【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる

文字の大きさ
19 / 20
小話

ルヴォンヒルテ次期公爵②

しおりを挟む


「あなたの侍女になります」

 耳を疑った。
 侯爵令嬢として、長年使用人に囲まれて生きてきたはずだ。
 いきなり侍女として振る舞っていけるはずがない。

 しかし同時に、ジルクスはレティシアにわずかな興味を抱いていた。
 ここまで覚悟を決めた目をしているのだから、好きなようにやらせてみようと。どこまで彼女が耐えられるか、楽しむつもりだった。
 想像通り、初日の彼女の仕事ぶりは散々な出来だった。
 書斎の片づけは及第点としても、初めてだという料理の出来は、とても褒められたものではない。肉が中まで火が通っておらず、スープも煮詰めすぎて味が濃くなっていた。別荘で暮らすようになって、少しだけ料理をしたことがあるジルクスは、すぐに彼女がなぜ失敗したのか気付いた。
 
「いきなり強火にすると中まで火が通らない。火を弱めにしてじっくり焼くんだ」

 レティシアはその言葉一つ一つをメモしていた。
 少し気になっていると、レティシアは困ったようにジルクスを見上げる。

「私は覚えるのが遅いんです。ジャークス様にもよく、愚図で鈍間と言われてきましたから」

 彼女の口から元婚約者の名前が出ると、少しもやっとした。
 そんな気持ちを隠しつつも、彼女の初日の仕事は終わった。

 レティシアは、非常に努力家であることが分かった。
 数日後にレティシアが出してきた料理は、初日の生肉料理が嘘だったのかというほど美味しい物に仕上がっていた。きっと自分なりにどうすれば美味しくなるのか研究してきたのだろう。
 
(しっかりしてるな……)

 少なくとも、今までジルクスが見てきた貴族令嬢のなかでは、群を抜いている。
 貴族のご令嬢といえば、自分の権力に溺れてろくに努力をしない者がいる。彼女はそれだけでも、魅力的な女性といえた。
 
 ある夜、彼女の優しさと弱さに触れる機会があった。
 レティシアが魔導護符アミュレットを作ってくれたのだ。ジルクスが褒めると、彼女は驚いたように目を見開いた。

「ジャークス様にさしあげたときは、お褒めいただいたことがなかったので」

(なんでまた裏切った男の名前ばかり…………)

 彼女はここへ来て一度たりとも、元婚約者への恨み節を口にしたことがない。きっと心根が本当に優しいのだろう。あるいは、人の悪口を言わないよう教育されているのかもしれない。
 ただ、そう言う彼女の表情は沈んでいた。
 元婚約者から心のこもった感謝を受け取っていないのだろう。そこで初めて、そのジャークスという男に苛立っている自分がいることに、ジルクスは気付いた。
 
「レティシア、ありがとう。大切に使わせてもらう」

 彼女への想いは、その日を境に溢れていった。
 こんな感情が己の内から湧いてくるとは驚きだったが、心地よいとも感じた。



 そうして。 

 あの時よりも数倍、愛おしさが増した今────
 レティシアは、ジルクスの腕の中ですやすやと眠っている。外で昼食を食べたあと、木陰で休んでいたから、うとうとしてしまったのだ。寝顔はとても可愛らしく、見ているとついつい悪戯を仕掛けたくなる。

(レティシアは俺の侍女だからな…………多少の悪戯は目を瞑ってくれるだろう)

 つんつん、と、頬をつつく。
 柔らかくて弾力のある頬。ずっと触っていたいほどの魔性の魅力がある。正直、レティシアが可愛すぎるのがいけないのだ。

(これくらいはどうかな……?)

 銀髪を手に掬い、しばらく指を通して遊ぶ。
 そのあと髪の毛の先端でレティシアの首辺りをこしょこしょ。
 ん……っ、と小さな声が漏れた。

「あれ……ジルクス様? お、はようございます…………?」
「おはようはおかしいんじゃないか?」

 目覚めてしまったのを残念に思うような、彼女の声が聞けて嬉しいような、複雑な心境を隠しつつ、ジルクスは笑った。

「あれ? 私、寝てました…………?」
「ああ」
「ジルクス様の肩を借りて……?」
「ああ」
「またやっちゃった……」
「どうしてだ? 眠りたいときに眠ればいい。それに今は休憩中だろう」
「侍女として、主人よりも先に眠るのはどうかと思います」
「侍女侍女侍女って……君は真面目だな」
「真面目だけが取り柄です」
「俺は侍女というよりも女としてレティシアを見ているんだがな」

 そう言えば、レティシアの白い肌は林檎のように赤く色づくのだ。
 正直、これを見るのが楽しくて、暇があればこうやってレティシアを赤面させている。

(俺も重症だな)

「わ、私も…………主人だけじゃなくて、だ、男性として……見てますよ」

 消え入りそうなレティシアの声を聞いて。
 ジルクスは頭を押さえた。

「……男を煽るのが上手いな」
「あ、煽ってなんていません! これはジルクス様が急にそんなことを仰るからです!」

 ぷっ、とジルクスは吹き出す。あまりにもレティシアが必死に弁解するから、おかしくて笑ってしまった。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

【完結】呪いのせいで無言になったら、冷たかった婚約者が溺愛モードになりました。

里海慧
恋愛
わたくしが愛してやまない婚約者ライオネル様は、どうやらわたくしを嫌っているようだ。 でもそんなクールなライオネル様も素敵ですわ——!! 超前向きすぎる伯爵令嬢ハーミリアには、ハイスペイケメンの婚約者ライオネルがいる。 しかしライオネルはいつもハーミリアにはそっけなく冷たい態度だった。 ところがある日、突然ハーミリアの歯が強烈に痛み口も聞けなくなってしまった。 いつもなら一方的に話しかけるのに、無言のまま過ごしていると婚約者の様子がおかしくなり——? 明るく楽しいラブコメ風です! 頭を空っぽにして、ゆるい感じで読んでいただけると嬉しいです★ ※激甘注意 お砂糖吐きたい人だけ呼んでください。 ※2022.12.13 女性向けHOTランキング1位になりました!! みなさまの応援のおかげです。本当にありがとうございます(*´꒳`*) ※タイトル変更しました。 旧タイトル『歯が痛すぎて無言になったら、冷たかった婚約者が溺愛モードになった件』

嫌われ黒領主の旦那様~侯爵家の三男に一途に愛されていました~

めもぐあい
恋愛
 イスティリア王国では忌み嫌われる黒髪黒目を持ったクローディアは、ハイド伯爵領の領主だった父が亡くなってから叔父一家に虐げられ生きてきた。  成人間近のある日、突然叔父夫妻が逮捕されたことで、なんとかハイド伯爵となったクローディア。  だが、今度は家令が横領していたことを知る。証拠を押さえ追及すると、逆上した家令はクローディアに襲いかかった。  そこに、天使の様な美しい男が現れ、クローディアは助けられる。   ユージーンと名乗った男は、そのまま伯爵家で雇ってほしいと願い出るが――

婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。 本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。 そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく―― 身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。 癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。

ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!

satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。  私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。  私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。  お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。  眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!

ある日突然、醜いと有名な次期公爵様と結婚させられることになりました

八代奏多
恋愛
 クライシス伯爵令嬢のアレシアはアルバラン公爵令息のクラウスに嫁ぐことが決まった。  両家の友好のための婚姻と言えば聞こえはいいが、実際は義母や義妹そして実の父から追い出されただけだった。  おまけに、クラウスは性格までもが醜いと噂されている。  でもいいんです。義母や義妹たちからいじめられる地獄のような日々から解放されるのだから!  そう思っていたけれど、噂は事実ではなくて……

公爵家の赤髪の美姫は隣国王子に溺愛される

佐倉ミズキ
恋愛
レスカルト公爵家の愛人だった母が亡くなり、ミアは二年前にこの家に引き取られて令嬢として過ごすことに。 異母姉、サラサには毎日のように嫌味を言われ、義母には存在などしないかのように無視され過ごしていた。 誰にも愛されず、独りぼっちだったミアは学校の敷地にある湖で過ごすことが唯一の癒しだった。 ある日、その湖に一人の男性クラウが現れる。 隣にある男子学校から生垣を抜けてきたというクラウは隣国からの留学生だった。 初めは警戒していたミアだが、いつしかクラウと意気投合する。クラウはミアの事情を知っても優しかった。ミアもそんなクラウにほのかに思いを寄せる。 しかし、クラウは国へ帰る事となり…。 「学校を卒業したら、隣国の俺を頼ってきてほしい」 「わかりました」 けれど卒業後、ミアが向かったのは……。 ※ベリーズカフェにも掲載中(こちらの加筆修正版)

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

処理中です...