異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節

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第42話 入隊

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 午後5時半近くになって、桜たちはようやくダンジョンから出てくる。その頃には聡史はすっかり待ちくたびれて飲食コーナーの椅子に腰を下ろしてスマホで目についた動画を漁っている最中。


「聡史君」

「ああ、やっと帰ってきたか」

「桜ちゃんが、もう1体、あともう1体って、中々戻ろうととしなかったのよ」

 飲食コーナーに聡史の姿を発見した美鈴が駆け寄ってくる。その表情は待っていてもらえた嬉しさにキラキラと輝いており、瞳の中に数え切れない数の星が瞬いている。頬を紅潮させて聡史の側に駆け寄る美鈴の姿を目にした桜がボソッと一言。


「美鈴ちゃんがこれだけわかりやすくアピールしているのに、相変わらずお兄様ったら…」

 気が利いた言葉のひとつも掛けられない聡史に妹として呆れた表情を向けている。幼い頃から二人を間近で見ている桜には何もかもまるっとお見通しのよう。

 ところがここで聡史が意外な行動に出る。


「カレン、ちょっと頼み事があるんだ」

「はい、なんでしょうか?」

 聡史を発見してご主人を見つけた子犬のように駆け寄った美鈴を放置して、彼はあろうことかカレンに声をかけている。ハシゴを外された美鈴はその場に呆然として突っ立ったまま。表情はまんま「えっ、何が起きているの?」とまったく状況を理解していない。しかもその相手が伊豆の旅行以来聡史を巡るライバルとして名乗りを上げつつあるカレンだったものだから、美鈴の機嫌は垂直方向に急降下状態。

 だが聡史はそんな美鈴の心情など全く考慮しないままに、カレンの隣に立って彼女の耳元で小声で囁く。カレンはこの降って湧いたようなチャンスにほんのりとその顔がピンクに染まっている。


「カレン、学院長にアポを取ってもらえないか?」

「えっ、私の母ですか?」

「そうだ。至急話がしたい」

「わかりました」

 カレンさん、急にガッカリ… 聡史の頼み事とは彼女が期待した内容とはまったく違っていたよう。ピンクに染まった頬が急に冷めたような元の色に戻っている。

 はぁ~… と小さなため息をついたカレンがスマホを取り出すと、彼女は後ろ向きになって誰かとしゃべっている様子。通話を終えるとカレンは聡史に向き直る。


「今からすぐに学院長室に来てくれ… という話でした」

「すまない、助かったよ。それで学院長室というのは、どこにあるんだ?」

「ご案内します」

 再びカレンは、ため息を漏らしながら返事をするしかなかった。




   ◇◇◇◇◇




 ダンジョン管理事務所を出て一行は学院へと向かって歩いていく。

 カレンと並んで歩く聡史の後ろ姿を見ている美鈴は口を真一文字に結んでムスッとした表情。その表情を見た明日香ちゃんの好奇心レーダーがピコンピコン反応しているが、ここで修羅場を作らせないという目をしている桜が彼女の手を絶対に離さないという意気込みで力強く握り締めている。今このタイミングで明日香ちゃんを放し飼いにはできないという桜の固い決意が見て取れる。これは聡史にとっては見えない部分での妹のナイスアシストといわざるを得ない。

 
 こうしてパーティーは微妙な雰囲気を抱えたまま学院に戻ってくる。


「用があるから、夕食は先に食べててくれ」

 聡史はその一言を残してカレンとともにどこかへ消えていく。その姿を見送った三人は6時に食堂で待ち合わせをして各自の部屋へと一旦戻っていく。



 

 ◇◇◇◇◇





 カレンに案内された聡史は研究棟の3階へとやってきている。この棟の2階と3階は職員室となっており、3階の最も奥の場所に学院長室が設けられている。

 コンコンコン

 カレンがドアをノックすると、室内から「入れ」という返事が返ってくる。カレンを先頭にしてドアを開いて中に入ると、窓際のデスクの前では難しい顔をした学院長が書類に目を通している姿が目に飛び込む。


「楢崎君を案内してきました。それでは私はこれで失礼します」

「カレン、手間をかけたな」

 学院長に目で合図されたカレンはそのままくるっと向きを変えてドアの外へと出ていく。ひとり取り残された聡史は言いようもない居心地の悪さを感じる。学院長の全てを見透かすかのような眼光に晒されて、さすがの彼も息が詰まるような窮屈さを感じている。


「楢崎聡史だったな。もっと早くここに来ると思っていたが、意外に時間がかかったな。そこに座ってくれ」

「はい、失礼します」

 聡史はソファーに腰を下ろしながら「もっと早く来る」って言われても、中学の時から校長室に呼び出された経験はないと心の中で抗議している。校内で暴力沙汰を起こしてしょっちゅう呼び出されていたのは妹のほうで、聡史は品行方正な生徒で通していた。


「それで、わざわざここに来た用件を聞こうか?」

「はい、俺たちEクラスの生徒が伊豆に行った件はご存じですよね?」

「ああ、カレンから聞いている。親睦が深まって楽しかったらしいな」

 どうやら学院長の家庭でも普通に親子の会話は存在しているらしい。聡史の目の前にいる厳しい顔付の人物がカレンにとっては実の母親なのだから、まあそれは当然だろう。「厳格」という文字をを顔付きにしたらこんな感じになりそうな母親とは似ても似つかない優しい表情のカレンでよかったと、聡史の感情の大半の部分が胸を撫で下ろしている。


「はい、概ね楽しかったんですが、夜中に襲撃を受けました」

「襲撃か… カレンは何も言っていなかったぞ?」

「多分気が付いてはいないでしょう。俺と妹が誰にも気が付かれないように処理しました」

「そうか、さすがだな」

 学院長の口角が僅かに上がる。兄妹の能力を見定めた自らの目が正しかったと満足しているかのよう。


「それで、襲撃してきた連中は陰陽術を用いていました。これが彼らの所持品です」

 聡史は、アイテムボックスから取り出した呪符の束と3台のスマホをテーブルに置く。すべてあの晩の襲撃者から押収した証拠品に間違いない。


「ふむ、確かに陰陽師が用いる呪符で間違いないようだ。それで襲撃者はどうしたんだ?」

「気絶させて道路に放り出しておきました。朝になって様子を見たら姿が消えていたので、仲間が回収したんだと思います」

「そうか、下手に殺さなくてよかったな。何しろ日本は法治国家だ。異世界とは違ってややこしいルールに縛られている」

 ここまで口にした学院長は何やら考えている様子。しばし沈黙してから彼女はおもむろに口を開く。


「証拠の品はこちらで預かる。相応の捜査が行われるから結果を待っていろ」

「俺は待っててもいいんですが、身近に気が短い人間がいるので…」

「妹のほうか。あれは確かに我慢しないタイプだな… ちょっと待て」

 学院長は書棚の引き出しから大判の封筒に入った書類を2通テーブルに置く。一体どのような書類なのか聡史にはまだ一切説明はしない。


「さて、犯行を企てた一味は九分九厘理事長の息がかかった連中と考えて間違いないだろう。生徒会副会長が襲撃された件とも何らかの繋がりがあるかもしれない」

「ご存じでしたか」

「ああ、カレンから大よその話は耳にしている。それでだな、お前たちが勝手に復讐をするのは私の立場上好ましくはない」

「それはわかります」

 聡史としても学院長が「理事長をブッ飛ばして来い!」などと暴言を吐くとは思っていない。いくら立場上対立しているからといっても、真正面から暴力に及ぶのは社会通念上許される行為ではない。もちろん確たる証拠もなしに行動を起こすのは不味いと彼自身も自覚している。心配なのは妹が勝手に何か仕出かすことだろう。


「そこでな、この書類は予備役自衛官の入隊志望票だ。お前たちが予備役に編入されて私の指揮下に入ったら大手を振って逮捕に乗り込めるだろう。こうして学院長を務めてはいるが、私も一応は予備役大佐だからな」

「そうだったんですか。全然知りませんでした」

「どうするんだ?」

「保険のために入隊しておきます。もちろん妹も一緒です」

 聡史の脳内では桜が暴発した際の不安と組織に属する面倒を天秤にかけている。その結果として不安が上回ったのは言うまでもない。ロクな証拠もないのに理事長宅に乗り込んで大暴れなどした日には、こちら側が指名手配犯になりかねないという危惧が拭えない。

 ということで、聡史は学院長の話に乗っかろうと決める。そこには立場を保証してもらってから遠慮なく仕返しをしようという意思が働いている。もちろん妹にも承諾させるつもりだ。


「それがいいだろう。魔法なり呪術なりが絡む事件は警察ではなくて憲兵隊の特殊対策班の管轄だ。お前たち二人には今後とも活躍してもらいたい」

 こうして聡史兄妹は魔法学院に在籍しながら予備役とはいえ自衛隊への入隊が決定する。なんだか学院長の口車にうまくノセられてたような気がしなくもないが、自分で決心したのだから今更変えられない。

 思い返してみれば異世界でも一時騎士団に協力者として籍を置いたこともあった。似たようなものだと考えるしかないだろう。

 こうして聡史は、学院長室を後にする。


 聡史が学院長室を出て食堂へ向かうと、桜たちはすでに食事を開始している。先に学院長室を退出したカレンも同席している。


「お兄様、お先にいただいていますわ」

「桜ちゃん、今日のデザートは何にしますか?」

 兄に気付いた桜はともかくとして、明日香ちゃんなど聡史が顔を出したことよりも食後のデザートに頭が飛んでいる。本日も桜に付き合わされてオーク狩りに精を出しただけに「自分へのご褒美早よう!」という心境になっているのだろう。

 美鈴はカレンが先に戻ってきたので、彼女と聡史が隠れて何かしているという疑念を払拭して一応は機嫌を取り直している。今はどちらかというとカレンの存在を強く意識しているよう。


「カレン、助かったよ」

「いいえ、お役に立ててよかったです」

 カレンと学院長が親子であるという話は美鈴や明日香ちゃんはまだ知らない。聡史はそこには触れずに一言だけ礼を述べるに留めておく。そのうちにカレンのほうからこの件に関する話をする機会があるだろうと考えているよう。

 結局この日は美鈴ひとりだけが特待生寮に泊まることとなる。ウッカリしていた明日香ちゃんは「シマった、忘れていた!」という表情をしていたが、この日は泣く泣く諦めて自分の部屋に戻って寝るしかなかった。




    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


本日から作品タイトルが変更となりました。これからも投稿を頑張っていきますので、引き続き読者の皆様方の応援をよろしくお願いいたします。


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