【完結】指先が触れる距離

山田森湖

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第22話 沈黙の一週間

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第22話 沈黙の一週間

美咲との連絡を断ってから一週間が経った。

毎日、携帯電話を何度も確認してしまう。メッセージが来ていないか、着信履歴はないか。でも当然、何もない。約束したのは私たちなのだから。

大阪での仕事は相変わらず忙しかった。でも、美咲のことを考えない時間はなかった。

「佐藤さん、大丈夫ですか?」

同僚の田中さんに声をかけられた。

「はい、大丈夫です」

「最近、ちょっと元気がないようですが...」

確かに、集中力が落ちていた。美咲のことが頭から離れない。

「すみません、ちょっと疲れていて」

「無理しないでくださいね」

仕事に集中しようとするが、ふとした瞬間に美咲のことを思い出してしまう。今頃、彼女は何をしているのだろう。元気にしているのだろうか。

---

同じ頃、東京では美咲も同じような思いを抱えていた。

「美咲ちゃん、最近元気ないわね」

山田さんが心配そうに声をかけてくる。

「そうですか?」

「なんか、ぼーっとしてること多いし」

美咲は曖昧に笑った。佐藤さんのことを説明するわけにもいかない。

松田さんとの関係は、あの話し合い以来、良好だった。仕事上のやり取りも自然にできるようになっていた。

「田中さん、この資料の件ですが」

「はい」

松田さんとの会話に、以前のような気まずさはない。でも、だからといって心が軽くなるわけではなかった。

昼休み、美咲は一人で外に出た。桜の季節は終わり、新緑の季節になっている。佐藤さんと一緒に歩いた道を一人で歩いていると、寂しさが込み上げてくる。

「これで良かったのかな...」

自分の決断を振り返る。距離を置くという提案は自分からしたものだ。でも、本当にそれが正しかったのだろうか。

---

大阪で、私は夜遅くまで仕事をしていた。

プロジェクトは大詰めを迎えていて、連日の会議と資料作成に追われている。でも、忙しさが美咲のことを忘れさせてくれるわけではなかった。

午後十時、ようやく仕事を終えてアパートに帰った。一人の部屋は静かで、寂しかった。

冷蔵庫からビールを取り出して、ソファに座る。テレビをつけたが、内容が頭に入ってこない。

「美咲さん、元気にしているかな...」

つぶやいてから、はっとした。約束を破るわけにはいかない。でも、気になる。

---

十日が経った。

美咲は、佐藤さんなしの生活に慣れようと努力していた。でも、難しかった。

朝、コーヒーを一人で飲む。以前なら、佐藤さんが淹れてくれたコーヒーを一緒に飲んでいた時間だ。

お昼、一人でお弁当を食べる。以前なら、佐藤さんと一緒にランチをしていた時間だ。

夕方、一人で帰宅する。以前なら、佐藤さんと「お疲れさまでした」と挨拶を交わしていた時間だ。

すべての時間に、佐藤さんの影が付きまとう。

「やっぱり、距離を置くなんて無理だった...」

でも、約束は約束だ。あと二十日我慢しなければならない。

---

二週間が経ったある日、私は重要なプレゼンテーションを成功させた。

「佐藤さん、お疲れさまでした。素晴らしいプレゼンでした」

上司に褒められた。プロジェクトは大成功で、会社からの評価も高かった。

「ありがとうございます」

本来なら、こんな時こそ美咲に報告したかった。喜びを分かち合いたかった。でも、それはできない。

その夜、私は一人で祝杯を上げた。でも、全然嬉しくなかった。大切な人と分かち合えない成功に、どんな意味があるのだろう。

---

三週間が経った。

美咲のもとに、思いがけない知らせが届いた。

「田中さん、来月から本社の企画部に異動です」

課長からの通達だった。

「本社ですか?」

「はい。あなたの企画力を買われてのことです」

本社への異動。それは昇進を意味していた。本来なら喜ぶべきことだ。

でも、美咲の頭に最初に浮かんだのは、佐藤さんのことだった。

本社は、佐藤さんが以前いた場所に近い。もしかしたら、大阪から戻ってきた時に、同じ職場になるかもしれない。

「でも、もう私たちは...」

異動の話を佐藤さんに伝えたい。でも、約束があと一週間残っている。

---

最後の週が始まった。

私も美咲も、残り少ない「沈黙の時間」を意識していた。一か月という期間は、お互いにとって長すぎた。

でも同時に、この沈黙の時間が何かを教えてくれた気もする。相手がいることの大切さ、一人の時間の寂しさ、そして愛することの意味。

私は仕事の成功を一人で味わい、美咲は昇進の知らせを一人で受け取った。

大切なことを分かち合えない人生。それがどれほど虚しいものかを、私たちは身をもって知った。

あと数日で、約束の期間が終わる。その時、私たちはどんな言葉を交わすのだろう。

関係を修復できるのか、それとも...

指先が触れる距離から始まった私たちの関係は、今では心の声すら届かない距離にある。

でも、この沈黙の時間が終わったら、きっと新しい何かが始まるはずだった。そう信じて、私たちは最後の日々を過ごしていた。
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