異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節

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第10話 副会長との邂逅

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 魔法学院には、多種多様な学生が集っている。

 魔法の才能に目覚めて、その能力を社会に生かしたいと考える者、卒業後は冒険者としてダンジョンに入って一獲千金を目指す者、自分の技をとことん極めたいと考える者などが、大多数の学生の実態だといえよう。

 だが中には自らの能力を生かして社会でのし上がる手段にしようと考えたり、時には力に溺れて能力を誤った方向に用いてしまう者いないわけではない。

 人間社会には様々な思惑が渦巻いているのと同様に、学院内にも浅はかな考えや人には明かせない腹黒い野望を奥底に秘めている一部の学生が存在するのも紛れもない事実。またそのような一部の学生に影響を受けて反社会的な行為に手を染める学生がまったくいないとは断言できない。

 それほどまでに力を持った人間は道を誤りやすいともいえる。仮に魔法学院の在校生や卒業生が何らかの犯罪に手を染めたとしたら警察組織が彼らを拘束するには大きな困難を伴う。近年は警察組織にスカウトされて特殊能力を生かして犯罪を取り締まる側に回っている卒業生も目に付くようになってはいるが、全体の数としては未だに足りていない実態が報告されている。

 このような事情から、学院内での学生の暴力行為や反社会的行為に対して学院側は常に厳しい態度で臨んでいる。具体的に何らかの問題行動には、戒告、謹慎、停学、退学等の処分が下される。

 当然自らの能力を正しい方向に使用するのを目的とした感情をコントロールして自らの精神をより望ましい方向に高めていく教育も実施されてはいる。だがそのような学院側の努力にも拘わらず、撥ねっ返りの生徒が時折現れるのを全て防げるわけではない。

 このような学院の状況下において学生が中心となって自主的に校内での暴力行為や不法行為を未然に防ごうという目的で生徒会の下部組織として風紀委員会が設置されている。

 風紀委員会は各学年から推薦された学業成績と人格評価が優秀な生徒で構成されており、校内のパトロールを実施したり、テレビモニターによって校則に違反する行為が発生していないか監視の目を光らせている。

 この日の放課後、風紀委員会の監視モニタールームから緊急の報告が委員長に齎される。


「委員長、第3訓練場で生徒同士の揉め事が発生しています。どうやら1年AクラスとEクラスの生徒のようです」

「パトロール中の委員を演習場に急行させろ。私は生徒会に報告してくる」

 こうして、風紀委員長を務める南条なんじょう美樹みきは廊下の並びにある生徒会室に向かっていく。





   ◇◇◇◇◇





 生徒会室では…

 現在の生徒会は6月に全校生徒の投票によって新たな執行部が発足したばかりで、生徒会長を務める2年生の種田たねだ篤紀あつきを中心として一新されたメンバーで業務にあたっている。


「安田さん、各委員会への予算配分計画はまとまりましたか?」

「会長、あと10分で完成させますから、もうしばらく待ってください」

 パソコンのキーボードを叩きながら、会計担当の1年生である安田やすだ真紀まきが顔も上げずに答えている。生徒会の業務は多岐に渡っており、多忙でコーヒーを飲む暇もないブラック組織らしい。


「失礼する」

 そこへ風紀委員長が姿を現す。


「会長、第3訓練場で1年生同士の騒ぎが発生している。すでに風紀委員を現場に向かわせているが、生徒会からも応援を派遣してもらいたい」

 実はこの風紀委員長の申し出は彼女の個人的な都合で実行されている。当該する生徒の人数が多いと事情聴取の人数も比例して増えていく。人数分だけ報告書を提出するのはそれなりに手間と時間が掛かるのは至極当然。したがって生徒会のメンバーが同席していれば、報告書を作成する手間を生徒会に丸投げできるという打算が働いた結果ともいえる。


「忙しいときに困ったもんだな。やむを得ないから副会長、風紀委員長と現場に急行してもらえるか?」

「はい、わかりました」

 こうして風紀委員長は生徒会副会長を伴って第3訓練場へ向かう。




 一方第3訓練場では…


「おい聡史、一体お前は何がどうなっているんだ? Aクラスの生徒12人を相手にして10秒も掛かっていないじゃないか。俺の目がおかしくなったのか?」

「んん? これでも大怪我をさせないように思いっきり力を抜いていたんだぞ。死んでも構わないんだったら全員ひとまとめにして一瞬で片付けるからな」

 聡史の剣捌きを驚愕の目で見ていた頼朝がようやく再起動を果たして聡史のそばに近づいてくる。対して聡史は「この程度は普通だろう」と至極平常運転。体調不良でアークデーモンには苦戦したものの、こうして万全な状態であったらこの男はやはり化け物レベルなのだろう。

 それよりも聡史には気になることがある。


「ところでこいつらどうする? 自主練を始めたいのにこんな場所で呻いていたら邪魔だよな」

「こんな状況で自主練もクソもないだろうがぁぁ!」

 聡史によって腕を強かに木刀で打たれたAクラスの生徒たちはまだ立ち上がれずに地面に転がったままで呻いている。聡史はそんな彼らを顎で指して頼朝に意見を求める態度。

 対して頼朝はAクラスの生徒をいとも簡単に叩きのめした聡史に驚愕するとともに、この期に及んでまだ自主練を続けようというその神経についつい大声も已む無しか。というよりもこの状況に関する戸惑いが気持ちの大半を占めており、その先まで考えを巡らすなど不可能なよう。

 だがこのような場面で桜ほどではないが、聡史も中々空気を読もうとはしない。頼朝の返答がさも意外でしょうがないという表情でコブシを握り締めて反論をかます。


「ええええ! クラスメートと体を動かしながら親睦を深めようと思っていたんだからこのまま続けようぜ。こいつらは今すぐに退かすから」

「これ以上親睦したくねえぇぇ!」

 頼朝の魂の叫びが演習場に響く。他のクラスメートも未だに遠巻きにしている様子からして、どうやら頼朝と意見が一致しているよう。

 だが聡史はそこそこ気が短い。もちろん妹である桜に比べたら永遠とも呼べるくらいの時間物事を待つことができるのだが、それは比較の対象がおかしいだけ。おっとりとした口調ではあるが、桜は一瞬たりとも我慢しない性格の持ち主であるのは言うまでもない。条件反射的に目の前のオイシイ話に飛び付くのがその人生哲学といえる。

 話は逸れたが、聡史は地面に転がっているAクラスの生徒の一人の元へ近付いていくと爪先で脇腹を小突く。


「おい、これ以上痛い目に遭いたくなかったら壁に沿って一列で正座してろ。俺たちの自主練を見学する権利を与えてやるぞ」

「鬼畜だぁ! この場に鬼畜がいるぅ!」

 頼朝の叫び声を背景にしながらAクラスの生徒たちの行動は極めて迅速。ジンジン痺れている腕の痛みなどどこにもなかったかのように全力ダッシュで壁際に一列になって無言で正座をする。彼らはたった一度の立ち合いで魂まで根こそぎ聡史にへし折られている。それほど圧倒的な力の差を眼前に突き付けられた結果が壁に沿って一列に正座する現在の姿と相成っている。


「まあいいだろう。これが正しい敗者の在り方だと覚えておくんだぞ」

 頼朝の言葉通りに正真正銘の鬼畜が魔法学院でその片鱗を顕わにした瞬間がここにある。だが世の中にはこのような鬼畜の所業のさらに上があることを頼朝らはまだ知らない。

 もしこの場に桜がいたならば、ちょっと前まで地面に転がっていたのは動くことも声を出すことも叶わない死体か、もしくは運よく命を取り留めた意識不明の重体者だった可能性が高い。鬼畜兄妹の中でもまだそれなりに常識を弁えている聡史が相手だったのはAクラスの生徒たちにとっては不幸中の幸いであろう。

 とはいえ妹の陰に隠れて目立たないが、聡史も大概な性格をしている。さもないとあの厳しい世界で生き抜くなど到底不可能。もっとも異世界の住人全体が大概な性格の者ばかりだったから聡史や桜はそれが当然だと思い込んでいるだけだと、この場は最大限好意的に見ておきたい。外国生活が長すぎて日本社会に中々馴染まない人がいるのと同じようなものだと考えたい。そう思い込みたい。是非ともそうあってほしい。お願いだからそうあってくれ!

 
「よーし、掃除が終わったから改めて自主練を開始するぞ」

「もう俺、聡史には絶対に逆らわないから…」

 頼朝も正座をしている気の毒な生徒同様に魂がへし折られている模様。いや彼だけではなくてこの場に居合わせたEクラスの生徒全員、ポッキリと心の中の大切な物を折られている。彼らは否応なく聡史に従うしかこの場を無事に切り抜ける道はないと感じている。さもないと次に酷い目に遭って正座させられるのは自分たちのような気がするという、ある種の強迫観念に取り憑かれているのかもしれない。そのくらい頼朝たちからしてみればあり得ない出来事をこのわずか数分のうちに経験してしまった。

 ちょうどその時、第3訓練場に入ってくる人影が…


「全員その場を動くな。風紀委員だ!」

 演習場内にに駆け足で入ってきたのは腕章を腕に巻いた上級生の男子生徒5名。彼らはモニタールームからこの場に急行せよと指示を受けた風紀委員のメンバーに相違ない。


「頼朝、こいつらは何者だ?」

「頼むから大人しく言うことを聞いてくれ。風紀委員に逆らうと重い罰則が科せられるから」

「まあ、いいか。早く自主練を開始したいけど一応話を聞いておこう」

 聡史が同意した様子に明らかに頼朝がホッとした表情を浮かべていると同時に、この場に一瞬の沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは聡史たちでも5名の風紀委員でもなかった。


「全員ご苦労だった。今からこの場で発生した乱闘騒ぎに関する事情を聴取する」

 遅れて訓練場に入ってきた風紀委員長の声が響く。

 だが聡史の目はこの声の主には一切向けられていない。彼の目が吸い寄せられるように風紀委員長の後ろにいる生徒会副会長へと注がれる。


「美鈴…」

 その呟きともとれる聡史の小さな声を聞き取った者は誰もいなかった。


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