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小話
マッサージ
しおりを挟む「肩が凝るな」
ジルクス様は肩を軽く回した後、眉間に手を当てた。
確かに、書類と向き合う時間は増えたように感じる。領民からの嘆願書の読み込みなど、私が補佐できるところは補佐をしている。
けれども、どうしても公爵の息子として目を通さないといけない書類もあるのだ。その量が多く、ここ最近のジルクス様は書斎に籠りっぱなしで外に出る機会がない。
ジルクス様は書類と睨めっこするよりも、外に出る方がお好きなのだろう。別荘で魔物調査している頃は、充実した顔をしていらっしゃった。
(なにか私が出来ること…………あ、そうだわ)
昔、侍女に香油を使ってマッサージされたことがある。マッサージは血行にも良く、凝りなども効く。癒しの効果もあるはずだから、日ごろのジルクス様の疲れを取るにはもってこいの方法だと思った。
「ジルクス様、あとどれほどの時間で湯あみをなされますか?」
「30分ほどで終わるから、その後だな」
30分もあれば、公爵家にいる他の使用人に声をかけて香油を借りるくらいは出来るだろう。
よし!
そんな感じで意気込んでいたら、ジルクス様が笑みを浮かべて私を見上げていた。
「ほお。何かしてくれるのか?」
「マッサージです。このところずっと座りっぱなしで腰が辛いのではないですか? 香油を使ってマッサージをすれば、きっと良くなると思います。お好きな匂いはありますか?」
「甘すぎない匂いなら何でもいいが……マッサージか?」
「はい。日ごろの労いを込めて、若輩者ですが精一杯奉仕させていただきます」
◇
(ジルクス様、いつもより蠱惑的な笑みを浮かべていらしたけど……)
キングサイズの寝台に、マッサージ用のシーツとクッションを用意。
公爵家の他の使用人から借り受けたウッディ系の香油を手に持ちながら、私はさきほど意味ありげに微笑んでいたジルクス様の顔を思い出していた。
(私……なにか決定的な事を忘れているような気が……)
これを忘れていると、のちのち赤っ恥をかきそうなくらい衝撃的な事──
(あ…………)
私がソレについて思い出すのと、ジルクス様が寝室に入って来られるのが、ほとんど一緒だった。
「待たせたな」
風呂上りということもあって、体に蒸気を纏っている。バスローブではなく、裾回りが広めのズボンと首元がゆったりとしたシャツをお召しになられているのは、おそらくジルクス様なりの配慮なのだろう。
それにしても──
(い、色気が溢れすぎですっ!!)
風呂上りというシチュエーションのせいで、ジルクス様の魅力が爆発して限界突破している。
風呂上がりのジルクス様の背中に触れないといけない、という事に気付いた私は、さきほどの意気込みはどこへやら、すっかり赤面してしまってジルクス様を直視できなくなっていた。
(ど、……どうしてするって言う前に気付かなかったのかしら、私!!)
ジルクス様の疲れを取ってあげたい、という勢いのまま、用意してしまった香油。
こうなれば、できるだけ平常心を取り繕ってマッサージをするしかない。
(私はただの侍女、私はただの侍女、私はただの侍女……っ!)
寝台にうつ伏せになったジルクス様。
シャツは脱ぎ捨ててあって、逞しく引き締まった背中が私の視界一杯に広がる。
「どうした、マッサージをしてくれないのか?」
「っ今から実施します!」
(絶対にからかわれてる……っ!)
うつぶせの状態から少しだけ顔を私の方に向けたジルクス様は、くつくつと余裕たっぷりな笑みを浮かべていらっしゃる。こんなの、恥ずかしく思った分だけ損だ。私は小さく息を吐き、手袋をしてから香油を指に垂らした。
ウッディ系の香りがする香油を、ジルクス様の背中に垂らし、揉むように広げた。
(こんな感じよね、確か……)
侍女にやってもらった動きを思い出しながらなので、私の動きは少しぎこちないだろう。
しばらくそうやってマッサージを続けた。
「痛くないですか?」
「全然。むしろとても気持ちいい。良い匂いだな、これはレティシアの選択か?」
「はい」
「センスがいいな」
「ありがとうございます」
「気を抜くとこのまま眠ってしまいそうだ」
「ふふっ。ちゃんと着替えてからにしてくださいね」
「分かっているさ」
ジルクス様の声に、安堵する。
初めてだったけれど、うまくいったみたい。
よかった。
「明日から毎日頼む」
「毎日はちょっと……」
(私の心臓が持たないわ……!)
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