好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番

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第四章 崩れ行く天秤

36 変質した未来(2)

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 ハンスの目の前に、ヘルマとの結婚をして、騎士団長であるナーゲル伯爵の後ろ盾を得るという選択肢が現れてしまった。

 ハンスは隣を歩く、ヘルマの横顔をこっそりと眺めた。ヘルマのことは嫌いではない。むしろ、好意を持っている。
 だが、自分には幼い頃から一緒に学び、苦楽を共にした盟友でもあるシャルロッテがいる。ハンスはシャルロッテのことが好きだった。

 だが……騎士団長の後ろ盾は、今のハンスにとって、最もほしいものだった。

「ハンス様、どうされたの?」

 ヘルマに心配そうに顔を覗き込まれて、ハンスは慌てて返事をした。

「いえ……考え事を」

「そうですか……明日は、学院にいらっしゃるのでしょう?」

「はい。そのつもりです」

「では、お昼をご一緒、致しませんか?」

「ぜひ」

 ハンスはにっこりと笑うと、馬に乗って、ナーゲル伯爵家を後にした。

(騎士団長の後ろ盾はほしい……だが……幼い頃から頑張ってくれたシャルに別れを切り出すのか……? シャルと離れることなど、私に出来るのか?!)

 ハンスは、まるで全ての絵具をぐちゃぐちゃにしたような感情で、家に戻った。
 家に戻ると、執事が出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ、ハンス様。本日はシャルロッテ様が、ご宿泊されております」

「シャルが? なぜ?」

「宝石の仕分け作業が、先程終わったそうです」

「こんな時間まで、シャルを!!」

 ハンスは急いで、ホフマン伯爵の部屋に向かった。

トントントン。

「入れ」

「失礼致します」

 ハンスは言いようのない怒りに任せてホフマン伯爵の部屋に入ったが、ホフマン伯爵の顔色が悪く、大きな声を出すのを止めて、小さめの声で言った。

「おじい様。なぜこんな時間まで、シャルを引き留めたのです?」

 するとホフマン伯爵が切なそうに言った。

「すまないな。戻ってかまわないと何度も言ったのだが……私の体調を心配して、手伝ってくれたのだ」

 ハンスは、祖父の言葉を聞いてまるで、『自分が手伝いをしないことが原因だ』と、責められているように感じた。

「私も歳だな……つい、あの子に甘えてしまった。次からは必ず家に戻そう」

 ハンスは、ぎゅっと目を瞑った後に、小さく息を吐いた。

「おじい様。正直に答えて下さい。私とシャルで、おじい様と同等の仕事はできますか?」

 すると、伯爵は真剣な顔で鋭く言った。

「当たり前だ。お前はもちろんのこと、シャルロッテ嬢に関しては、すでに、私を越えている」

「……え?」

 ハンスは足元から崩れ落ちそうになった。まさか、祖父がそんなことを言うとは想像もしていなかったのだ。

「あの子は、天賦の才がある。神が我々に遣わせてくれた女神のような人物だ。きっと、シャルロッテ嬢が管理すれば、この国はさらに潤う。我が伯爵家もお前の代で、今以上の富を築くだろう」

「…………」

 ハンスは声が出なかった。まるで自分がこの家にはいらないと言われているように思えた。歴史を遡れば、我がホフマン伯爵家が財を成したのは全てが、祖父の目利きのおかげだった。
 祖父という宝石のエキスパートがいたからこそ、このホフマン伯爵家はこれほどの財を成したのだ。

 才能という、努力ではどうしようもない物に、この家を今後も任せることが果たして正しいことなのだろうか?
 もし、シャルロッテを失ってしまったら、自分には何が残るというのだろうか?
 そして、今度は自分がシャルロッテ程の才能を持った後継者を見つける必要があるのだろうか?

 1人の天才が支える家に、どれほどの未来があるというのだろうか?

 祖父は、すっかりシャルロッテの才能に、彼女が支えるこの家の未来に希望を抱いている。

――孫の自分ではなく、自分が探し出した天才に、未来を託している。

「そうですか……わかりました。では、失礼します」

 ハンスは、祖父の部屋を出た後に、自分の部屋に戻った。そして窓から見える月を眺めた。今日の月は猫の爪のひっかいたような細長い月だった。

 いつだったか、シャルロッテと一緒に読んだ本に、『月は常に存在してるが、光の当たり方で影が出来き、見える部分と見えない部分がある』と書いてあった。
 まるで、自分とシャルロッテの様だとハンスは思った。シャルロッテが光輝けば、自分は影になる。
 だが、自分が騎士として光輝けば、シャルロッテが影になる。もしかしたら、シャルロッテは出来てしまうがゆえに、無理をして祖父のように身体を壊してしまうかもしれない。

 いや、絶対に壊すだろう。ハンスは月を見ながら、涙を流しながら呟いた。

「光と影になってしまう関係ならば……今にうちに離れた方がいいかもしれない」

 これは自分のエゴかもしれない。
 ただの甘えかもしれない。
 だが、ハンスにはもう、シャルロッテと共の手を繋いで隣を歩くという未来は見れなかった。どちらかが、どちらかを犠牲にしてしまう関係ならいっそ、まだ傷のない今のうちに離れた方がお互いのためかもしれないと思えた。

 その日。ハンスはシャルロッテとの別れを決意したのだった。
 
☆==☆==

「ヘルマ嬢……私と結婚してほしいと言ったら、承諾してくれるだろうか?」

 それから数日後、試験が終わったタイミングでハンスはヘルマにプロポーズをした。本当はシャルロッテと話をした方がいいことはわかっていたが、ハンスにはその勇気がなかった。
 だからもう逃げられないように、先にヘルマにプロポーズをしたのだ。

「はい。もちろんです。ハンス様」

 ヘルマもハンスのプロポーズを受け入れた。
 その日の夜に、ホフマン伯爵の訃報がハンスの耳に入ったのだった。



☆==☆==



 ハンスは、自分の考えを両親に説明した後に、2人の顔を見つめながらはっきりと言った。

「シャルロッテとの婚約を解消させて下さい」

 ハンスの両親は、息が詰まりそうなほど驚き、声も上げられずに固まったのだった。





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