好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番

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第六章 選ばれた新たな未来

51 空っぽな想い

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 その日のお昼は、午前の実習が長引いてしまって、エカテリーナと昼食を食べることが出来なかった。

 私が本を片付けていると、クラスメイトの声が聞こえてきた。

「今日の昼、遅くなったな、どうする?」

「俺、学院が終わったら、弓の訓練があるんだ。食べなきゃもたない」

「私も一緒に行ってもいい? 今日はお兄様と一緒に食べられなかったんだけど、私もお昼は食べようと思って」

「もちろん」

「あ~~~俺も行く」

「私もご一緒しますわ」

 クラスメイトたちは、楽しそうに、教室を出て行った。

 Sクラスは人数が少ないので、皆、仲がいい。
 ただ、私はこれまで不必要に、男性に近づかないようにしていたので、女子生徒とは話はしているが、男子生徒とは、ほとんど話をしたことがなかった。だから、みんなのように気軽に輪に入ることが出来なかった。

 私はみんなの後ろ姿を見送りながら、溜息をついた。

 今日の午後は、実習のまとめだけなので、少しゆっくりとできる。

 だからもし、お昼を食べるとしてもゆっくりと食べることができる。
 だが、こんな時間に食堂に行っても、私のクラスメイトしかいない。
 みんなは、とても優しい方々なので、私が一人だったら、誘ってくれるかもしれない。

――でも、今は、知らない誰かと交流をするほど、心が回復していなかった。

(もう、食べない方がいいかしら?)

 お昼は、図書室で本でも読もうかと、考えていると、ゲオルグに声をかけられた。

「そんな難しい顔をして、どうした? 先程の実習に、疑問点でも残っているのか?」

「いえ、ただ……こんな時間だし、お昼は食べずに図書室にでも行こうかと思ったの」

 ゲオルグは、困った顔をした後に言った。

「ここ数日、あまり食べてなかったのだろう? 顔色があまりよくない。食欲はないかもしれないが、全く食べないのも体力が戻らない。……シャルロッテ。私と庭で食べないか? 丁度、昼食の量を少し減らそうかと、考えていたところだ」

 ゲオルグは、食堂であまり食べずに、お弁当を持参して、Sクラス専用の庭で食べているらしい。
 らしいというのは、ゲオルグとこれまで一緒に食事をしたことがないので、エカテリーナから聞いたのだ。

「有難いけど……」

 断ろうとして、私は口を閉じた。私はもう、ハンスの婚約者ではないのだ。
 つい、何も考えず、条件反射で友人からの誘いを断ってしまって、少し切なくなった後、ゲオルグに対して申し訳なくなった。

「迷惑か?」

 ゲオルグの言葉に、私は「そんなことない」と首を振った。

 これまでは、ハンスの婚約者として振舞っていた。決して間違いが起こらないないように。
 ハンスに迷惑が掛からないように。
 だが、もうそんな努力も必要ないのだ。

 だって……。

 ――私はもう、ハンスの婚約者ではないのだから。
 
(もう、ハンスとは……関係ないのよ……ね……)

 私は、沈んだ心を誤魔化すように笑顔で顔を上げた。

「ゲオルグ……一緒に頂くわ」

「ああ」

 私は、お昼をゲオルグと一緒に食べるためにゲオルグの隣を歩き出したのだった。

☆==☆==

 ゲオルグと一緒に歩きながらも、未だにハンス以外の男性と2人になるのは、罪悪感のようなものを感じた。
 生徒代表の時は、必ず、私たち以外にも誰かが一緒にいた。
 だから、完全に、ゲオルグと2人きりになるのは、初めてだったのだ。

 ゲオルグに案内されたのは、風のよく通る、木陰のベンチだった。

「ここは、いいところね」

 私が思わず風を感じて、目を閉じると、ゲオルグが小さく笑った。

「だろ? ほら、隣どうぞ」

「ありがとう」

 ゲオルグに促されて、人が一人座れるくらいの間隔を開けて、ゲオルグの隣に座った。
 エカテリーナとはもう少しくっついて座るし、ハンスともくっついて座っていたが、他の人との距離間が全くわからなかった。

 ゲオルグは、少し眉を下げた後に、お弁当を開いて、差し出した。

「好きな物を選んでくれ」

「え? 私は、残った物でいいわ。ゲオルグが好きな物を選んで!」

 ゲオルグは、少し悩んだ後に、胸についていた校章を取って、手のひらに乗せた。
 そして、両手を後ろ手に組んで、閉じた拳を私の目の前に差し出した。
 その後、私を見て、まるでこれからチェスを始めるかのような口調で言った。

「シャルロッテ、これは真剣勝負だ。表か、裏か。勝った方が好きなサンドウィッチを選ぶ」

  私は、一瞬、なぜ突然、ゲオルグがそんなことをいいだしたのかわからなくて、唖然とした。
 そして、幼い頃、ゲオルグと『チェスが強くなるにはどうすればいいか』を考えていた時期のことを思い出した。
 その時、ゲオルグがよく言っていた。

『例え、身分の違いがあったとしても、真剣勝負をすると決めたら、身分も年齢も性別も関係なく、対等なんだ』

 きっと遠慮している私が、自由に好きな物を選べるように配慮してくれたのだろう。
 ゲオルグの心遣いが嬉しくて、思わず笑いそうになったが、すぐに真剣な顔をして答えた。

「いいわ。勝負よ、ゲオルグ。私は表」

 普段の私なら、不用意に何かを選択しなければならないような、リスクを伴う勝負は受けない。
 だが、これは、ゲオルグの精一杯の優しさだと思えて、受けることにしたのだ。

 ゲオルグがゆっくりと手を開いた。
 校章は表を向いていた。

「シャルロッテの勝ちだ。さぁ、好きなサンドウィッチを選んでくれ」

 負けたというのに、ゲオルグはとても嬉しそうだった。そんな笑顔を見て、やはり、私に好きな物を選ばせるための気遣いだったのだ、と確信した。ゲオルグの優しさが、嬉しくて、泣きそうになるのをこらえて、笑顔で言った。

「ありがとう、じゃあ、これを頂くわ」

 私は、美味しそうな野菜のたっぷり入ったサンドウィッチを選んだ。すると、ゲオルグもサンドウィッチを選んで、口に入れた。それを見て、私も自分のサンドウィッチに視線を向けて、パクリと頬張った。

「美味しい……」

「そうか、よかった」

 ゲオルグがほっとしたように言った。
 なんだか、その顔を見て、胸がぎゅっと、収縮したような気がした。

 それから、私とゲオルグは無言でサンドウィッチを食べた。
 だが、それが泣きたくなるほど安心した。
 

――不思議だった。

 私は、7歳の頃から『もう一生、ハンス以外の男性の隣に座ることなどない』と思っていたのだ。
 それなのに、私は、たった今、ゲオルグと2人で並んで座っている。
 しかも、私はこの状況を自然に受け入れていた。

「本当に美味しいわ……。ありがとう、ゲオルグ」

「気にするな、だが……気に入ったのならよかった」

 ゲオルグは、小さく笑うと、食事を再開したのだった。


 ☆==☆==


 2人とも食事が終わっても、何かを話をするわけでもなく、のんびりと風が吹くの感じていた。
 エマや、エイドとなら、こんな風にのんびりと、心が軽くなる時間を過ごしたことがある。
 だが……そんな時間を、ゲオルグと一緒に過ごせると思わなくて、私はただ『不思議だ』と思っていた。

 そんな時、ふと、ゲオルグが呟いた。

「まだ……好きなのか?」

「え?」

 私が、ゲオルグを見ると、切なくて、苦しそうな顔をしていた。
 そんなつらそうなゲオルグを見ていられなくて、私は視線を地面に向けた。

 ――きっと、ゲオルグが『まだ好きなのか?』と聞いている相手は、ハンスのことだろう。

 好きなのか?

 その、問いかけに、私は誠実に、ありのままを答えることにした。

「つい数日前まで、私は『ハンスのことが好き』だと想って生きてきたの。もう何年も……。きっと、ハンスも自分と同じ気持ちだと思ってた……。
 でもね、婚約破棄をされた時。ハンスの顔を見て、きっとハンスは私のことが『好きではなかったんだ』と感じたの。
 ゲオルグ……。呆れないで聞いてね。――私にはもう『好き』って何かが……わからないの。
 これまで自分が『好き』だと感じていた想いまで疑ってしまって……心の中に……大きな穴がが空いたように感じるの。……心が空っぽって言えばいいのかな……」

 私は地面から、顔を上げながらあやまった。

「だから、ごめんね、その質問には答えられない……どうしたの?」

 顔を上げて、ゲオルグを見ると、ゲオルグが涙を流していた。

(ああ、ゲオルグは、私のために泣いてくれてる)

 私は、直感でそう思った。そう思うくらい、ゲオルグの涙は温かく感じた。
 ゲオルグと私の間を風が通り過ぎて行った。

「その……空っぽな心を、少しずつでも、埋める手助けがしたい……そして、いつか……『そんなこともあった』と想い出話に……」

 ゲオルグが私のために泣いてくれる。
 私の涙は、すでに昨日までに枯れ果ててしまったと思ったのに、私まで涙が溢れてきた。

 胸のあたりに少しずつ、温かい何かが流れ込んでくるような感覚だった。 

「……ありがとう、ゲオルグ」

 私は、そう、静かに呟いたのだった。
 


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