【完結】指先が触れる距離

山田森湖

文字の大きさ
50 / 50

最終話 ようやく手をつなぐ

しおりを挟む
最終話 ようやく手をつなぐ

雪菜が一歳の誕生日を迎えた十二月の午後、私たちは小さなお祝いをしていた。

「雪菜ちゃん、お誕生日おめでとう」

一歳用のケーキの前で、雪菜は手をパチパチ叩いて喜んでいる。

「ぱちぱち」

雪菜の語彙も随分と増えていた。

「もう一歳なんですね」

美咲が感慨深そうに言った。

「早かったですね。この一年」

私も同じ気持ちだった。

---

夕方、雪菜を寝かしつけた後、私と美咲は久しぶりに二人だけの時間を過ごしていた。

「健太郎さん、覚えていますか?」

「何を?」

「初めて隣の席に座った日のこと」

もちろん覚えている。それは私たちの物語の始まりだった。

「あの日から、もう三年近く経つんですね」

「長いような、短いような...」

美咲が微笑んだ。

「でも、充実した時間でしたね」

---

ソファに並んで座りながら、私たちは歩んできた道のりを振り返った。

最初の緊張した挨拶、初めてのコーヒー、雨の日の帰り道、コーヒーショップでのデート、鎌倉での時間、そして高尾山でのプロポーズ。

遠距離恋愛の辛さ、様々な人との出会い、迷いと決断。

結婚式、新婚生活、雪菜の誕生、そして今日まで。

「山あり谷ありでしたね」

「でも、すべてが今に繋がっています」

美咲の言葉に、深く頷いた。

---

「健太郎さん、一つ気づいたことがあるんです」

「どんなことですか?」

「私たち、まだちゃんと手をつないだことがないような気がして」

その言葉にハッとした。確かに、抱き合ったり、肩を寄せ合ったり、指輪を交換したり、様々な触れ合いはあった。でも、純粋に手をつなぐということは、案外少なかったかもしれない。

「そうですね」

「指先が触れる距離から始まって、今では家族になりました。でも、手をつなぐという、一番シンプルな繋がりを、改めて感じてみたいんです」

美咲がそっと手を差し出した。

「ようやく手をつなぎませんか?」

私は微笑んで、美咲の手を取った。

---

手のひらと手のひらが重なり合った瞬間、不思議な感覚があった。

新鮮でありながら、とても自然。初めてでありながら、ずっと慣れ親しんだもの。

「温かいですね」

「健太郎さんの手も」

私たちはしばらく、手をつないだまま静かに座っていた。

指先が触れる距離から始まった私たちの関係は、ついに完全に繋がった手として完成したのかもしれない。

---

「美咲、愛しています」

改めて、そう伝えた。

「私も愛しています、健太郎さん」

美咲も同じ気持ちを返してくれた。

「これからも、ずっと」

「はい、ずっと」

繋いだ手を見つめながら、私は思った。

物理的な距離は様々に変わった。隣の席、遠距離、そして同じベッド。

でも、心の距離は確実に近づき続けていた。

そして今、手をつなぐことで、私たちは本当の意味で一つになったような気がする。

---

雪菜の泣き声が聞こえてきた。

「起きちゃいましたね」

「様子を見てきます」

美咲が立ち上がろうとした時、私も一緒に立ち上がった。

手をつないだまま、私たちは雪菜の部屋に向かった。

「雪菜ちゃん、どうしたの?」

ベッドの中で雪菜が泣いている。

「おむつかもしれませんね」

私が雪菜を抱き上げると、泣き止んだ。

「パパ、ママ」

雪菜が私たちを見て、にっこりと笑った。

その瞬間、美咲が私の空いた手を握った。

三人で手をつないでいる。

---

雪菜のお世話を終えて、再びリビングに戻った時、美咲が言った。

「今度は三人で手をつなげましたね」

「そうですね。家族の手つなぎ」

「雪菜ちゃんが大きくなったら、よく手をつないで歩きましょう」

「賛成です」

窓の外では、雪がちらちらと舞い始めていた。雪菜の名前にちなんだ、美しい冬の夜だった。

---

その夜、ベッドで横になりながら、私は今日という日を振り返っていた。

雪菜の一歳の誕生日、美咲との手つなぎ、そして家族三人の新しい繋がり。

指先が触れる距離から始まった物語は、ようやく手をつなぐことで新しい段階に入った。

これからも、きっと色々なことがあるだろう。雪菜の成長、仕事での挑戦、家族としての試練。

でも、手をつなぎ合えば、どんなことでも乗り越えていけるような気がする。

美咲の手を握りながら、私は幸せな眠りについた。

隣では雪菜が静かに眠っている。

私たち家族の物語は、これからもずっと続いていく。

手をつなぎながら、一歩一歩、歩いていくのだろう。

指先が触れる距離から始まった愛の物語は、こうして静かに、そして温かく続いていくのだった。

---

(完)

**あとがき**

指先が触れるような、本当に小さな距離から始まった佐藤健太郎と田中美咲(現・佐藤美咲)の物語をここまで読んでいただき、ありがとうございました。

隣の席での偶然の出会いから、コーヒーを共有し、ランチを一緒に取り、遠距離恋愛を乗り越え、様々な人との出会いと別れを経て、結婚、出産、そして家族としての新しい日々まで。

二人の関係は、物理的な距離は変わりながらも、心の距離は確実に近づき続けました。

そして最後に「ようやく手をつなぐ」ことで、真の繋がりを確認できたのです。

日常の中にある小さな幸せ、些細な触れ合いから生まれる大きな愛。

それが、この物語のテーマでした。

皆さんの人生にも、きっと「指先が触れる距離」から始まる素敵な出会いがあることでしょう。

そんな出会いを大切に、愛を育んでいってください。

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

稲妻の契り~生贄に出された娘は雷神様から一途な溺愛を受ける~

cheeery
恋愛
「ここをキミの居場所にすればいい」 神と心を通わせることが出来る存在、神話守になるべくして育てられた美鈴。 しかし、神聖な式典当日に倒れたことを理由に、彼女は神に拒まれた呪いの子として村から追放されてしまう。 さらに干ばつが続いたことで、生贄として村の神、雷神様に差し出されることに。 「お姉様生まれてきてくれてありがとう♡」 しかし、それは全て妹の策略だった。 神話守は妹のものとなり、美鈴は村のために命を差し出すことが決まってしまう。 村を守ることが出来るのなら……。 死を覚悟した美鈴だったが、待っていたのは──。 「泣いてる顔より、笑っている方がいい」 「美鈴……キミを守り通すと誓おう」 心優しい雷神様との幸せな暮らしだった。 あなたと出会ってから、人のために生きることがどういうことなのか、よくやく分かった気がする。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました

蓮恭
恋愛
 恋人に裏切られ、傷心のヒロイン杏子は勤め先の美容室を去り、人気の老舗美容室に転職する。  そこで真面目に培ってきた技術を買われ、憧れのヘアケアブランドの社長である統一郎の自宅を訪問して施術をする事に……。  しかも統一郎からどうしてもと頼まれたのは、その後の杏子の人生を大きく変えてしまうような事で……⁉︎  杏子は過去の臆病な自分と決別し、統一郎との新しい一歩を踏み出せるのか?   【サクサク読める現代物溺愛系恋愛ストーリーです】

男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」  出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。  冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?  

待ち終わりのモヒート

國樹田 樹
恋愛
バーのカウンターで二時間、今日も私は彼を待ち続けている。流石にもう、潮時だろうか……迷いを抱いた時、目の前に差し出されたカクテルグラス。 哀しみを胸に抱くあなたを、誰かが見ていてくれますように。 静かで大人な恋の、終わりと始まりのお話です。

Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜

葉月 まい
恋愛
ーー私はあの夜、一生分の恋をしたーー あなたとの思い出さえあれば、この先も生きていける。 見ると幸せになれるという 珍しい月 ブルームーン。 月の光に照らされた、たったひと晩の それは奇跡みたいな恋だった。 ‧₊˚✧ 登場人物 ✩˚。⋆ 藤原 小夜(23歳) …楽器店勤務、夜はバーのピアニスト 来栖 想(26歳) …新進気鋭のシンガーソングライター 想のファンにケガをさせられた小夜は、 責任を感じた想にバーでのピアノ演奏の代役を頼む。 それは数年に一度の、ブルームーンの夜だった。 ひと晩だけの思い出のはずだったが……

幸せのありか

神室さち
恋愛
 兄の解雇に伴って、本社に呼び戻された氷川哉(ひかわさい)は兄の仕事の後始末とも言える関係企業の整理合理化を進めていた。  決定を下した日、彼のもとに行野樹理(ゆきのじゅり)と名乗る高校生の少女がやってくる。父親の会社との取引を継続してくれるようにと。  哉は、人生というゲームの余興に、一年以内に哉の提示する再建計画をやり遂げれば、以降も取引を続行することを決める。  担保として、樹理を差し出すのならと。止める両親を振りきり、樹理は彼のもとへ行くことを決意した。  とかなんとか書きつつ、幸せのありかを探すお話。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 自サイトに掲載していた作品を、閉鎖により移行。 視点がちょいちょい変わるので、タイトルに記載。 キリのいいところで切るので各話の文字数は一定ではありません。 ものすごく短いページもあります。サクサク更新する予定。 本日何話目、とかの注意は特に入りません。しおりで対応していただけるとありがたいです。 別小説「やさしいキスの見つけ方」のスピンオフとして生まれた作品ですが、メインは単独でも読めます。 直接的な表現はないので全年齢で公開します。

処理中です...