろん、美鈴や明日香ちゃんも一緒になって場所を移す。



 那須ダンジョンで起きた魔物の集団暴走を陰で操っていた魔族は現在宇都宮駐屯地のとある施設の地下に拘束されており、学院長をはじめとする他の面々は係員の案内によって施設へと入っていく。

 建物の内部は倉庫のような広い造りで、ガランとした何も置かれていないスペースが広がっている。ただし1か所だけ地下に下りる階段が設けられており、係員と共に全員その階段を地下へと降りていく。地下にやってくると、そこは1階とは全く違う雰囲気となっていることに気付く。

 監視モニターが並ぶ管理室の内部では、捕虜に何らかの変化がないか画面を見つめる要員が五人体制で監視をしている。その他にも、万一の際に備えて重武装の一個小隊が即座に対処可能な体制で待機しているという物々しい警戒ぶりが目に付く。


「神崎大佐の要請で捕虜の尋問を行う」

「了解しました」

 案内役の係員の指示で待機している係員が扉の開閉スイッチを操作すると、重たい鉄製の扉が横にスライドしてその先には通路が続く。さらに立て続けに通路を仕切る扉を2回抜けると、ようやく捕虜が拘束されている一室が出現する。隔壁とも呼べるような分厚い扉は、牢獄がある方向からは一切開ける手段はなくて、管理室で開閉操作しなければならない厳重な造りとなっている。

 係員はポケットからカードキーを取り出して部屋のドアの横にある装置に差し込むと、ガチンという重たい音を立ててようやくドアロックが外れる。


「内部は強化プラスチックで仕切られております。仕切り越しにしか尋問はできません」

「かまわない」

 係員が重たいドアを開くと、そこには透明な強化プラスチック越しに椅子に腰掛けている魔族の姿が全員の目に飛び込んでくる。


「あ、あいつは魔公爵グレッツェンドルフ! マハティール王国騎士団を壊滅に追い込んだ張本人です!」

 捕虜の姿を一目見た瞬間、マリウスはワナワナと声を震わせて叫ぶ。こんな場所で彼らからすると不倶戴天の仇とも言うべき魔族の上級幹部と対面して、声を上げるなと注文を付けるほうが無理であろう。


「通話装置をオンにします」

 係員が操作をすると捕虜との会話が可能となる。もっともこれは機能的に可能になるという意味で、実際に会話が噛み合うかどうかというのは別の問題。


「グレッツェンドルフ、久しぶりだな。私の顔を覚えているか?」

 拘束されている監獄の内部に声が届いて、ようやくグレッツェンドルフはこの場に学院長をはじめとした面々が顔を揃えてやってきたことに気が付いた様子。ハッとして顔を上げるグレッツェンドルフは、強化プラスチックの向こう側に立っている顔触れを見て額から汗を吹き出しながら小刻みに震え始める。


「こちらが聞きたいことに素直に答えろ。さもないとその扉から桜准尉をそちら側に送り込むぞ」

「そ、それだけは絶対に止めてくれぇぇ! なんでも話をするから、その悪魔だけは私に近づけるなぁ!」

 どうやら桜の存在がグレッツェンドルフに与える影響は絶大だった模様。捕らえられた当日に目の前でもうひとりの魔族が正気を保てなくなるほど痛めつけられたあの悪夢が、いまだに彼の脳裏に焼き付いているのであろう。


「こんなに優しい私を掴まえて悪魔とは失礼ですわ。本当の悪魔は美鈴ちゃんですよ」

「桜ちゃん、私は暗黒の支配者であって、単純な悪魔という概念には留まらない存在よ」

 怯える表情のグレッツェンドルフを目の当たりにして、桜と美鈴は至極平常運転で悪魔談義をしている。美鈴が自らルシファーと名乗っているのはともかくとして、桜にしても大概の悪魔が裸足で逃げ出すレベルの恐怖を撒き散らす存在ではないだろうか。本人は全く自覚していないようだが… 優しいなんてフレーズが一体どの口から飛び出すのであろう?


「グレッツェンドルフ、お前はマハティール王国に対してどのような行為を実行したのか、この場で全部白状しろ」

「マハティール王国? ああ、あの愚にもつかない人族の国か」

 学院長の質問に若干声を震わせがちではあるが、ここに至っても上から見下ろす態度で異世界での過去の出来事を語りだす。


「人族など、われら魔族にすれば家畜と同等の存在。その命と富を奪うしか価値のない対象に過ぎない。生意気にも兵を挙げて我に反抗しようとした故に、万単位の兵をアリの如くに焼き殺してやったわ」

「グレッツェンドルフ! 貴様ぁぁ!」

 マリウスは今にも飛び掛かろうかという表情でグレッツェンドルフを憎しみが籠った眼で睨み付けている。ディーナ王女は悲しげに目を伏せてグレッツェンドルフから視線を外す。他の三人も悔し気に体を震わせる。


「そうか… 多少は考えを変えるかと期待していたが、どうやらいくら時間をかけても無駄なようだな。いいだろう、お前がそこにいる間に魔王を滅ぼしてやるから、精々神でも悪魔でもいいからお前が信じる者に祈っていろ」

「我らが信じるのは魔王様のみ! 魔王様は不滅の存在! 貴様らが束になっても敵わぬぞ」

「あら、それでは魔王よりもさらに上の大魔王というのはいかがかしら?」

「大魔王だと? そこなる娘は何たる戯言を口にしておるのだ? 我らの魔王様を愚弄するつもりか」

 どうやらグレッツェンドルフには、美鈴の謎が秘められた曖昧な質問の意図を理解できなかったよう。魔王が不滅ならば、さらにランクが高い大魔王はどうなるのか… この美鈴の言葉の真の意味を理解したなら、グレッツェンドルフは地獄に突き落とされるような深い絶望を味わったかもしれない。

 このような尋問が為されているうちに、にいつの間にか桜は両手にオリハルコンの籠手を嵌めている。


「学院長、せっかくですから今から2、3発ぶっ飛ばしておきましょうか? 多少は目が覚めるかもしれませんわ」

「絶対に止めてくれぇぇぇ!」

 顔面蒼白になったグレッツェンドルフの心からの叫びが狭い拘束施設に響くが、学院長は首を縦に振らない。


「桜准尉、それはまた別の機会にしよう。さて、聞きたい話が聞けたから撤収するぞ」

「残念ですわ」

 こうして尋問を終えた一行は拘束施設を出ていく。たったひとり監獄に残されたグレッツェンドルフは誰もいなくなったのを確認してから大きな息を吐くとともに、その瞳には小暗い光を宿すのであった。





   ◇◇◇◇◇◇





「西川陸士長、カレン、二人に頼みたいことがある」

 拘束施設の建物を出てから、学院長は何かを思い出したかのような表情で二人に耳打ちしている。


「わかりました。30分くらいで完成すると思いますから、しばらくお待ちください」

 係員に再び案内されて、美鈴とカレンの二人は再び施設へと戻っていく。どうやら地下で何らかの作業をするようであったが、聡史たちにはその詳細は知らされてはいない。

 美鈴たちが席を外している間、聡史たちは元の会議室で待機する。しばらくして美鈴とカレンが戻ってくると、学院長は異世界からの来訪者に語り掛ける。


「この駐屯地でしばらく日本の知識を身に着けてもらいたい。それでは1週間後に魔法学院で待っている」

「ありがとうございます。色々と勉強させてもらいます」

 五人を代表してマリウスが答えると、学院長はひとつ頷いて今度は聡史たちに向き直る。


「今回のダンジョン攻略並びに、異世界からの来訪者保護ご苦労だった。今回の活躍に関しては、私からダンジョン対策室に報告しておく。各位にはおそらく昇進の沙汰があるだろう。楽しみにしておくんだな」

「学院長、昇進ですか? そもそも入隊していきなり准尉なんていう高待遇なのに、これ以上昇進したら責任が重くなるばかりですよ」

「楢崎准尉、それだけの手柄を挙げたという事実をもっと自覚しろ。人類初の快挙を成し遂げたんだから、褒賞が与えられるのは当然だろう」

「はあ… わかりました。謹んでお受けいたします」

 こうして聡史は、学院長に押し切られるように昇進を受け入れる。あの眼光に逆らう勇気は、さしものレベル400オーバーの聡史でも持ちえなかったよう。


「フフフ、私の力を正当に評価していただいて光栄ですわ。なんでしたら史上最年少の元帥の地位でも構いません」

「桜准尉、日本には元帥の階級は存在しない。そのようなしょうもない野望は諦めるんだな」

「残念ですわ」

 責任感など無関心な桜が、またバカなことを口にしている。この娘は一体どこまで不遜なのだろうか?

 こうして聡史たちは翌週の再会をマリウスやディーナと約束して魔法学院へと戻っていく。駐屯地を飛び立つヘリに乗り込んだ聡史たちを来訪者の五人は手を振って見送るのであった。






   ◇◇◇◇◇





 学院に戻った聡史たちは、相変わらず忙しい日常を送っている。

 聡史はブルーホライズンと共に大山ダンジョンの12階層でコカトリス狩りに精を出し、桜はEクラスの男子を率いてオーク狩りに努めている。

 美鈴は魔法術式をまとめる作業に没頭している。今週中に学院長に初級魔法と中級魔法を各属性ごとにすべてまとめて提出するつもりらしい。上級魔法に関しては、仮に術式を公開しても使用可能な人材がいないということで後回しにされている。

 カレンは、Eクラスの女子から請われて棒術の訓練を彼女たちに施している。ブルーホライズンの活躍や自主練組の男子たちがすでに5階層に到達しているという事実がEクラスの他の生徒にも刺激をもたらしている。

 そして明日香ちゃんは… 桜がいないのをいいことに食堂に入り浸ってデザートを食べまくっている。


「はぁ~… 幸せですよ~。桜ちゃんがいないと、本当に落ち着いてデザートを味わえますよねぇ~」

 本日の2つ目のパフェをスプーンで口に運ぶ明日香ちゃん、その表情は心から幸せを噛み締めているように映る。だがその背後から幸せモードに浸っている明日香ちゃんに声が掛けられる。


「明日香ちゃん、誰がいないと幸せなんですか?」

「そんなに決まっているじゃないですか! 桜ちゃんの目を盗んで食べるパフェの味わいは、もはや至高ですよ」

「そしてブクブク太っていくんですね」

「失礼ですね! 私はそんなにブクブクに太っていませんから」

「ほほう、この脇腹の肉をどう説明するつもりですか?」

「まったく誰ですか? 人がせっかく美味しいパフェを楽しんでいる時に」

 スプーンを口に差し込んだまま明日香ちゃんが振り向くと、そこには桜が仁王立ちしている。


「ええええええ! 桜ちゃんはダンジョンに入ったはずなのに、なんでここにいるんですかぁぁぁぁ!」

「明日香ちゃん、囮捜査というフレーズをご存じですか? エサを撒いておいて、相手がパクっと食い付いた瞬間に逮捕する手法ですよ。しばらく泳がせておきましたが、ついに現場を押さえましたよ」

「ひょえぇぇぇ! 桜ちゃん、これはちょっとした間違いです! たまたま今日だけ、おやつが食べたくなったんですよ~」

「言い訳無用です! カレンさんから証言を得ていますからね。ここ何日か明日香ちゃんはずっと訓練をサボっていますよね」

「テヘヘ、面目ない」

 こうして幸せなひと時が一転して、桜監修による明日香ちゃん地獄のダイエット作戦が開始されるのであった。

 




   ◇◇◇◇◇






 こんな日常が繰り返されているうちに、あっという間に1週間が経過する。

 この日の昼前に、魔法学院の制服に身を包んだ五人が宇都宮駐屯地が用意したワゴン車に乗って到着する。


「ここが聡史たちがいる魔法学院か」

「うう… この制服のスカートは、ちょっと短すぎないですか?」

「ディーナ殿下、絶対に短いなんてことはありません! この世界の学院女子生徒は、全員がこのような短いスカートを穿いております」

 宇都宮駐屯地で日本の文化や生活習慣の知識を身に着けた異世界からの来客ではあるが、どうも情報の入手先に何らかのバグが加わった可能性が高い。具体的に言えば、日本の習慣を教えた駐屯地の女性隊員が、ややオタク的な傾向を秘めていたのが主な原因と考えられる。

 その結果として時にはロージーがメイド服を身に着けたり、ディーナ王女がゴスロリ風の衣装に身を包んだりさせられるという事態が駐屯地内で発生した模様。もちろんこの衣装は女性隊員の私物だというのだから、開いた口が塞がらない。ディーナやロージーののコスプレ姿を、かの女性隊員は満足げに愛でながら悦に浸っていたという伝聞が聞こえてくる。


「そ、それでは殿下… 教官殿たちの詰め所に参りましょう」

 マリウスはやや顔を赤らめている。彼らの世界でいえば非常識なほどに生足を出した王女殿下を前にして、常日頃の冷静な態度など彼方に吹き飛んでいるよう。


「この姿で生活するなんて、最初から不安です~」

「殿下、よく似合っていますよ。さあ、私たちもまいりましょう」

 短いスカートをちょっとでも下に降ろして何とか足を隠そうと悪戦苦闘しているディーナ王女、彼女の羞恥心など気付かぬフリでロージーは背中を押して正門をくぐるのであった。

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