好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番

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第四章 崩れ行く天秤

37 変質した未来(3)

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 どのくらいの沈黙が親子の間に流れただろうか?
 空に浮かぶ月はもうかなり高くなっていた。

「ハンス……お前は、婚約誓約証を読んでいないのか?」

 長い沈黙の中、ホフマン伯爵が低い声で言った。

「え?」

 ハンスが戸惑う中、ハンスの父は、執務室内になる書庫から書類を取り出した。ハンスは、ある一文を見つけて固まった。

『この婚約を解消、または白紙にした場合。ホフマン伯爵家がウェーバー子爵家及び、シャルロッテ・ウェーバー個人への援助した相当を返金すること』

「婚約解消や、婚約白紙で返金? なぜです?」

 ハンスの言葉に、ハンスの父が大きな溜息をつきながら言った。

「なぜだと? 当然だろ? 婚約者には我がホフマン伯爵家の重要機密とも言える宝石の知識を授けるのだ。相手の女性に不貞や、浮気をされたら、処罰さえも有り得る損失なのだ。だからこそ、金銭的な制約を付けたのだ」

「ですが、シャルには一切の責はない」

 ハンスが声を上げると、今度は伯爵夫人が頭を抱えて声を上げた。

「まさか、家の方から、婚約を解消したいなんて言い出すことは、全く想定していなかったのよ。でも、あなたはすでに、ナーゲル伯爵家のお嬢様に『勝手に』求婚したのでしょう?! 我がホフマン伯爵家は鉱山や流通に関して、かなり騎士団にお世話になっているのよ? 現騎士団長であるナーゲル伯爵には、鉱石の輸送の件で、我が領にいつも優秀な方を優先的に手配して頂いているし、有事の際にもすぐに駆けつけて下さって……本当にお世話になってる方なのよ?! そんな方の御令嬢にこちらから求婚しておいて、今更、お断りなんて……」

 夫人は今にも倒れそうな程青い顔をしていた。

「婚約破棄するしかないだろうな……」

「……え? 婚約破棄……」

 ハンスは驚いて声を上げた。ハンスはシャルロッテの婚約を円満に解消するか、もしくは白紙に戻すつもりでいた。その方が自分にとっても、シャルにとってもいいと思ったのだ。
 だが、『婚約破棄』となると、婚約破棄をされた方は一切の責を問われる必要がない場合が多い。
 だが、女性の方は、相手の男性に捨てられたと不名誉なことを言われてしまう。
 ハンスの顔から血の気が引いた時、大きな声が聞こえた。

「お前は、シャルロッテ嬢を捨て、新しくナーゲル伯爵家の令嬢と浮気したという汚名を抱えて生涯生きることになると言うことだ!!」

 ハンスの父が苛立った瞳でハンスを見ながら言い捨てた。
 そうだ。
 シャルロッテが、『捨てられた令嬢』なら、自分は彼女を『捨てた男』になる。

「ああ!! なんてことなの!! あんないい子と婚約破棄だなんて……大きな恥だわ!!」

 夫人はとうとう泣き出してしまった。

「シャルロッテ嬢に関しては、一切の否はないからな……約束の卒業までは学費の全額援助と、お前の浮気の慰謝料。さらに7歳から、我が家の一員として学んで貰ったことの迷惑料を支払う必要があるだろうな」

 ハンスの父がどこか虚ろな瞳で言った。

「あの子は、小さい頃から、ハンス。あなたのためにとても頑張っていたわ!! 慰謝料と迷惑料だけじゃ足りないくらいよ!!」

 取り乱す両親を見ながら、ハンスは慌てて声を出した。

「待って下さい!! 私は浮気など…」

「ハンス……婚約者のいる身で、他の令嬢に求婚など……立派な浮気だ。籍を入れていないので、法的には傷はつかないが……それでも……浮気であることは変わりない」

 ハンスは、シャルロッテと自分の幸せのためになると信じてこの決断をしたのだ。
 今更後には引けないし、侯爵になるためには、どうしてもナーゲル伯爵家の後ろ盾が必要だった。
 
「それでも、私の意思は変わりません。私は騎士になります」

 ハンスの強い瞳を見て、伯爵が大きく溜息をついた。

「こんなことになったのは、私たちにも責任がある。ハンス……明日、シャルロッテ嬢に自分から言いなさい。私も誠心誠意、彼女に詫びよう」

「……はい」

 ハンスは自分の拳を握り締めた。もう決めたのだ。これが、自分にとっても、シャルロッテにとっても最良の選択なのだ。

「ハンス、だが……覚悟は出来ているね? もう、我々の想像した未来は……決して来ない」

「……覚悟は出来ております」

 ハンスは、真剣な瞳で自分の両親を見た。

「そうか……では、ハンスお前を、もう一度信じよう」

「はい、ありがとうございます。必ず侯爵の位をこの手にして見せます」

「ああ、この件に関して、私は明日、シャルロッテ嬢に謝罪した後に、陛下にご相談に行かなくてはならないな……もう、賽は投げられてしまったのだから……」

 ハンスの父は、眉間にシワを寄せた後に、ハンスを見た。ハンスも決意ある瞳で、父を見たのだった。
 





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