セカンドライフ!

みなみ ゆうき

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本編

14.注目されました!

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絶対に会いたくないと思っていた朝比奈の姿を遠目とはいえ見てしまった俺は、一刻も早く入り口付近でキャーキャー言われているやつらがいなくなってくれることを祈っていた。


生徒会役員の席は一般生徒とは分けられていて、二階部分に用意されているので、そこに行ってしまえば姿は見えなくなるらしい。

この興奮状態は、いつも一般生徒には目もくれずその場所に直行する生徒会役員達をひと目でも見ようと、皆躍起になっているからだと聞いて、俺は辟易してしまう。


──実にくだらない。


そんな皆の憧れである生徒会役員は、さっきチラッと見ただけだが、そこまで熱狂するレベルではなかったような気がする。

それだったら東條のほうが……、と思いかけて、すぐに考えるのを止めた。


アイツは顔は良くても、性格が悪い。

完全に成り行きだったとはいえ、セックスした相手をホテルに置き去りにしたり、自分の生徒を待ちぼうけさせておいた挙げ句、謝りもせず逆に脅しともとれるような台詞をサラッと吐いてくるような最低な人間だ。

出来ることならあの日に戻って、出会ったこと自体なかったことにしたいくらいだ。


東條との過ちを思い出した俺はすっかり憂鬱な気持ちになってしまい、何を食べたいのかを考えるのも面倒で、とりあえず一番目についた色鮮やかなオムライスをタッチして、カードリーダーに学生証をスキャンさせた。


「はぁ……」


タッチパネルを置きながら、思わずため息を吐いてしまう。

しかしその音がやたら大きく聞こえた気がして我に返った。


気が付くとさっきまで蜂の巣をつついたような騒ぎだった学食内が異様なまでに静まり返っている。

さすがにおかしな雰囲気が気になって顔をあげてみると、驚いたことに俺のすぐ横に胡散臭い笑顔を貼り付けた朝比奈が立っていた。


咄嗟に今朝の仕返しをされるのではないかと感じた俺は、思わず身構える。

ところが朝比奈はすぐに何かをするわけではなく、何故か普通に話しかけてきた。


「今朝ぶりの再会ですね。さっさと私を置いて行ってしまうものですから無事にたどり着けたかどうか心配しましたよ」


え?なんで見つかった?

っていうか、この状況ヤバくね!?


状況を確認するべく周りを見回すと、学食内にいる人間全員の視線が俺のほうに集中しているのがわかった。

誰かに今の状況を説明して貰いたかった俺は、隣の二階堂と、向かいに座っている楓と絋斗を順に見るが、全員俺の顔を見て物凄く驚いた顔をしたまま固まっていて、何も答えてはくれなかった。


こうなったら誰も当てにならない以上、当たり障りなくこの場を切り抜けるしかない。


「……ご心配いただいてありがとうございました。朝比奈サマ。もう大丈夫ですのでお気遣いなく」


もう俺のことは放っておいて欲しいという希望を込めてそう言ってみる。

すると。


「わかりました」


朝比奈は相変わらず胡散臭い笑顔を浮かべてはいたものの、あっさり了承の返事をしてくれたことに、俺はひとまず安堵した。


さっき二階堂にこの学校の異常性を前以て説明してもらっておいてよかったと心から思う。

親衛隊持ちの人間を『様』付けで呼ぶルールと、この学校の異常なまでの生徒会崇拝を知らなかったら、恐らく俺はこの時点まででいくつも地雷を踏みつけて、あっという間に制裁対象になっていたことだろう。

かなり危ういラインだが、これくらいの接触はギリギリセーフだと思いたい。

後は存在感だけは半端ないコイツらが去ってくれるのを待つだけだ。


……と思っていた俺はかなり考えが甘かった事をすぐに思い知らされた。


「そんな他人行儀に呼ばないで下さい。光希。私とあなたの仲じゃないですか」


朝比奈がニッコリ笑ってそう言うと、今まで水を打ったように静かだった学食内が物凄い勢いでざわついた。


──やられた!

俺は朝比奈の発言に青くなる。


これ絶対殴ったこと根に持ってるよな。

でもこっちだってベロチューされて気分悪かったんだけど!


朝比奈の言動は明らかに俺を困らせようとしているとしか思えないものだ。

総合接触時間が10分にも満たない人間は、知り合いとも呼べないのだから、"仲"なんていう言葉を使うこと自体がおかしいと声を大にして言いたい。


しかしここで俺がするべき行動は、きっちりと朝比奈の発言を訂正することだけだ。


「……誤解を招くような発言は止めていただけませんか」


俺がわざと丁寧な口調で嗜めると、朝比奈が勝ち誇ったようにニヤリと笑った。

胡散臭い笑顔よりよっぽど似合っているが、いかんせん怖すぎる。

下手に何か言ってやぶ蛇になっても困るので、俺はそれ以上何も言わないことに決めた。


ところがもうすでに事態はまずい方向に進んでいるらしく、あちこちから「なんだ!?アイツ!?」とか、「生意気な!」という野太い声が聞こえ始めたことに、俺はこっそりため息を吐く。


──じゃあ、どうしろっていう訳?


喋っても無視しても反感を買うようでは、どうしてみようもないと思う。

俺はあまりの理不尽さに、思わず拳をギュッと握りしめていた。


その時。

視界の端に、ひとりの生徒が役員達のすぐ近くに飛び出してきたのが見えたのだ。

おそらく生徒会役員達を見るためにひしめき合っている集団の中にいたものが、後ろの生徒に押されて飛び出て転んでしまったのだろう。

恥ずかしいのか真っ赤になって俯いたまま立てずにいる生徒に、生徒会役員のひとりであろう金髪の派手な容姿の男が近づいていき、その手を取って優しく立ち上がらせていた。


「大丈夫~?」


金髪男がニコニコ笑いながらそう声をかけると、

「キャー!!佐伯様ぁ!ステキー!!」

「うらやましい!!」


と、あちこちから黄色い声が上がる。


助けられた生徒は慌ててお礼を言うと、元々羞恥で赤かった肌を益々真っ赤に染めながら涙目で走り去っていった。


「いいねぇ。初々しくて、かわいいなぁ~。 もちろん皆もかわいいよ~!」


金髪男は軽薄極まりない台詞を臆面もなく口にすると、キャーキャー言っている生徒達に向けてウィンクしたのだ。

益々ヒートアップしていく声に俺は完全に引いてしまった。


その一方で今のやり取りをみて気付いたこともある。

どうやら今のが役員サマ方に声を掛けられた時の正しい反応らしいということだ。


俯いて恥ずかしそうに頬を染めて涙目で逃げる。


……残念だが俺には絶対無理だと確信した。


「ねぇ、ねぇ。朔ちゃん。そろそろ僕にも紹介してよ~。自分ばっかり仲良くしてずるいよぉ!」


今まで朝比奈の後ろで俺たちのやり取りを黙ってみていた小柄な人物が焦れたように口を開いた。

ネクタイ色の色は藍色。三年生だ。


「仕方ないですねぇ」


朝比奈はそう言うと、小柄な先輩に俺の紹介をし始めた。


「壱琉先輩。こちらが噂の転校生の中里光希君です」

「僕は桜庭 壱琉だよ。壱琉センパイって呼んで!よろしくね~。『みっきぃ』」


『壱琉センパイ』は勝手に俺の呼び名を決めると、人懐っこい笑顔で手を差し出してきた。


この人も生徒会役員ってことだよな?

できればよろしくしたくないんだが……。


この手を握っても握らなくても何か言われるのは目に見えている。


俺がどう対処しようか悩んでいると、案の定あちこちから

「ふざけんな!」「生意気だ!」「桜庭様、おやめください!」「桜庭様が穢れます!」

という的外れにも程がある罵声が浴びせられた。

ところが壱琉センパイはそんな声を気にする様子もなく、いきなり俺の手を掴んで半ば無理矢理握手の形に持っていってしまった。

周囲に野太い雄叫びが響く。

しかし、壱琉センパイがにこやかな笑顔で周囲をグルリと見回すと、意外なことにその声はあっさり止んでしまった。


どういうことかと思い壱琉センパイをよく見てみると、にこやかな表情はそのままだったが、その目付きは恐ろしいほどに鋭いことに気付いてしまう。

見かけに騙されてナメてたら大変なことになると俺の勘が告げている。

その証拠にあの屈強そうな男達を視線だけで黙らせてしまったのだ。

非常に不本意ではあるが、ここは逆らわないでおくのが一番だろう。


そうは決めたものの、ニコニコとしながらずっと手を離さない壱琉センパイに俺はすごく困ってしまった。

なんといっても周囲の視線が痛すぎる。

俺の容姿は目立つので、他人から見られるのは慣れているのだが、ここまで敵意を剥き出しされた視線をぶつけられるのは初めてだ。

思わずさっきお手本の対応をしてくれた生徒を探してどう反応すべきか表情だけでも見倣おうと考えたのだが、そいつはすっかり群衆に埋もれていて姿が確認できなかった。

俺も埋もれたい。羨ましい……。


そんな事を考えていた俺に、手を握ったままの壱琉センパイが声を掛けてきた。


「みっきぃは、いおりんが気になるの~?」


その言葉に俺の目は点になった。


いおりんって誰?
もしかしてさっきのお手本くんのことか?


色んな意味で気になるけれど、それを口に出してしまったらまた彼に注目がいってしまうので可哀想かなと思い、あえて何も言わないことにした。


すると、沈黙を守っている俺の代わりに口を開いたのは、さっきお手本くんを助けた金髪男だった。


「俺のこと気に入ってくれたんだ!うれしいな~。俺は佐伯伊織だよ。よろしくついでに俺に抱かれちゃう?」

「は?」


なんでそんな結論に達したのかは甚だ不明だが、コイツが壱琉センパイがいう『いおりん』であることはわかった。

俺は次々と向けられる不躾な視線に、すでにうんざりした表情を隠しきれない。


佐伯伊織は金髪に青いカラコン、着崩した制服にピアスという出で立ちが素顔の俺を連想させる男だった。

俺は今まで周囲から散々チャラいと言われ続けてきたのだが、コイツを見てると、それはただ見た目だけのことでしかなかったことを実感させられる。

本当にチャラいというのはコイツのような人間に言うべきだ。


俺にはこの金髪男の魅力はさっぱりわからないが、この学校では相当人気があるのだろう。

あちこちから「佐伯様ステキ~!」「僕も抱いてぇ~!」という理解不能な言葉が聞こえてくる。


そんな異常事態に、俺の忍耐はそろそろ我慢の限界を迎えようとしていた。


誰かひとりでもまともな感覚の人間はいないものかと、こっそり辺りを見回すと、そんな俺らのやり取りを一歩下がったところから険しい表情で見ている男がいることに気付く。


その男は見た目こそ極上の部類に入るが、性格は東條同様悪そうだ。

ひしひしと感じる威圧感が半端じゃない。


比較的フレンドリーな他の役員とは違い、自分から話しかけて自己紹介をしてくれる気もなさそうだが、おそらくこの男が生徒会長で間違いないだろう。


男は黙ったまま俺を睨むように見据えている。

俺は一番厄介そうな人物に自分から話しかけるなどという愚行を犯す気はないし、おかしい集団のトップになっている人間に話したところでまともな感性を持っているとはとても思えないので、あえてその視線に気付かないふりをすることに決めた。


ところがそんな俺の最善策を、この会長サマはいとも簡単に踏みにじってくれたのだ。


「おい、オマエ。俺を無視するとは良い度胸してるじゃねぇか」


不機嫌さを隠そうともしない低い声でそう言われた途端、この場に居合わせた生徒達の非難めいた視線が一斉に俺に突き刺さった。


──あぁ、俺、今ので完全に詰んだな……。


俺はその瞬間、自分の第二の人世が早くも躓いてしまった事を覚ったのだった。
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