好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番

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第五章 言えなかった言葉

41 張り詰めていた糸

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「話はわかりました」

 お父様は、ゆっくりと顔を上げてホフマン伯爵を見た。
   私としては、ホフマン伯爵の提示された条件を見て、ここまでにしてもらうことに違和感を持った。

 すでに私は、ホフマン伯爵家とは関係のない人間だ。それなのに、学費に、慰謝料に迷惑料だなんて……。私はこの手厚さが重荷に感じた。

(でも、学費を出して頂いたり、迷惑料を頂く方が、お父様たちにとってはいいんだわ。今回の婚約破棄の件で、お父様と、お母様にはご迷惑をおかけしてしまったし……)

 私が俯いていると、お父様が背筋を正して、ハッキリとした口調で言った。 

「婚約破棄と始めに聞かされた時には、異議もございましたが……。よくよく考えてみると、ホフマン伯爵のおかげで、我が領は潤い、娘のシャルロッテは、あの貴族学院のSクラスで、しかも、生徒代表という貴族にとって生涯の名誉になる称号を頂くことが出来ました。これについては深く感謝しています。
 それに……。家の者がホフマン伯爵の扉を壊したという報告も受けていますので、お支払い頂くのは、王国で定められている、慰謝料だけで結構です」

「しかし!! せめてお約束のシャルロッテ嬢の学費くらいは……」

 ホフマン伯爵が大きな声を出した。

「ホフマン伯爵。正直に言います。どうか、不敬をお許し下さい」

「もちろん、おしゃって頂いて構いません」

「では……伯爵。私たちは娘を『捨てた家』にこれ以上、大切な娘を関わらせたくはないのです。
 学費を払うという繋がりさえ、私たちのとっては、関わりなのです。
 どうか、もう、娘をそっとしておいて下さい。陛下へのお目通りに同席致します。そこまでが、わがウェーバー子爵家の義務でしょうから……しかし、願わくは……今後一切、私たちへの接触を遠慮して頂きたい。これは、どうぞ、ホフマン伯爵の御子息様へも徹底させるようにお伝え下さい。それが、私たちのこの婚約破棄を受け入れる最大の条件です」

 お父様の真剣な表情に、ホフマン伯爵は、御自分の執事に向かって手を出した。

「書類を変更する、用意を」

「畏まりました」

 そのまま、ホフマン伯爵は、お父様の言われた通りの書類を作り直して、御自分のサインをされた。
 そして、それを、お父様に差し出した。

「拝見いたします」

 お父様は、何度も書類を確認して、書類をテーブルに置いた。

「どうぞ、『ホフマン伯爵家からの、今後一切の接触を禁止する』という一文、くれぐれも、御子息様にお伝えの上、徹底させて下さい」

「徹底致します」

 お父様はその返事を聞いた後に、書類にサインをした。

「確かに。それでは、ホフマン伯爵、王宮へ向かいましょう」

「ウェーバー子爵、感謝します」

 ホフマン伯爵が頭を下げると、ホフマン伯爵は、エマに誘導されて、部屋を出て行った。
 すると、お父様はエイドを見て困ったように言った。

「エイド、馬車を頼むよ。ついでに私の付き添いもね」

 そう言われてエイドは、不安そうな瞳で私を見た。きっと婚約破棄をされたばかりで情緒不安定な私と離れるのが不安だったかもしれない。私は、エイドを見上げて力強く言った。

「エイド、お父様をよろしくね」

 するとエイドが大きく頷いた。

「旦那様、戦闘服に着替えて来ます。少々お待ちを!!」

 そう言って、エイドは着替えに向かった。きっと執事服に着替えに行ったのだのだろう。
 部屋の中には、お父様とお母様と3人になった。

「シャル!! ああ、つらかったわね。大体、こういう場合、あちらの御子息が謝罪に見えるのが普通じゃなくて?! どうして、あちらの家で、シャルだけに告げたの?! 配慮がないわ!!」

 お母様が、私を抱きしめてくれた。すると、お父様が、処分するために取り出した婚約誓約証をヒラヒラと見せながら言った。

「それは、『婚約条件の変更等は、ホフマン伯爵家でホフマン伯爵立ち合いの元に行うこと』この一文じゃないかな? 今回はこの婚約条件の変更の項目に引っかったのだろう」

「はぁ~。つまり、この婚約自体、シャルを全く信用していない婚約だったってことね!! ああ~~本当に腹が立つわ!!」

 お母様が、歯ぎしりをしながら言った。

「元々、7歳の子供に対する契約だったんだ。そんな物だよ。子供は気まぐれだ」

 お父様が、切なそうに書類を見ながら呟いた。するとお母様も途端に涙ぐんだ。

「そうね……7歳。こんなことになるのなら、止めればよかったわね」

 この婚約を止める?
 もし、過去をやり直すとしたら?
 私は、真剣に考えた。

 初めて、ハンスに会った時、私は間違いなくハンスを好きだと思った。
 もしかしたら、やり直しても、今度はハンスに気に入られようと別の努力をしただけな気もする。

 だって、ハンスは今日までずっと、ずっと私に優しかったのだ。
 私だって、ずっとハンスが好きだった。きっとまだ、好きだと思う。

 それに、今は亡きホフマン伯爵が紹介してくれた家庭教師の先生はどの方も、楽しい授業をされる素晴らしい先生だったし、宝石の勉強だって、楽しかった。

 ハンスとの婚約のおかげで、最近の食卓は昔に比べるとずっと豪華になったし、領地も潤い、領民も喜んでいるし、エイドとエマの勉強のために、たくさんの本を買うこともできた。

 しかも、私はSクラスに入れて、充実した学院生活を送っているし、可愛い弟にも会えた。後にお父様とお母様にお聞きしたが、もし、私がハンスの婚約者にならなければ、金銭面も事情もあるので、弟には会えなかった可能性もある。あんな可愛い弟に会えなかったかったかもしれないなんて、考えられない。

 そうだ。
 結果的に婚約破棄をされてしまったが、私はホフマン伯爵家から多くの幸福を貰ったのだ。
 私はお母様を見上げて言った。

「いえ、きっと私は、過去に戻っても同じ選択をするわ。お父様と、お母様にはご迷惑をかけて申し訳なかったけど……」

 そういうと、お母様に抱きしめられた。

「旦那様~~~。シャルがいい子過ぎるわ!! シャルは本当に私たちの誇りよ、自慢よ!! 迷惑なんて!! 全くかけられていないわ!!」

「そうだとも!! シャル!! 迷惑なものか!! これまでよく頑張ったね、シャル」

 お父様にも、お母様ごと抱きしめられた。

「う、うう。お父様~~お母様~~~」

 その後、私はまるで小さな子供のように泣いて、泣いて、泣いて……まるで、ピンと張り詰めていた糸が切れたように泣き続けたのだった。



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