【完結】指先が触れる距離

山田森湖

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第23話 一か月目の真実

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第23話 一か月目の真実

約束の一か月が過ぎた。

私は携帯電話を手に持ったまま、しばらく迷っていた。美咲に連絡をしていいのだ。でも、何と言えばいいのだろう。

この一か月で、私は多くのことを学んだ。美咲がいない生活の虚しさ、成功を分かち合えない寂しさ、そして彼女への愛情の深さ。

午後七時。私は意を決して美咲に電話をかけた。

「佐藤さん...」

美咲の声が聞こえた時、胸が締め付けられる思いだった。一か月ぶりに聞く、愛しい人の声。

「美咲さん、お疲れさまです」

「お疲れさまです。お元気でしたか?」

「はい。美咲さんは?」

「元気でした」

でも、声に元気がない。私も同じだったと思う。

「この一か月...どうでしたか?」

私が聞くと、美咲は少し沈黙してから答えた。

「正直に言うと、辛かったです」

「僕も辛かったです」

「佐藤さんのいない生活が、こんなに寂しいものだとは思いませんでした」

美咲の率直な言葉に、私は救われる思いだった。

「僕も同じです。仕事で成功しても、美咲さんに報告できないのが一番辛かった」

「成功?」

「プロジェクトが大成功したんです。でも、美咲さんと喜びを分かち合えなくて...」

「そうだったんですね。おめでとうございます」

「ありがとうございます。美咲さんにも報告があります」

「私にも?」

「本社の企画部に異動が決まったんです」

電話の向こうで、美咲が驚いている様子が伝わった。

「本社に?それはすごいことですね」

「でも、複雑な気持ちで...佐藤さんに相談したかったのに、できなくて」

私たちは少し沈黙した。お互いに、この一か月の寂しさを噛みしめていた。

「美咲さん」

「はい」

「僕たち、やっぱり距離を置くのは無理でした」

「私も同じことを思っていました」

「もう一度、やり直しませんか?」

「やり直す?」

「遠距離恋愛は難しいです。でも、諦めたくない」

美咲は少し考えてから答えた。

「私も諦めたくないです。でも...」

「でも?」

「また同じことを繰り返すんじゃないかって不安で」

美咲の不安がよく分かった。確かに、同じ状況では同じ問題が起きるかもしれない。

「今度は違います」

「何が違うんですか?」

「この一か月で、美咲さんがどれほど大切な存在かを再確認しました」

「佐藤さん...」

「どんなに忙しくても、必ず連絡します。美咲さんとの時間を最優先にします」

私の言葉に、美咲の声が少し明るくなった。

「本当ですか?」

「本当です。約束します」

「私も約束します。もう不安を一人で抱え込まないって」

「今度は、お互いにもっと正直になりましょう」

「はい」

---

翌週末、私は東京に向かった。一か月半ぶりの再会だった。

駅のホームで美咲を見つけた時、以前よりもずっと嬉しく感じた。

「お疲れさまでした」

「美咲さん、会いたかった」

素直な気持ちを伝えた。美咲の目に涙が浮かんだ。

「私も、とても会いたかったです」

私たちは自然に抱き合った。人目があることなど気にならなかった。

「本当に寂しかった」

美咲がつぶやいた。

「僕も。もう離したくない」

いつものカフェで、私たちはこの一か月の出来事を詳しく話し合った。

「佐藤さんのプロジェクトの成功、本当におめでとうございます。詳しく聞かせてください」

「美咲さんの昇進も素晴らしいことです。企画部での新しい仕事はどんな内容ですか?」

お互いの成功を心から喜び合った。この喜びを分かち合えることが、どれほど大切かを実感した。

「美咲さん、本社に異動ということは...」

「はい、佐藤さんがいた部署の近くになります」

「もしかしたら、将来一緒に働く機会もあるかもしれませんね」

「そうですね。その時は、また隣の席になれるかもしれません」

美咲が微笑んだ。その笑顔は、一か月前とは全然違って見えた。明るくて、希望に満ちていた。

「指先が触れる距離に、また戻れるかもしれませんね」

「でも、今の私たちなら、どんな距離でも大丈夫です」

美咲の言葉に、私は深く頷いた。

「そうですね。この一か月で学びました。距離は関係ない。大切なのは、お互いを思う気持ちです」

夕方、別れる時間が来た。

「また来週も会えますか?」

「もちろんです。今度は僕が東京に来ます」

「無理しないで」

「無理じゃありません。美咲さんに会うことが、僕の一番の楽しみですから」

新幹線の中で、私は安堵と幸福感に包まれていた。

一か月の別れは辛かったが、それは無駄ではなかった。お互いの大切さを再確認し、関係をより強固なものにすることができた。

指先が触れる距離から始まった私たちの関係は、一時的に心の距離まで離れてしまった。でも今、その距離はかつてないほど近くなっている。

物理的な距離に負けない、本当の愛情を手に入れることができたのだから。

窓に映る自分の顔が、久しぶりに心から笑っているのが見えた。
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