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第五章 言えなかった言葉
39 泣ける場所
しおりを挟む「あ、お嬢~~こっちですよ~~~」
何も知らないエイドは、いつも通りに笑顔で私に手を振ってくれた。私は、エイドの姿を見つけた途端、もう、何もかもが我慢出来なかった。
「エイド~~~~!!」
私は、泣きながら、エイドに抱きついた。
「え? お嬢。どうして、泣いて……」
エイドは戸惑いながらも、私の髪を撫でてくれた。
「お嬢、深呼吸して、はい。大きく息を吸って~~吐いて~~~」
私はエイドの声に合わせて深呼吸をした。
「さて、どうしたんです? 突然、馬で迎えに来いだなんて、初めてでしょ?」
エイドは私の顔を覗き込みながら優し気に尋ねてくれた。私は、ゴクリと息を飲んだ後に、エイドに先程の話をした。
「うん、エイドごめんね。実は、私……婚約破棄されたの……」
エイドがまるでピシリと、石膏のように固まった。
そして、震える声を上げた。
「お、お、お嬢。今、婚約破棄って言いました?」
「ええ」
エイドが大きく目を開けて、ゴクリと息を飲み、怖いくらいに真剣な顔で言った。
「お嬢が……婚約破棄を……されたんですか?」
「……ええ」
すると、エイドが私から離れて、凄い勢いで、ホフマン伯爵家のドアを蹴り倒した。
ドカン!!!
ホフマン伯爵家の丈夫な扉は、エイドの蹴りで壊れてしまった。
「くぉらぁぁああああ!!!! クソガキがぁ!! 家のお嬢に何してくれてんだ?!」
エイドは我を忘れたように、指をポキポキと鳴らしながら、ホフマン伯爵家のエントランスで大声で叫んだ。すると、意外にもハンスの家の侍女や、執事は止めずもせずに、静かにエイドを見ていた。
私は、エイドに危害を加えられるのではないかと、ひやひやしていたが、皆は黙ってエイドを見ていた。
バタバタ。
すると、2階から、ハンスが降りて来た。エイドは、姿を現したハンスの胸倉を掴んだ。
よく見ると、ハンスのお母様や、護衛のビッチャムさんもいた。
私は、エイドが傷つかないように大声で叫んだ。
「エイド~~。ヤメテ!!」
だが、エイドは、ハンスの胸倉を掴んだまま、低い声を出した。誰かに止めに入られるかとも思ったが、誰一人動かない。護衛のビッチャムでさえ、この状況を黙って見ていた。
「おい、クソガキ。どういうことだ?! お嬢の何がいけねぇんだ?! お嬢がお前のために、どんだけ頑張ったか……知らねぇとは言わせねぇぞ?!」
エイドは、ハンスの胸倉を掴んだまま、怒りの形相で叫んでいた。
「シャルは……いや、シャルロッテ嬢は悪くない。私は騎士になる。だからこそ騎士家系の令嬢と結婚するというだけだ」
(あ……ハンスが私のことをシャルロッテ嬢と呼んだわ……)
『シャルロッテ嬢』私たちの婚約は破棄されたのだ。もう、シャルや、ハンスと親し気に呼び合う関係ではないのだ。覚悟はしていたはずだったが、実際にハンスにそう呼ばれると、胸が締め付けられた。でも、『ああ、本当に終わったんだ』とも実感できた。
「別の女の結婚だぁ? ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!! じゃあ、どうしてお嬢を7つの時から縛りつけたんだよ?!」
「それは……すまないと思っている」
「そんな……上辺だけの謝罪で、お嬢を!!!」
私は今にも手を上げそうなエイドの腕に優しく触れた。
「エイド……もういいわ」
「ですが、お嬢!!!」
悔しそうなエイドの元に走ってきたのは、ハンスのお母様だった。
「本当に……お詫びの言葉もないわ……シャルロッテには、今後誠心誠意謝罪をするつもりです。本当に、本当に申し訳ないことをしてしまったわ……」
ハンスのお母様はそう言いながら泣き崩れた。それを護衛のビッチャムが支えた。ハンスのお母様の涙に、エイドがゆっくりとハンスの胸倉を離した。
「エイド……帰りましょう」
私はエイドの手を取って言った。
「お嬢が……そう言うなら」
エイドは、私の繋いだ手をギュッと握り締めると立ち止まって、私をお姫様抱っこした。
「わぁ、突然どうしたの? エイド?」
「こんなところ、すぐに退散しましょう!! しっかり掴まって!! お嬢!!」
「ええ!!」
私はエイドの首に腕を回すと、落ちないようにエイドに抱きついた。そのまま、エイドはホフマン伯爵家のエントランスを私を抱いたまま走り去り、ひらりと馬に乗って、私たちは家に戻ったのだった。
家に帰る間中、エイドの腕はずっと震えていた。
☆==☆==
家に着き、馬を降りると、私はエイドに向かって笑顔を向けた。
「エイド……私のために、怒ってくれてありがとう。さぁ、みんなにもお話しなくちゃ」
私が、エイドに背を向けると、後ろから大きな腕に抱きしめられた。
「え?」
小さい頃は、私からエイドに抱きつくことはよくあったが、こんな風にエイドの方から抱きしめられたのは、初めてだった。
「俺の前で、無理に……笑うなよ……」
「エイド……」
また瞳に涙が溜まってきて、視界が歪んだ。
「俺なら、絶対に、お嬢を泣かせたりしない」
エイドの早い心臓の音を背中に感じる。でも、私の心臓も早くて、どっちの心臓の音だかわからなかった。
エイドに痛いくらいに抱きしめられて、私は安心と驚きと、心臓の痛みと、不思議な感覚に陥っていたのだった。
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