42 / 95
第五章 言えなかった言葉
41 張り詰めていた糸
しおりを挟む「話はわかりました」
お父様は、ゆっくりと顔を上げてホフマン伯爵を見た。
私としては、ホフマン伯爵の提示された条件を見て、ここまでにしてもらうことに違和感を持った。
すでに私は、ホフマン伯爵家とは関係のない人間だ。それなのに、学費に、慰謝料に迷惑料だなんて……。私はこの手厚さが重荷に感じた。
(でも、学費を出して頂いたり、迷惑料を頂く方が、お父様たちにとってはいいんだわ。今回の婚約破棄の件で、お父様と、お母様にはご迷惑をおかけしてしまったし……)
私が俯いていると、お父様が背筋を正して、ハッキリとした口調で言った。
「婚約破棄と始めに聞かされた時には、異議もございましたが……。よくよく考えてみると、ホフマン伯爵のおかげで、我が領は潤い、娘のシャルロッテは、あの貴族学院のSクラスで、しかも、生徒代表という貴族にとって生涯の名誉になる称号を頂くことが出来ました。これについては深く感謝しています。
それに……。家の者がホフマン伯爵の扉を壊したという報告も受けていますので、お支払い頂くのは、王国で定められている、慰謝料だけで結構です」
「しかし!! せめてお約束のシャルロッテ嬢の学費くらいは……」
ホフマン伯爵が大きな声を出した。
「ホフマン伯爵。正直に言います。どうか、不敬をお許し下さい」
「もちろん、おしゃって頂いて構いません」
「では……伯爵。私たちは娘を『捨てた家』にこれ以上、大切な娘を関わらせたくはないのです。
学費を払うという繋がりさえ、私たちのとっては、関わりなのです。
どうか、もう、娘をそっとしておいて下さい。陛下へのお目通りに同席致します。そこまでが、わがウェーバー子爵家の義務でしょうから……しかし、願わくは……今後一切、私たちへの接触を遠慮して頂きたい。これは、どうぞ、ホフマン伯爵の御子息様へも徹底させるようにお伝え下さい。それが、私たちのこの婚約破棄を受け入れる最大の条件です」
お父様の真剣な表情に、ホフマン伯爵は、御自分の執事に向かって手を出した。
「書類を変更する、用意を」
「畏まりました」
そのまま、ホフマン伯爵は、お父様の言われた通りの書類を作り直して、御自分のサインをされた。
そして、それを、お父様に差し出した。
「拝見いたします」
お父様は、何度も書類を確認して、書類をテーブルに置いた。
「どうぞ、『ホフマン伯爵家からの、今後一切の接触を禁止する』という一文、くれぐれも、御子息様にお伝えの上、徹底させて下さい」
「徹底致します」
お父様はその返事を聞いた後に、書類にサインをした。
「確かに。それでは、ホフマン伯爵、王宮へ向かいましょう」
「ウェーバー子爵、感謝します」
ホフマン伯爵が頭を下げると、ホフマン伯爵は、エマに誘導されて、部屋を出て行った。
すると、お父様はエイドを見て困ったように言った。
「エイド、馬車を頼むよ。ついでに私の付き添いもね」
そう言われてエイドは、不安そうな瞳で私を見た。きっと婚約破棄をされたばかりで情緒不安定な私と離れるのが不安だったかもしれない。私は、エイドを見上げて力強く言った。
「エイド、お父様をよろしくね」
するとエイドが大きく頷いた。
「旦那様、戦闘服に着替えて来ます。少々お待ちを!!」
そう言って、エイドは着替えに向かった。きっと執事服に着替えに行ったのだのだろう。
部屋の中には、お父様とお母様と3人になった。
「シャル!! ああ、つらかったわね。大体、こういう場合、あちらの御子息が謝罪に見えるのが普通じゃなくて?! どうして、あちらの家で、シャルだけに告げたの?! 配慮がないわ!!」
お母様が、私を抱きしめてくれた。すると、お父様が、処分するために取り出した婚約誓約証をヒラヒラと見せながら言った。
「それは、『婚約条件の変更等は、ホフマン伯爵家でホフマン伯爵立ち合いの元に行うこと』この一文じゃないかな? 今回はこの婚約条件の変更の項目に引っかったのだろう」
「はぁ~。つまり、この婚約自体、シャルを全く信用していない婚約だったってことね!! ああ~~本当に腹が立つわ!!」
お母様が、歯ぎしりをしながら言った。
「元々、7歳の子供に対する契約だったんだ。そんな物だよ。子供は気まぐれだ」
お父様が、切なそうに書類を見ながら呟いた。するとお母様も途端に涙ぐんだ。
「そうね……7歳。こんなことになるのなら、止めればよかったわね」
この婚約を止める?
もし、過去をやり直すとしたら?
私は、真剣に考えた。
初めて、ハンスに会った時、私は間違いなくハンスを好きだと思った。
もしかしたら、やり直しても、今度はハンスに気に入られようと別の努力をしただけな気もする。
だって、ハンスは今日までずっと、ずっと私に優しかったのだ。
私だって、ずっとハンスが好きだった。きっとまだ、好きだと思う。
それに、今は亡きホフマン伯爵が紹介してくれた家庭教師の先生はどの方も、楽しい授業をされる素晴らしい先生だったし、宝石の勉強だって、楽しかった。
ハンスとの婚約のおかげで、最近の食卓は昔に比べるとずっと豪華になったし、領地も潤い、領民も喜んでいるし、エイドとエマの勉強のために、たくさんの本を買うこともできた。
しかも、私はSクラスに入れて、充実した学院生活を送っているし、可愛い弟にも会えた。後にお父様とお母様にお聞きしたが、もし、私がハンスの婚約者にならなければ、金銭面も事情もあるので、弟には会えなかった可能性もある。あんな可愛い弟に会えなかったかったかもしれないなんて、考えられない。
そうだ。
結果的に婚約破棄をされてしまったが、私はホフマン伯爵家から多くの幸福を貰ったのだ。
私はお母様を見上げて言った。
「いえ、きっと私は、過去に戻っても同じ選択をするわ。お父様と、お母様にはご迷惑をかけて申し訳なかったけど……」
そういうと、お母様に抱きしめられた。
「旦那様~~~。シャルがいい子過ぎるわ!! シャルは本当に私たちの誇りよ、自慢よ!! 迷惑なんて!! 全くかけられていないわ!!」
「そうだとも!! シャル!! 迷惑なものか!! これまでよく頑張ったね、シャル」
お父様にも、お母様ごと抱きしめられた。
「う、うう。お父様~~お母様~~~」
その後、私はまるで小さな子供のように泣いて、泣いて、泣いて……まるで、ピンと張り詰めていた糸が切れたように泣き続けたのだった。
288
あなたにおすすめの小説
私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません
藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は
愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。
夫が愛人を持つことも、
その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。
けれど――
跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。
その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。
私は悟ったのだ。
この家では、息子を守れないと。
元々、実家との間には
「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。
ならば話は簡単だ。
役目を終えた私は、離縁を選ぶ。
息子と共に、この家を去るだけ。
後悔しているようですが――
もう、私の知るところではありません。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい
木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」
私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。
アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。
これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。
だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。
もういい加減、妹から離れたい。
そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。
だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
言いたいことはそれだけですか。では始めましょう
井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。
その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。
頭がお花畑の方々の発言が続きます。
すると、なぜが、私の名前が……
もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。
ついでに、独立宣言もしちゃいました。
主人公、めちゃくちゃ口悪いです。
成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。
婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね
ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。
失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。
王命により、婚約破棄されました。
緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる