【完結】指先が触れる距離

山田森湖

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第21話 すれ違う気持ち

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第21話 すれ違う気持ち

大阪に来て二か月が経った。

プロジェクトは順調に進んでいたが、美咲との関係は少しずつ難しくなっていた。連絡の頻度は減り、会話も以前のような深いものではなくなっていた。

ある夜、久しぶりに美咲に電話をかけた。

「美咲さん、お疲れさまです」

「佐藤さん、お疲れさまです」

声のトーンが以前より少し冷たい気がした。

「最近、忙しくて連絡が少なくなって...」

「大丈夫です。お仕事が大変なのは分かっていますから」

「美咲さんは元気ですか?」

「はい、元気です」

短い答えが続く。以前なら、もっと詳しく近況を話してくれたのに。

「何か変わったことはありませんか?」

「特にありません。毎日、普通に過ごしています」

「そうですか...」

沈黙が流れた。

「佐藤さん、お疲れのようですね。早く休まれた方が...」

「美咲さん、何か僕に対して不満があるんですか?」

思わず聞いてしまった。

「不満なんてありません」

でも、その否定の仕方が逆に気になった。

「本当に?」

「はい。ただ...」

「ただ?」

「最近、佐藤さんとの距離を感じるんです」

「距離?」

「物理的な距離だけじゃなくて、心の距離も」

美咲の言葉が胸に刺さった。

「そんなつもりはないんです」

「分かっています。でも、お忙しいし、新しい環境で...きっと私のことを考える余裕もないでしょう」

「そんなことありません」

「本当ですか?」

美咲の問いかけに、私は答えに詰まった。確かに、仕事に追われて美咲のことを考える時間は減っていた。

「美咲さん...」

「もう遅いので、今日はこの辺りで」

「美咲さん、待って」

でも、電話は切れてしまった。

---

翌日、私は美咲にメッセージを送った。

『昨夜はすみませんでした。今度の休日、東京に帰ります』

返事は数時間後に来た。

『お忙しいのに、無理をしないでください』

『美咲さんに会いたいんです』

『私も会いたいですが...佐藤さんの負担になるのは』

『負担なんかじゃありません。お願いします』

『分かりました。でも、短時間で構いません』

その素っ気ない返事に、私は不安を覚えた。

---

土曜日、私は東京に向かった。でも今回は、以前のような楽しい気持ちではなかった。美咲との関係を修復しなければという焦りがあった。

駅で待っていると、美咲がやってきた。以前よりもさらに痩せたように見える。

「お疲れさまでした」

「美咲さん、また痩せましたね」

「そうでしょうか」

私たちは近くのカフェに入った。注文を済ませても、会話が続かない。

「美咲さん」

「はい」

「僕たち、どうしてしまったんでしょう」

美咲は少し考えてから答えた。

「遠距離恋愛って、こういうものなのかもしれませんね」

「こういうものって?」

「最初は愛情で距離を乗り越えられると思うけれど...現実は難しい」

美咲の冷静な分析が、逆に辛かった。

「諦めるんですか?」

「諦めるって...」

「僕たちの関係を」

美咲は長い間沈黙していた。

「佐藤さん、正直に聞きます」

「はい」

「大阪で、他に好きな人ができませんでしたか?」

予想外の質問だった。

「そんな人いません」

「本当ですか?」

「もちろんです。なぜそんなことを?」

「最近、佐藤さんの声に以前のような温かさが感じられなくて...私への気持ちが冷めたのかと」

美咲の不安が理解できた。

「美咲さん、僕の気持ちは変わっていません」

「でも、連絡も少なくなって...」

「それは仕事が忙しくて」

「分かっています。でも、心は?」

私は答えに困った。確かに、仕事に集中していて、美咲のことを考える時間は減っていた。

「心も、変わっていません」

「そう言ってもらえると安心です」

でも美咲の表情は晴れなかった。

「美咲さん、僕は何をすればいいですか?」

「何をって...」

「美咲さんに、僕の気持ちを分かってもらうために」

美咲は少し考えた。

「もう少し、連絡をもらえると嬉しいです」

「分かりました。必ず」

「でも、無理はしないで」

またその言葉だった。

---

その日の別れ際、美咲が言った。

「佐藤さん、私たち少し距離を置きませんか?」

「距離を置く?」

「はい。お互いに、今の関係を見つめ直す時間を」

「そんな...」

「私も、佐藤さんの負担になりたくないんです」

「負担なんかじゃ...」

「でも、現実に私のことで佐藤さんは悩んでいる。それが私には辛いんです」

美咲の言葉に、私は何も言えなくなった。

「一か月だけ、連絡を控えませんか?その後で、改めて考えましょう」

「美咲さん...」

「お互いのために」

私は渋々頷いた。

新幹線の中で、私は今日のことを振り返った。距離を置く。それは事実上の別れの前兆かもしれない。

美咲の気持ちも分からなくはない。遠距離恋愛の辛さ、会えない寂しさ、そして私の心の変化への不安。

でも、諦めるわけにはいかない。一か月後、必ず関係を修復してみせる。

指先が触れる距離から始まった私たちの関係は、今では心の距離すらも感じる関係になってしまった。

でも、まだ終わったわけではない。愛情があるなら、きっと乗り越えられるはずだ。

そう信じながら、私は大阪の夜に向かった。一か月という試練の時間を過ごすために。
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