好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番

文字の大きさ
37 / 95
第四章 崩れ行く天秤

36 変質した未来(2)

しおりを挟む



 ハンスの目の前に、ヘルマとの結婚をして、騎士団長であるナーゲル伯爵の後ろ盾を得るという選択肢が現れてしまった。

 ハンスは隣を歩く、ヘルマの横顔をこっそりと眺めた。ヘルマのことは嫌いではない。むしろ、好意を持っている。
 だが、自分には幼い頃から一緒に学び、苦楽を共にした盟友でもあるシャルロッテがいる。ハンスはシャルロッテのことが好きだった。

 だが……騎士団長の後ろ盾は、今のハンスにとって、最もほしいものだった。

「ハンス様、どうされたの?」

 ヘルマに心配そうに顔を覗き込まれて、ハンスは慌てて返事をした。

「いえ……考え事を」

「そうですか……明日は、学院にいらっしゃるのでしょう?」

「はい。そのつもりです」

「では、お昼をご一緒、致しませんか?」

「ぜひ」

 ハンスはにっこりと笑うと、馬に乗って、ナーゲル伯爵家を後にした。

(騎士団長の後ろ盾はほしい……だが……幼い頃から頑張ってくれたシャルに別れを切り出すのか……? シャルと離れることなど、私に出来るのか?!)

 ハンスは、まるで全ての絵具をぐちゃぐちゃにしたような感情で、家に戻った。
 家に戻ると、執事が出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ、ハンス様。本日はシャルロッテ様が、ご宿泊されております」

「シャルが? なぜ?」

「宝石の仕分け作業が、先程終わったそうです」

「こんな時間まで、シャルを!!」

 ハンスは急いで、ホフマン伯爵の部屋に向かった。

トントントン。

「入れ」

「失礼致します」

 ハンスは言いようのない怒りに任せてホフマン伯爵の部屋に入ったが、ホフマン伯爵の顔色が悪く、大きな声を出すのを止めて、小さめの声で言った。

「おじい様。なぜこんな時間まで、シャルを引き留めたのです?」

 するとホフマン伯爵が切なそうに言った。

「すまないな。戻ってかまわないと何度も言ったのだが……私の体調を心配して、手伝ってくれたのだ」

 ハンスは、祖父の言葉を聞いてまるで、『自分が手伝いをしないことが原因だ』と、責められているように感じた。

「私も歳だな……つい、あの子に甘えてしまった。次からは必ず家に戻そう」

 ハンスは、ぎゅっと目を瞑った後に、小さく息を吐いた。

「おじい様。正直に答えて下さい。私とシャルで、おじい様と同等の仕事はできますか?」

 すると、伯爵は真剣な顔で鋭く言った。

「当たり前だ。お前はもちろんのこと、シャルロッテ嬢に関しては、すでに、私を越えている」

「……え?」

 ハンスは足元から崩れ落ちそうになった。まさか、祖父がそんなことを言うとは想像もしていなかったのだ。

「あの子は、天賦の才がある。神が我々に遣わせてくれた女神のような人物だ。きっと、シャルロッテ嬢が管理すれば、この国はさらに潤う。我が伯爵家もお前の代で、今以上の富を築くだろう」

「…………」

 ハンスは声が出なかった。まるで自分がこの家にはいらないと言われているように思えた。歴史を遡れば、我がホフマン伯爵家が財を成したのは全てが、祖父の目利きのおかげだった。
 祖父という宝石のエキスパートがいたからこそ、このホフマン伯爵家はこれほどの財を成したのだ。

 才能という、努力ではどうしようもない物に、この家を今後も任せることが果たして正しいことなのだろうか?
 もし、シャルロッテを失ってしまったら、自分には何が残るというのだろうか?
 そして、今度は自分がシャルロッテ程の才能を持った後継者を見つける必要があるのだろうか?

 1人の天才が支える家に、どれほどの未来があるというのだろうか?

 祖父は、すっかりシャルロッテの才能に、彼女が支えるこの家の未来に希望を抱いている。

――孫の自分ではなく、自分が探し出した天才に、未来を託している。

「そうですか……わかりました。では、失礼します」

 ハンスは、祖父の部屋を出た後に、自分の部屋に戻った。そして窓から見える月を眺めた。今日の月は猫の爪のひっかいたような細長い月だった。

 いつだったか、シャルロッテと一緒に読んだ本に、『月は常に存在してるが、光の当たり方で影が出来き、見える部分と見えない部分がある』と書いてあった。
 まるで、自分とシャルロッテの様だとハンスは思った。シャルロッテが光輝けば、自分は影になる。
 だが、自分が騎士として光輝けば、シャルロッテが影になる。もしかしたら、シャルロッテは出来てしまうがゆえに、無理をして祖父のように身体を壊してしまうかもしれない。

 いや、絶対に壊すだろう。ハンスは月を見ながら、涙を流しながら呟いた。

「光と影になってしまう関係ならば……今にうちに離れた方がいいかもしれない」

 これは自分のエゴかもしれない。
 ただの甘えかもしれない。
 だが、ハンスにはもう、シャルロッテと共の手を繋いで隣を歩くという未来は見れなかった。どちらかが、どちらかを犠牲にしてしまう関係ならいっそ、まだ傷のない今のうちに離れた方がお互いのためかもしれないと思えた。

 その日。ハンスはシャルロッテとの別れを決意したのだった。
 
☆==☆==

「ヘルマ嬢……私と結婚してほしいと言ったら、承諾してくれるだろうか?」

 それから数日後、試験が終わったタイミングでハンスはヘルマにプロポーズをした。本当はシャルロッテと話をした方がいいことはわかっていたが、ハンスにはその勇気がなかった。
 だからもう逃げられないように、先にヘルマにプロポーズをしたのだ。

「はい。もちろんです。ハンス様」

 ヘルマもハンスのプロポーズを受け入れた。
 その日の夜に、ホフマン伯爵の訃報がハンスの耳に入ったのだった。



☆==☆==



 ハンスは、自分の考えを両親に説明した後に、2人の顔を見つめながらはっきりと言った。

「シャルロッテとの婚約を解消させて下さい」

 ハンスの両親は、息が詰まりそうなほど驚き、声も上げられずに固まったのだった。





しおりを挟む
感想 253

あなたにおすすめの小説

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

【完結】お世話になりました

⚪︎
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

【完結】王妃を廃した、その後は……

かずきりり
恋愛
私にはもう何もない。何もかもなくなってしまった。 地位や名誉……権力でさえ。 否、最初からそんなものを欲していたわけではないのに……。 望んだものは、ただ一つ。 ――あの人からの愛。 ただ、それだけだったというのに……。 「ラウラ! お前を廃妃とする!」 国王陛下であるホセに、いきなり告げられた言葉。 隣には妹のパウラ。 お腹には子どもが居ると言う。 何一つ持たず王城から追い出された私は…… 静かな海へと身を沈める。 唯一愛したパウラを王妃の座に座らせたホセは…… そしてパウラは…… 最期に笑うのは……? それとも……救いは誰の手にもないのか *************************** こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。

【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした

凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】 いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。 婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。 貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。 例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。 私は貴方が生きてさえいれば それで良いと思っていたのです──。 【早速のホトラン入りありがとうございます!】 ※作者の脳内異世界のお話です。 ※小説家になろうにも同時掲載しています。 ※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)

最後の誕生日会

まるまる⭐️
恋愛
「お父様のことを……お願いね……」  母は亡くなる間際、まだ小さかった私の手を握り締めてそう言った。  それから8年……。  母の残したこの言葉は、まるで呪文のようにずっと私の心を縛り付けてきた。  でも、それももう限界だ。  ねぇ、お母様。  私……お父様を捨てて良いですか……?  ****** 宮廷貴族ゾールマン伯爵家の娘アイリスは、愛する母を病気で亡くして以来、父ヨーゼフと2人肩を寄せ合い暮らしてきた。 そんな日々が続いたある日、父ヨーゼフはいきなり宰相から筆頭補佐官への就任を命じられる。それは次の宰相への試金石とも言える重要な役職。日頃からの父の働きぶりが認められたことにアイリスは大きな喜びを感じるが、筆頭補佐官の仕事は激務。それ以来、アイリスが父と過ごす時間は激減してしまう。 そんなある日、父ヨーゼフは彼の秘書官だったメラニアを後妻に迎えると屋敷に突然連れて帰って来た。 「彼女にはお前と一つ違いの娘がいるんだ。喜べアイリス。お前に母と妹が一度に出来るんだ! これでもう寂しくはないだろう?」 父は満面の笑みを浮かべながらアイリスにそう告げるが……。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

処理中です...