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8 今後の宿
しおりを挟む「イリスさん、こんなところでずっと立ち話ですみませんでした。部屋に案内します」
またしても丁寧な言葉で話かけられて、とても寂しく思えた。
私は歩き出そうとするリカルドの手を掴んだ。
「え? イリスさん、ど、ど、どうしました?」
私は慌てるリカルドを見上げて言った。
「リカルド様、どうか普段の言葉でお願いします。一度先ほどの自然に話をするリカルド様を知ってしまったら、そのように話されるのは……寂しいです」
リカルドは、じっと穴が開きそうなほど私を見つめた後に顔を真っ赤にした。
「寂しい……って……(ああ、ダメだ。そんなこと言ってもらえるなんて嬉しすぎる……)」
そして、リカルドが私の顔をのぞき込んだ。
「本当にいいのか? 怖くないか?」
「はい」
力強くうなずくと、リカルドが本当に嬉しそうに笑った。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて……イリスさんは普段からその言葉使いなのか?」
「そうですね……」
「まぁ、女官になるくらいのお嬢さんだもんな。無理はいけねぇな。ただ……」
「ただ?」
リカルドは視線をさまよわせた後に、頬を人差し指で掻いた。
「俺のことは……リカルドって呼んでくれると嬉しい。あ、その、俺は普段から『様』って呼ばれるような生活してねぇから、とんでもなく違和感が……せめて二人の時だけでも!!」
「え? その……リカルドさん?」
リカルドは「ん~~」と眉を寄せた後に、ニヤリと笑った。
「もうひと声!!」
「じゃあ……リカルドくん?」
「あ~~それは、少しズレたな、違う違う。もっとこう大人な……」
「……若?」
「いやいや、なんでだよ。名前、呼んでくれよ」
私はなんだか楽しくなって気が付けば笑っていた。
そしてリカルドを見上げて名前を呼んだ。
「リカルド?」
するとリカルドが本当に嬉しそうに顔をくしゃくしゃにして笑った。
「そう、そうやって呼んでくれ!!」
私はリカルドを見上げた。
「じゃあ、私も名前で呼んでほしいです」
「え!? それは……もう少し待ってくれ!」
リカルドは慌てて声を上げた。
「え?」
「いや~~俺は、様とかさんって呼ばれるような感じじゃねぇ~けど、イリスさんは、こうイリスさんって感じだろ?」
「リカルド……も伯爵様だから、本来なら様って呼ばれると思いますが?」
リカルドはかなり悩んだ後に顔を真っ赤にして私を見た。
「イ、イ、イ、イリス?」
「はい」
「……さん」
「えー」
思わず不満を漏らすと、リカルドは顔を真っ赤したまま片手を顔に当てて首を下げた。
「すまねぇ、俺は名前で呼んでもらうっていうのに……わがままだが、もう少し待ってくれ。せめて部屋、一緒になったらでいいか?」
本気で恥ずかしそうなリカルドを見ていたら、無理を言えなくなってしまった。
「わかりました……では私も二人の時だけ……リカルドって呼びます」
「ああ、それで頼む。ありがとな」
リカルドの笑顔は本当に眩しい。
この世界で会ったどんな人の笑顔より輝いて見えた。
「部屋、案内するな」
「はい、お願いします」
それからリカルドは大きな船の入り口に立った。
「今日からラーン伯爵領に着くまでこの船での生活になる。運河は外洋とは違って波もねぇから快適だが……それはあくまで俺たちの感覚だ。イリスさんがつらかったら遠慮せずに言ってくれ」
「船……なるほど……」
てっきり、宿に泊まると思っていたので船と聞いて驚いたが、私の宿代で負担をかけないと知ってほっとした。
(そうか、船だからすぐに私が来ても問題なかったんだ……)
船なら引っ越しの荷物も乗せることができるだろうし、私だけがラーン伯爵家に馬車で移動する費用を考えるとリカルドたちと船で移動する方がどう考えても安上りだ。
それに船の中は想像以上に広かった。
これなら私、一人増えても問題なさそうだ。
私が、リカルドに金銭的な負担をかけなくて済むと思ってほっとしていると、廊下の向こうから誰かの声が聞こえた。
「あ、いたいた。若~~戻ったんだな。さっき、ロダンから聞いたんだが、せっかく王都まで来たのに、今回は運河の清掃しねぇってのは本当ですかい? 陛下に頼まれたんだろう?」
(運河の清掃? リカルドはそんなこともしているの??)
確かに誰かが掃除をしなければ汚れるのかもしれないが、それをリカルドたちがすることになっていることに疑問を感じたが、すぐに理由に気付いた。
(そうか!! 借金返済のためかも!!)
ラーン伯爵家はあちこちに借金あり財政難だと聞いた。もしかしたらその軽減措置などで、陛下から運河の清掃を任されたのかもしれない。
私がそんなことを考えていると、リカルドに話かけてきた男性が私を見て、驚いて大きな声を上げた。
「可愛い……女の子? 嘘だろ~~!! 若の妄言だと思ってた!! 実在したのか!?」
またしても驚かれてしまった。
リカルドとの結婚の経緯は確かに一般的ではなかったかもしれないが、そんなに妄言扱いされるほどだったのだろうか?
「うるせぇ、イリスさんが怖がるだろうが!!」
「ああ、悪い」
「それにその件。今回は彼女がいるからな。またの機会にする」
「陛下はそれで納得してくれたんですかい?」
「まぁ、改めてくりゃ~いいだろ」
「改めてって……若にそんな時間があるんですかい?」
私は二人の会話を聞いて胸が痛んだ。
今の会話を聞く限り、リカルドには陛下からの温情措置を、私のせいで延期しようとしていた。
(そんな、借金があって大変なのに、私のせいで予定変更なんて!!)
「リカルド様、あの……私のことはどうかお気になさらず、何かお仕事があるのならそちらを優先して下さい。お願いします」
リカルドが私を見て慌てて声を上げた。
「イリスさん!?」
「おお~~さすが、姐さん!! そうですよ。若、予定通り清掃して帰りましょうや。姐さんは船で休んでいてもらえばいいでしょう?」
私はリカルドを見上げながら言った。
「あの……私にもできることがあればお手伝いしますので、私のせいで……お仕事を取りやめるようなことは止めてください……お願いします!!」
リカルドは息を吐くと、男性に向かって言った。
「わかった。運河の清掃作業は予定通り行う。ロダンはどこだ?」
「ロダンなら、昼めし15分前なんで、すで着席してますぜ」
「わかった、後で、ロダンにも改めて伝える」
リカルドの言葉を聞いて男性が私を見て嬉しそうに笑った。
「姐さん、口添えありがとな。ところで、そろそろ昼ですぜ!! 食事の時間に遅れる。ほらほら急いで」
「は? 俺は、これからイリスさんと二人で……」
リカルドが声を上げると、数人の男性が急ぎ足でやってきた。
「お~~若、お勤めご苦労様でさ~~」
「若、何してんですか!! 食事に遅れたらライドがうるさいですぜ!!」
「そうそう、もうすでに13分前だぜ、急げ!!」
私は先ほど話かけてきた男性の影に隠れて見えなかったようで、リカルドは数人に囲まれていた。
みんなの目に私は入ってないようなのでじっとしていると、先ほど話かけてきた男性が私を見た。
「はじめまして、俺はガイだ。よろしくな、姐さん」
「イリスです。どうぞよろしく。姐さんというは遠慮したいのですが……」
「あはは、悪い。わかった、みんなにも伝えておく。とにかく……お手をどうぞ。若は放っておいて飯にしよう」
ガイが手を差し伸べた時だ。
「あ~~もう、いい加減、離せ。イリスさんが一人になるだろうが!!」
連れて行かれそうになったリカルドが、囲みを抜けて戻って来た。
「イリスさん、すまねぇって、おいガイ!! 何してやがる!!」
「何って、若が彼女を置いて行くから俺が連れて行こうとしただけだろう?」
リカルドは、ガイの手をはたいて、私の前に手を差し出した。
「油断も隙もねぇな。イリスさん一人にして悪かった。本当は二人で食べるはずだったが……みんなにも紹介してぇ。ここで食事でもいいか?」
「もちろんです。むしろ、突然お邪魔してもよろしいのでしょうか?」
「ああ、それは問題ない。では。お手をどうぞ。部屋より先に食堂に案内するな」
私はリカルドの手を取った。
「ありがとうございます」
私はリカルドにエスコ―トされて、食堂に向かったのだった。
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