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第五章 言えなかった言葉
40 終わりは始まり
しおりを挟むエイドの腕の中は温かく、優しくて、私の目からはまた涙が溢れてきた。
「エイド……エイドぉ~~~」
私の前に回されたエイドの腕を両腕で抱え込んで泣いた。
「くっ!! お嬢!!」
エイドは、さらに腕に力を入れて、私を抱きしめてくれた。エイドの頬が耳に当たるとエイドの呼吸が聞こえる。ぴったりと隙間なく、くっついた背中にエイドの全身の体温を感じる。
居心地がいい。
私はこれまで、こんなにも居心地のいい場所に、必死でフタをして生きてきたことを思い出した。
ヒヒーン。カシャーン。
エイドの腕の中で泣いていると、馬車の音が聞こえた。
馬車を待機させるお客様だったら、厩の方に停める可能性もある。エイドは私からゆっくりと身体を離すと、馬車を確認して、眉間にシワを寄せた。
「あれは……ホフマン伯爵家の馬車」
そう言われて、ハンスのお父様が、家に話し合いに来ると言っていたことを思い出した。ホフマン伯爵家の馬車の方が、先に屋敷を出たはずなのに、どうやら、エイドが馬を飛ばしてくれたので、私の方が先についてしまったようだ。
「お嬢。どこかに行きますか?」
エイドが私の肩を抱き寄せて、不安そうな顔で言った。私はそんなエイドを見つめて、真剣な顔をした。
「いえ。私も同席します。そして、私がこの先どうなるのかを見極めるわ」
「お嬢……お嬢は本当に……いい女になりましたねぇ……」
私はエイドを見て微笑んだ。
「エイドのような、いい男に育てられたから…ね」
「あはは。そんな軽口が聞けるなら大丈夫。俺も同席します。いいですか? 気分が悪くなったり、泣きそうになったら俺に言って下さい。お嬢を抱いて、部屋を飛び出しますから」
私は、先ほど、ホフマン伯爵家から私を連れ出してくれたエイドを思い出して、思わずエイドに抱きついた。
「ええ。お願いね。エイド」
「はい」
こうして、私は、エイドに抱きしめてもらって、充分に心を落ち着けた後に、エイドと共に、ホフマン伯爵がいるであろうサロンに向かったのだった。
☆==☆==
サロンに向かうと、お父様とお母様が、ホフマン伯爵から『婚約破棄』を告げられたところだった。
そこに私とエイドも、同席させてもらった。
婚約破棄を告げられたお父様は顔面蒼白になり、お母様は怒りの表情を見せていた。
「伯爵!! どういうことですか?!」
お父様が、珍しく大きな声を上げた。
「愚息が……騎士になると言っています。騎士団長のご息女と結婚して騎士団での地位を固めたいと言っていました」
ホフマン伯爵がつらそうに説明してくれた。
確かにずっとハンスは、宝石よりも、乗馬や剣の方が得意だったし、好きだった。
私の両親もそのことは知っていたし、同時に心配もしていた。
「騎士に……」
「才能がおありでしたものね……」
私のお父様とお母様もハンスの才能を認めていたので『騎士になる』というハンスの決断に、驚きはなったようだった。そう、ハンスの才能はみんな認めていたのだ。でも、まさかその道を選ぶとは思わなかったのだ。
(本当にそう……?)
その時私の頭の中に、砂嵐と共に、ハンスの絶望した顔が映った。
(本当に思わなかった?)
またしてもハンスの絶望の顔が映った。
(あれは確か……)
もしかしたら、私は気づいていたかもしれない。
☆==☆==
ハンスの10歳の誕生日。その日をハンスはずっと楽しみにしていた。
なぜなら、普段は会えないハンスのお父様とお母様が、ハンスに会いにいらっしゃるからだ。
ところが……。
『ハンス様……。領主様と、奥方様は、仕事で来られなくなったそうです』
執事がつらそうな顔でハンスに両親が来られなくなったことを告げた。
『え……』
その時のハンスの絶望した顔は今でも忘れられない。
後日聞いたが、どうやらその日、ホフマン伯爵領内で、大量の宝石が採取されたらしい。そのせいで、ハンスのご両親は、領内を離れることが出来ずに、ハンスの誕生日を祝うことが出来なかった。
『ハンス……今日は私が家に帰らずに、一日一緒にいましょうか?』
私がそう言うと、いつも優しいハンスが激しい感情を見せた。
『ダメだよ!! シャルは、家でお父様やお母様が待っているだろう? 僕だけでいいんだ。こんな思いをするのは……僕だけでいいんだよ』
『ハンス……』
『シャル、僕は時々思うんだ。大好きなお父様にも、お母様にも会えないような、こんな家ならいっそのこと無くなった方がいいんじゃないかって』
『ハンス!! 何を言うの? ホフマン伯爵だっていてくれるでしょう?』
『おじい様は、僕より、シャルの方が大事だから……違うな。おじい様は、僕たちより、ホフマン伯爵家が大事なんだよ』
『そんなこと……』
私がハンスの手を握ると、ハンスは切なそうに私を見つめた。
『シャルには……わからないよ……』
次の日、ハンスのお母様だけ、王都に見えたが、酷くお疲れの様子で、ハンスは『無理に会いに来ないで下さい』と言って、ハンスのお母様に泣きついたのだった。
思えば、その日からハンスは自分のことを『僕』というのをやめ、乗馬や剣にのめり込んでいった気もする。
私は、いつでもホフマン伯爵が本当の祖父のように感じていたが、ハンスにとっては、幼い頃からハンスに乗馬や剣を教えてくれている、騎士団長と、その御子息様は、本当の父と兄のように感じていた存在なのかもしれないと思った。
『ハンスが騎士になる道を選んだ』
ホフマン伯爵の言葉を思い出し、最近のハンスの様子を思い出す。
ここ最近のハンスの話には、よく騎士団長やハンスの師であるフィル様の話がよく出ていた。ハンスがお2人の凄さを、まるで自分のことのように話すのを見て、ハンスはお2人のことが本当に好きなのだろうな……と思った。
それに剣の大会でも、フィル様はハンスのことをまるで、自分の身内のように真剣に応援していたし、ハンスが最近の乗馬や剣の大会で優勝した瞬間に、一番に視線を向けたのは、フィル様や騎士団長の方だった。
ハンスがそういう時に視線を向けるのは、ずっと私だったのに……。
(ハンスにとって、ずっとそばにいてくれたフィル様や、騎士団長は、お兄様やお父様のような存在だったのかもしれないわ。その方々と本当の家族になることを望んだのね)
私は、ハンスのその決断に不思議と納得してしまったのだった。
☆==☆==
――シャルロッテが婚約破棄を言い渡される前日の夜。王宮内の一室にて――
コンコンコンコン。
部屋でくつろぐサフィールの元に、側近が書類と共に現れた。
「サフィール殿下。先程ホフマン伯爵より、陛下へ面会申し入れがございまして……興味深い内容だったのでお持ち致しました」
「見せて?」
サフィールは書類を読むと、ニヤリと獲物を見つけた肉食獣のように口の端を上げた後に、大声で笑い出した。
「あはは!! そろそろ手出した方がいいかな~って思ってたのに……。まさか、向こうから勝手に壊れてくれるなんて、ふふふ。あはははは!! しかもあの子は無傷!! あははは!! ほんとっうに~~最高の展開だな~~~~♡ ホフマン伯爵子息……ぷっはは!! 他にやりようはあっただろうに……あははは!! 本当にバカだな~~。よりにもよって、自分からあの子を手放すなんて。あははは!! ま、手間は省けたけど……あははは!! さ~てと♪ 忙しくなるぞっと~~♡」
サフィールは、ペンを取ると、紙にサラサラと文字を書いて、側近に手渡した。
「これ、父上にお渡しして♡『私も同席します♡』って伝えてね♪」
側近が頭を抱えた。
「サフィール殿下……あまり、陛下を困らせないで下さいよ?」
「父上を困らせるぅ~~? ふふふ。心外だなぁ~~。私はこの国の王子だよ? 国益、国益♪ あははは!!」
サフィールが嬉しそうに答えたのを見て、側近は思わず頭を抱えた。
「本当に大丈夫だよ♪ ただ……ずっと好きな子の前で猫をたっくさん被って、我慢してる男を解放しようと思ってるだけさ♡ 檻が消えた獅子が、どう動くのか……くっくっくっ!! 準備はほとんど出来てるし~~~♡♡ まぁ、悪いようにはならないさ、この国にとってはね♪」
サフィールは月を見上げた。
今日の月は、半分より少しだけ光る部分が多く見える月だった。
サフィールはそんな月を見上げてまたニヤリと笑った。
「光が眩し過ぎて、恐怖で手放した男か……くっくっく。さぁ、光の当たらない部分を必死で磨いた男がこれからどうするのか……本当に楽しみ……だっねぇ~~♡」
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