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10 トランク3つ分
しおりを挟むリカルドに連れて来られたのは、王都の中でも一等地の商業エリア、王城近辺の高級店が立ち並ぶ場所だった。
実際の高位貴族は、自分の屋敷に商人を呼ぶのでここに買いには来ないだろうが、それでも私のような男爵家の人間が一生縁のないほど高級なお店だった。
(え……ここがリカルド様のお父様の知り合いのお店なの……?)
私はいつも通りと言った様子でお店に入ろうとするリカルドに、声をかけた。
「ここですか?」
「ああ、そうだ。父の友人の店なんだ。入ろう」
元ラーン伯爵のご友人のお店……なるほど、それでここを選んだのか……
私はなんとか自分を奮い立たせるようにうなずいた。
「はい」
だが内心は心臓がバクバクとうるさかった。
(どうしよう、こんな高級なお店……手持ちの資金で足りるかな……)
「これは、ラーン伯爵。ご無沙汰しております」
リカルドが扉を開けると、白髪でひげのある紳士がにっこりと微笑んだ。
どうやら、本当に知り合いのようだ。
「ああ、息災そうで何よりだ」
「本日は、いかがされました」
リカルドは、私の前に手を出した。
「実は彼女と結婚したんだ。こちらがイリスさんだ」
リカルドに紹介されて、慌ててあいさつをした。
「はじめまして」
紳士は嬉しそうに口を開いた。
「ほう!! おめでとうございます!!」
リカルドが本当に嬉しそうに笑った。
「ありがとう。イリスさんの生活に必要な衣類一式そろえてくれ」
「え!? 一式!?」
私は驚いてリカルドを見上げたが、リカルドはにこにこと「彼に任せれば間違いはない」と言った。
どうしよう。品物を選べるかという不安ではなくて、資金について心配したのだが伝わらなかったようだ。
店主はにこやかに答えた。
「かしこまりました」
「これからしばらく、船の上だから、動きやすい服も頼む」
「はい」
そしてずっと側にいた女性が私の前まで来て、手を差し出した。
「では、どうぞ、こちらへ」
「は、はい……」
そして、私は奥に部屋に連れて行かれた。
部屋には大きな鏡や洋服掛け、重厚なソファーと絨毯が敷かれた部屋だった。
(すごい……フィッティングルームが豪華!!)
私がソファーに座ると女性が私に声をかけてくれた。
「イリス様、何かご希望はございますか?」
「は、はい。今日の夕食が『ディルッソ』なのですが、そちらに相応しい服装を」
「『ディルッソ』ですか、かしこまりました。では採寸いたしますので、こちらへ」
「はい」
私は採寸をしてもらうと、カラカラとたくさんのワンピースが掛けられて運ばれて来た。
「こちらをお持ちいたしました」
「こんなに……」
私は恐る恐る一番近くにあったワンピースを手に取った。
(どうしよう……値札がない……)
2,3着みたが、どの服にも値札がなかった。
(まさか、値段が一律ってことはないよね……)
数着必死で値札を探すと1着だけ値札がついていた。
とてもシンプルなワンピースだが、値札を見つけて驚愕した。
(私の一ヵ月分のお給金!? でも、今なら買える……)
確かに高額だが、今なら買える。
見た目も上品なので、『ディルッソ』に着て行っても問題ないだろう。それにこれからリカルドと一緒にいるのなら、必要になることもあるかもしれない。
他のは値札がないので怖すぎて選べない。
(う……こんな高額な服を買うのが怖い……でも!!)
「これをお願いします」
昔の人は言いました。
『清水の舞台から飛び降りる』覚悟で……と。
まさにそんな心境だ。
私は心臓はこれまでにないほど緊張で大きく脈を打っていた。
「かしこまりました。お召し替えになりますか?」
「はい」
これから食事だというのならぜひとも着替えたい。そのために買うのだ。
その後、下着や靴下や部屋着や服など本当にトランク3つ分くらいの衣類をそろえた。
始めに選んだワンピースよりはお手頃な値段だったが、他のも私が現在持っているものの数倍の値段だった。
貴族とは本当に大変だ。
(うう……手持ちがほとんどなくなってしまうわ……夕食、足りるかな……)
着替えや必要な物を選んで奥の小部屋を出ると、リカルドがぼんやりと外を見ているのが見えた。
昨日もパーティーで、今日も朝早くから商談だと言っていたので疲れているだろう。それなのに文句も言わずに待ってくれていた。
ただ座って外を見ている姿がまるで絵画を見ているようで、見惚れていると時計が鳴った。
(え!? あれから3時間も経ったの!?)
気が付けばかなりの時間が経っていたようだ。
「リカルド様、お待たせしてすみません!!」
私が声をかけるとリカルドは、立ち上がり、私を見て嬉しそうに笑った。そして、顔を赤くして頬を人差し指でかいた。
「はは……俺の瞳の色の服を選んでくれたのか……良く似合ってる……」
(瞳の色? あ! 確かに!!!)
私は値段だけで選んでしまったので、気づかなかったが確かにこの服は紺色で、リカルドの瞳の色だ。
「あ……その……」
どうしよう。意図していなかったとはいえ、私はリカルドの瞳の色の服を着て彼の前に現れてしまった。
意図していたら心の準備も出来たかもしれないが、全く考えていなかったので、急に恥ずかしさに襲われて頬が赤くなる。
リカルドは私を見て優し気に言った。
「ありがとう。嬉しい……」
頬に熱が集まりどうしようもなくてとうとう私は俯いた。
「そう言ってもらえると……私も……嬉しいです」
「(ああ、もう、可愛いな……)」
リカルドが何かを呟いて、急いで顔を上げた。
「すみません、何かおっしゃいましたか?」
「あ、いや。口に出してたか、なんでもない。それより、買い物は済んだのか?」
「はい」
するとリカルド微笑むと、私に手を出した。
「お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
私はリカルドの手を取った。
「店主、ありがとな。また、王都にきたらよろしく頼む」
「はい。お待ちしております」
リカルドは店主にあいさつをすると、お店を出た。
お店の方が馬車に次々に買った物を運び込んでいるのが見えた。
私は恥ずかしくてぼんやりしていたが、支払いをするのを忘れていた!!
「あ!!」
「ん? どうした? 忘れ物か?」
リカルドが私の顔をのぞきこんだ。
「いえ、支払いをするのを忘れて……」
リカルドが小さく笑った。
「はは、忘れてねぇから心配するな。さて、夕食の時間までまだ少し時間がある……本屋に行ってもいいか?」
「え? 忘れてない?? どういう……」
思わず考え込んでいると、リカルドが申し訳なさそうな声を出した。
「イリスさんは、本屋には興味はねぇか?」
「え、本屋!? 興味あります!! 行きたいです!!」
私は慌てて思考を切り替えて、リカルドの言葉に答えた。
「無理してねぇか?」
「してません、行きたいです」
「じゃあ、行こうか」
私は久しぶりの書店に行けるので嬉しくなった。
そして私は大事なことを伝えた。
「リカルド、色々と買って下さってありがとうございます」
私がお礼を言うと、リカルドが笑った。
「俺も……その服、似合う……それを選んでくれて、ありがとな」
私たちは二人で笑うと、書店に向かった。
「自由に見て、決まったら教えてくれ」
「はい」
これから船でラーン伯爵領に戻るというので、船の中で少しゆっくり本が読めるかもしれない。
私は書店を見て回り、数冊の小説を選んで手に取った。
本なら問題なく買える。
少しゆっくり見てしまったのでカウンターに向かうと、リカルドが大量の本を積み上がっているカウンターの前に立っていた。
「もういいのか?」
「はい……それを全部買われるのですか?」
「ああ、本だけはどうしても、王都じゃねぇと手に入らない物も多いんだよな~~」
「そうなのですね……」
リカルドは、私の本を見て「店主、あれも頼む」と言った。
店主は私の持っている本を見てうなずいた。
「え?」
もしかして、またリカルドが買ってくれたのだろうか?
店主は木箱に本を入れてくれた。
かなり重そうだ。だが、リカルドはその重そうな木箱を軽々と持ち上げた。
私は慌てて、書店の扉を開けた。
「ありがとな、助かった」
「いえ……」
そして今度は馬車の扉を開けた。
そして無事に本を馬車に入れると、大きな馬車が荷物でいっぱいになった。
(こんなに買い物して大丈夫なのかな……でも、トランク3つ分は風習だからいいのかな?)
私が不安に思っているとリカルドが私を見て目を細めた。
「イリスさんも本が好きか?」
「はい、好きです」
リカルドは「そうか」と言って笑った。
「ラーン伯爵領にない本でも、読みたい本を教えてくれれば手に入れるから、遠慮せずに言ってくれ」
「ふふ、ありがとうございます」
もしかしてこんな風に王都に来た時に買ってくれるのだろうか?
私はその気遣いが嬉しいと思ったのだった。
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