10 / 20
本編
10 お酒・前
しおりを挟む玄関が開くのと同時に、私は頭を下げた。
「お帰りなさいませ」
「ああ」
ジルクス様がジャケットを脱いだので、受け取ろうと手を伸ばすとジルクス様に止められる。よく目を凝らすと、ジャケットにはべったりと血が付着しているように見えた。
「ジルクス様、それ……!」
「ほとんど返り血だから心配するな。この間言っていた大型魔物の討伐に成功してな、そいつから受けたものだ。待て、このジャケットは直接触らない方が良い。不浄な魔物の力が沁み込んでいて、素手で触るのはおすすめしない」
「厚めの手袋をすればよろしいですか?」
「まぁ……──っておい、これはいいぞ。業者に洗ってもらう」
厚手の手袋をつけた私がジャケットに手を伸ばすと、ジルクス様は体を背けたりしてジャケットを掴ませてくれない。ジルクス様の身長が私よりも頭一個分は高くて、その長い手を活用してジャケットを私から遠ざけようとする。……手が届かないわ!
(ああいうものも洗えるようになれば、ジルクス様にお仕えする侍女として完璧だと思うの)
魔物討伐を生業にする家に勤めているのだから、魔物の血のついた服の一着や二着くらい、洗えるようになっておきたい。
「通常の洗濯ではダメなやつなんだ。専門の業者じゃないと、この魔物の血は落ちない。不浄の力もちゃんと取り除かないといけないからな」
ガーン。
「……そうなのですね」
「大好きなおもちゃを取り上げられた子犬のような目をしている…………可愛い」
「何か仰いましたか?」
ジルクス様が最後に、とても小さな声で「可愛い」と仰られたような気がしたのだけれど。
まさか私に対して「可愛い」なんて言うはずがないし。
(空耳…………?)
混乱する私をよそに、ジルクス様はこほんっと小さく咳払いをして私の横を通り過ぎた。
「食事の前に話がある。すまないが、俺が湯を浴びるまで、書斎で待っていてくれ」
◇
居住まいを正して待っていると、ジルクス様がワインとワイングラスを持って、書斎にやってきた。立ち上がってお持ちしようと手を伸ばした私に、ジルクス様は「君はそこに座ってくれ」とソファを指し示す。
主人よりも先に座っていいものでしょうか。
戸惑う私を横目に、ジルクス様はソファの前に小さな机を持ってきて、ワインとワイングラスを置いた。
立ち尽くす私の傍で、どっかりと座りこむジルクス様。
「何してるんだ?」
「え……」
「ここに座りなさい」
(座れって…………)
トントンっ、とジルクス様が指で叩いたのは、ジルクス様の隣。主人の隣に侍女が座るのはありえないだろう。けれど、その主人が座れと命令しているのだから、座っても良いのだろう。
少しだけジルクス様との距離を空けて、ソファに座る。
「まずは君にお礼が言いたい。レティシアがくれた魔導護符は、魔物討伐において何度も俺を救ってくれた」
「ちゃんと役に立ったのですね……」
「役に立ったどころではないぞ。この魔導護符は相手の力によって結界の強度が変わるんだな。魔物の攻撃は防ぐのに、人が触れたりするのは結界を張らない。絶妙な調整具合だ、本当に感謝している」
ジルクス様の首掛けられた魔導護符は、傷つき、魔水晶の色が落ちているようだった。ジルクス様を守るために何度も結界を張って、そのたびに魔力を消費したからだろう。魔導護符は消耗品。使えば使うほど魔力が減っていくのだ。
「すでに仲間と飲んだ後なのだが、祝賀会といこう。レティシアの魔導護符に感謝して」
言いながら、ジルクス様は二つのワイングラスにワインを注いでいく。
「今日は無礼講だ。好きなだけ飲め」
138
あなたにおすすめの小説
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
追放された悪役令嬢は、氷の辺境伯に何故か過保護に娶られました ~今更ですが、この温もりは手放せません!?~
放浪人
恋愛
公爵令嬢セラフィナは、異母妹イゾルデの策略により、婚約者である王子アラリックから「悪役令嬢」の汚名を着せられ、婚約破棄と同時に辺境への追放を宣告される。絶望の中、彼女を待ち受けていたのは、冷酷無比と噂される「氷の辺境伯」カシアンとの政略結婚だった。死をも覚悟するセラフィナだったが、カシアンは噂とは裏腹に、不器用ながらも彼女を大切に扱い始める。戸惑いながらも、カシアンの隠された優しさに触れ、凍てついた心が少しずつ溶かされていくセラフィナ。しかし、そんな彼女たちの穏やかな日々を、過去の陰謀が再び脅かそうとする。果たしてセラフィナは、降りかかる不遇を乗り越え、カシアンと共に真実の愛と幸福を掴むことができるのか? そして、彼女を陥れた者たちに訪れる運命とは――?
捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~
水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。
彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。
失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった!
しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!?
絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。
一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。
『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜
水都 ミナト
恋愛
マリリン・モントワール伯爵令嬢。
実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。
地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。
「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」
※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。
※カクヨム様、なろう様でも公開しています。
十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。
er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる