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小話
ルヴォンヒルテ次期公爵②
しおりを挟む「あなたの侍女になります」
耳を疑った。
侯爵令嬢として、長年使用人に囲まれて生きてきたはずだ。
いきなり侍女として振る舞っていけるはずがない。
しかし同時に、ジルクスはレティシアにわずかな興味を抱いていた。
ここまで覚悟を決めた目をしているのだから、好きなようにやらせてみようと。どこまで彼女が耐えられるか、楽しむつもりだった。
想像通り、初日の彼女の仕事ぶりは散々な出来だった。
書斎の片づけは及第点としても、初めてだという料理の出来は、とても褒められたものではない。肉が中まで火が通っておらず、スープも煮詰めすぎて味が濃くなっていた。別荘で暮らすようになって、少しだけ料理をしたことがあるジルクスは、すぐに彼女がなぜ失敗したのか気付いた。
「いきなり強火にすると中まで火が通らない。火を弱めにしてじっくり焼くんだ」
レティシアはその言葉一つ一つをメモしていた。
少し気になっていると、レティシアは困ったようにジルクスを見上げる。
「私は覚えるのが遅いんです。ジャークス様にもよく、愚図で鈍間と言われてきましたから」
彼女の口から元婚約者の名前が出ると、少しもやっとした。
そんな気持ちを隠しつつも、彼女の初日の仕事は終わった。
レティシアは、非常に努力家であることが分かった。
数日後にレティシアが出してきた料理は、初日の生肉料理が嘘だったのかというほど美味しい物に仕上がっていた。きっと自分なりにどうすれば美味しくなるのか研究してきたのだろう。
(しっかりしてるな……)
少なくとも、今までジルクスが見てきた貴族令嬢のなかでは、群を抜いている。
貴族のご令嬢といえば、自分の権力に溺れてろくに努力をしない者がいる。彼女はそれだけでも、魅力的な女性といえた。
ある夜、彼女の優しさと弱さに触れる機会があった。
レティシアが魔導護符を作ってくれたのだ。ジルクスが褒めると、彼女は驚いたように目を見開いた。
「ジャークス様にさしあげたときは、お褒めいただいたことがなかったので」
(なんでまた裏切った男の名前ばかり…………)
彼女はここへ来て一度たりとも、元婚約者への恨み節を口にしたことがない。きっと心根が本当に優しいのだろう。あるいは、人の悪口を言わないよう教育されているのかもしれない。
ただ、そう言う彼女の表情は沈んでいた。
元婚約者から心のこもった感謝を受け取っていないのだろう。そこで初めて、そのジャークスという男に苛立っている自分がいることに、ジルクスは気付いた。
「レティシア、ありがとう。大切に使わせてもらう」
彼女への想いは、その日を境に溢れていった。
こんな感情が己の内から湧いてくるとは驚きだったが、心地よいとも感じた。
そうして。
あの時よりも数倍、愛おしさが増した今────
レティシアは、ジルクスの腕の中ですやすやと眠っている。外で昼食を食べたあと、木陰で休んでいたから、うとうとしてしまったのだ。寝顔はとても可愛らしく、見ているとついつい悪戯を仕掛けたくなる。
(レティシアは俺の侍女だからな…………多少の悪戯は目を瞑ってくれるだろう)
つんつん、と、頬をつつく。
柔らかくて弾力のある頬。ずっと触っていたいほどの魔性の魅力がある。正直、レティシアが可愛すぎるのがいけないのだ。
(これくらいはどうかな……?)
銀髪を手に掬い、しばらく指を通して遊ぶ。
そのあと髪の毛の先端でレティシアの首辺りをこしょこしょ。
ん……っ、と小さな声が漏れた。
「あれ……ジルクス様? お、はようございます…………?」
「おはようはおかしいんじゃないか?」
目覚めてしまったのを残念に思うような、彼女の声が聞けて嬉しいような、複雑な心境を隠しつつ、ジルクスは笑った。
「あれ? 私、寝てました…………?」
「ああ」
「ジルクス様の肩を借りて……?」
「ああ」
「またやっちゃった……」
「どうしてだ? 眠りたいときに眠ればいい。それに今は休憩中だろう」
「侍女として、主人よりも先に眠るのはどうかと思います」
「侍女侍女侍女って……君は真面目だな」
「真面目だけが取り柄です」
「俺は侍女というよりも女としてレティシアを見ているんだがな」
そう言えば、レティシアの白い肌は林檎のように赤く色づくのだ。
正直、これを見るのが楽しくて、暇があればこうやってレティシアを赤面させている。
(俺も重症だな)
「わ、私も…………主人だけじゃなくて、だ、男性として……見てますよ」
消え入りそうなレティシアの声を聞いて。
ジルクスは頭を押さえた。
「……男を煽るのが上手いな」
「あ、煽ってなんていません! これはジルクス様が急にそんなことを仰るからです!」
ぷっ、とジルクスは吹き出す。あまりにもレティシアが必死に弁解するから、おかしくて笑ってしまった。
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