【完結】指先が触れる距離

山田森湖

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第48話 父と娘の時間

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第48話 父と娘の時間

美咲が職場復帰して二週間が経った。

私の育児休暇も本格的にスタートし、平日の日中は雪菜と二人で過ごす時間が多くなった。最初は戸惑いもあったが、娘との濃密な時間は想像以上に充実していた。

「雪菜ちゃん、今日は何をしましょうか?」

朝、美咲を見送った後、私は雪菜に語りかけた。

「だあだあ」

雪菜が「ダダ」に近い音を出した。

「『パパ』って言おうとしているのかな?」

私は嬉しくなって、雪菜を抱き上げた。

---

保育園は午前九時からなので、朝の二時間ほどは雪菜と家で過ごす時間だった。

「雪菜ちゃん、絵本を読みましょうか」

動物の絵本を開くと、雪菜は興味深そうに絵を見つめた。

「これは犬さんです。ワンワン」

「わ...わ...」

雪菜が真似しようとしているのが分かる。

「上手ですね!」

こんな些細な成長も、間近で見ていると大きな喜びだった。

---

保育園に送った後、私は家事をしたり、買い物をしたり。午後三時に迎えに行くまでの時間は、意外にあっという間だった。

「お疲れさまでした。今日も元気に過ごされましたよ」

保育士さんが迎えに来た私に報告してくれる。

「ありがとうございました」

雪菜は私の顔を見ると、にっこりと笑った。

「パパのお迎え、嬉しいのね」

保育士さんも微笑んでいる。

「だあだあ」

雪菜が私に向かって手を伸ばした。

---

帰り道、ベビーカーを押しながら近所を散歩するのが日課になっていた。

「雪菜ちゃん、あそこに猫さんがいますね」

道端にいる猫を指差すと、雪菜が目を向けた。

「にゃあにゃあ」

「そうですね、にゃあにゃあですね」

こんな何気ない会話が、とても愛おしく感じられた。

---

公園で他のお父さんたちと出会うこともあった。

「育児休暇を取られているんですか?」

同じくらいの年齢の子どもを連れた男性が声をかけてくれた。

「はい。妻の職場復帰に合わせて」

「素晴らしいですね。僕も取れればよかったんですが...」

「会社の理解があったので、恵まれています」

「お嬢さん、とても人懐っこいですね」

雪菜は他の子どもたちに興味を示していた。

「社交的な性格みたいです」

---

夕方、美咲が帰ってくると、雪菜は嬉しそうに「ママ」と言うようになった。

「雪菜ちゃん、お母さんですよ」

美咲が疲れた表情を見せながらも、雪菜を抱き上げる時は自然に笑顔になる。

「今日はどうでしたか?」

「とても楽しく過ごせました。『ワンワン』って言いそうになりました」

「本当ですか?」

「はい。成長が早いですね」

美咲が嬉しそうに雪菜の頭を撫でた。

---

ある日、雪菜が発熱した。

「38度ありますね」

美咲が体温計を見て心配そうに言った。

「すぐに病院に行きましょう」

私たちは慌てて小児科に向かった。

「風邪の初期症状ですね。よく見られることです」

医師の診断に、私たちは少し安心した。

「水分補給をしっかりして、安静にしていてください」

「ありがとうございました」

---

その夜、雪菜の看病を美咲と交代で行った。

「健太郎さん、お疲れさまです」

深夜の授乳を終えた美咲が声をかけてくれた。

「美咲こそ、仕事で疲れているのに」

「親ですから、当然です」

翌朝には熱も下がり、雪菜は元気を取り戻した。

「よかったですね」

「はじめての発熱で、ドキドキしました」

「でも、二人で乗り越えられました」

---

育児休暇も残り一週間となったある日、雪菜が「パパ」と言った。

「今、パパって言いました!」

私は興奮して美咲に報告した。

「本当ですか?」

「パパ、パパ」

雪菜がはっきりと私を見て「パパ」と言った。

「すごいですね!」

美咲も感動している。

「雪菜ちゃん、ありがとう」

私は雪菜をそっと抱きしめた。

---

育児休暇最後の日、私は雪菜と特別な時間を過ごした。

「雪菜ちゃん、お父さんと過ごした一か月間、とても楽しかったです」

いつもの公園で、雪菜を膝の上に座らせながら話しかけた。

「パパ」

雪菜が私の顔を見上げて言った。

「そうです、パパです」

明日からまた仕事に復帰する。でも、この一か月間で雪菜との絆は格段に深まった。

---

その夜、美咲が言った。

「健太郎さん、育児休暇を取ってくれて本当にありがとうございました」

「僕の方こそ、貴重な体験をさせてもらいました」

「雪菜ちゃんも、お父さんが大好きになりましたね」

「僕も雪菜ちゃんが大好きです」

指先が触れる距離から始まった私たちの物語は、今では父と娘という新しい絆も含んだ、豊かな家族の物語になっていた。

雪菜の「パパ」という言葉は、私にとって最高の贈り物だった。

明日からまた忙しい日々が始まるが、この一か月間の経験は私を確実に変えてくれた。

より良い父親に、より良い夫になるために。

雪菜の寝顔を見つめながら、私は心に誓った。

この子の成長を、これからもずっと見守り続けよう。そして、美咲と一緒に、温かい家庭を築いていこう。
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