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第五章 言えなかった言葉
42 新しく開いた未来(1)
しおりを挟むウェーバー子爵と、エイドは、共に王宮に向かうために馬車に乗っていた。
「旦那様。折角個室タイプの馬車を買ったのですから、御者席ではなく、中に乗ればいいのでは?」
エイドは、自分と一緒に御者席に座る、ウェーバー子爵に向かって言った。
最近、事業が上手く行ったこともあり、長距離にも耐えられるようにと、一般的な貴族が所有している箱馬車を購入した。それにも関わらず、ウェーバー子爵は、御者台のエイドの隣に座っていた。
「エイド……無理だ。風に当たり、景色でも見なければ、精神が持たない。大体、信じられるか? 娘が突然、婚約破棄をされたと思ったら、陛下への謁見だ。陛下に拝謁したのなんて、前国王陛下が崩御された後の、戴冠式以来なんだよ?! あの時だって陛下は、豆粒くらい遠くで、ほとんどお会いしたことなんてない方なんだ。それを……このタイミングで謁見……うっ……胃が……」
ウェーバー子爵は、胃を押さえながら言った。
「大丈夫ですか? でも、そうですね~~今日は厄日なんですかねぇ~~」
エイドも溜息をつきながら言った。
「ああ、確実に厄日だ。もしかしたら、我が家にとって、ここ数年で一番大きな災厄の日なのかもしれない」
「まぁ、人間、どん底を経験したら、後は上がるしかないと言いますし。後は上がるだけですって。旦那様。こうなったら、うなぎ上りで行きましょう!!」
エイドは、ウェーバー子爵をなだめながら言った。
「はぁ~~エイド。こんな風に、励ましてくれてありがとう。妻もエマも相当怒っているから……妻は、眉間に青筋を立てているし、エマなど、グラスを3つも握り潰していた……」
「あ、旦那様、エマが握り潰したグラスは5つです」
「そうなのか?! では、新しい物を用意する必要があるな。だが、エイドが思いの他、冷静で助かった」
「そんなことは、ありません。俺だってうっかり、怒りでホフマン伯爵家の高そうなドア、破壊してしまいましたし」
「ふっ、そうだったな。だが、そんなに怒っていたのに、エイドがホフマン伯爵家の子息に手を上げなかったことが奇跡だな」
ウェーバー子爵が困ったように笑った。するとエイドがどこか遠くを見つめながら言った。
「俺も、いい加減大人ですし……それに……なんていうか……あの伯爵家の坊ちゃん……あいつの顔みたら、まるで壊れた人形みたいな死んだような目をしてて……お嬢が、あんな男に、嫁がなくてよかったと、少しほっとしたんです」
それを聞いたウェーバー子爵も呟いた。
「人形……か……」
「はい……あ、旦那様。そろそろ王宮ですよ。さて、そろそろ貴族の仮面被ってくださいよ」
「わかってるよ。あ~~胃が痛い」
こうして、2人は無事に王宮に到着したのだった。
☆==☆==
王宮に着いた2人は豪華な部屋でしばらく待った後に、広い部屋に通された。
部屋の中には、ホフマン伯爵と、なぜかランゲ侯爵がいらっしゃった。
「これは、ウェーバー子爵殿、いつも子供たちがお世話になっております」
ランゲ侯爵が親し気に、ウェーバー子爵に話しかけたが、子爵は、会ったこともなく戸惑っていた。するとエイドが小声で呟いた。
「旦那様、お嬢のご友人の、エカテリーナ様とゲオルグ殿のお父様です」
エイドの言葉を聞いて、子爵がランゲ侯爵に近づいて手を差し出した。
「こちらこそ……お2人には、いつも娘がお世話になっております」
なぜここに、ランゲ侯爵がいらっしゃるのか?
ウェーバー子爵が首を傾けたが理由は、わからなかった。
「とりあえず、お座り下さい。そろそろ陛下もお見えになります」
「はい」
ウェーバー子爵は心の中で泣きそうになっていた。
一体これは、どういう集まりなのだろう?
婚約破棄というのは、これほど大掛かりなものなのだろうか?
自分は、妻と縁談で結婚したが、おかげで夫婦仲もよく、円満に暮らしているので、よくわからない。
ホフマン伯爵から『婚約破棄について、陛下に呼ばれているので同席してほしい』と言われた。
陛下に呼ばれて断れる貴族などいない。
子爵が汗を拭きながら、陛下を待っていると、ようやく陛下が現れた。どうやら、陛下だけではなく、サフィール王子殿下もご一緒のようだった。
陛下が椅子に座られると、隣にサフィール王子も座られた。
「ホフマン伯爵家の件は、宝石事業が絡んでいるゆえ、突然だったが、皆に集まって貰った。前ホフマン伯爵は、ウェーバー子爵令嬢の宝石の仕分け手腕を随分と評価していた。私も、その令嬢が仕分けに携わるということで、継続の許可を出していたのだ。だが……婚約破棄となると話は変わってくる」
(え?)
子爵は驚いて、ホフマン伯爵を見たが、伯爵はもっと驚いた顔で陛下の方を見ていた。
「そこでだ。サフィール先程の話を」
「御意。皆様。国益を考えると宝石の仕分けを、王家の許可のない者に任せるわけにはいきません。ですが、王家が直接管理するのも、争いの火種になるので出来ない。そこで、これまではホフマン伯爵家に委託していたこの事業を、今後はランゲ侯爵家に移行したい」
全員が息を飲んだ後に、ランゲ侯爵が小さく笑いながら言った。
「つまり、我がランゲ侯爵家に、ウェーバー子爵令嬢の後見人になれと?」
「侯爵は、話が早くて助かる」
サフィール王子殿下が、ランゲ侯爵の言葉を肯定するように言った。すると、慌てた様子でホフマン伯爵が声を上げた。
「お待ちください、サフィール王子殿下。我がホフマン伯爵家のハンス・ホフマンも同等の業務ができると許可を受けております」
するとサフィールが無表情で言った。
「ホフマン伯爵、それはあくまで、ウェーバー子爵令嬢が補佐しての話だ。騎士を目指す者が、彼女がいないの状態での仕分けの継続など、話にならない。それとも、伯爵は婚約破棄をした令嬢を、このままホフマン伯爵家に置くとでもいうのかな?」
「それは……」
ホフマン伯爵が言葉を失うと、サフィールはウェーバー子爵の方を見て言った。
「この場合。本来でしたら、ウェーバー子爵の家に委託になるわけですが、ウェーバー子爵令嬢の家では、宝石を守れない。それで、ウェーバー子爵令嬢には、ランゲ侯爵を後見人に迎えて、宝石の仕分け作業を継いで頂きたい」
「ウェーバー子爵令嬢は聡明で、素晴らしい女性だ。そんな方の後見人など、こちらには、断る理由は一切ありませんな」
それを聞いたランゲ侯爵は「うんうん」と頷いた。
だが、ウェーバー子爵の顔色は真っ青だった。
実は、ウェーバー子爵は、ホフマン伯爵や、シャルロッテから『宝石の勉強』をするとは聞いていたが、結婚するための花嫁修業のような物なのだろうと、どこかのんびりと構えていた。
それが、まさか、娘にこの国の宝石の行方が全て委ねられるような重要な勉強をしていたことなど想像もしていなかった。
婚約破棄したばかりの娘をまたしてもどこかの家に預けるというのは、本心では遠慮したい。
だが、そんな重大な仕事を我が家に持ち込まれてもどうしようもない。
それに、前ホフマン伯爵亡き今、その仕事が出来るのは、もはや、シャルロッテただ1人。
ウェーバー子爵は思わず胃を押さえたのだった。
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