好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番

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第八章 開花する才能

68 初仕事(1)

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「お嬢様~~エイドの準備が、出来ましたよ~~」

「すぐに行くわ!!」

 私は、エマに呼ばれてエイドの部屋に急いだ。
 昨夜。エイドは、夜遅くにイーグルさんのお店で、一着だけ秘書用の服を受け取って帰って来たのだ。すぐにエイドが新しい服を着ているところが見たかったが、エイドはとても疲れていたので『明日、見よう』とみんな、ワクワクしながら今日を待ったのだ。

「お姉様~~こっち、こっち、エイド、凄くカッコイイよ~~!!」

 シャロンがエイドの部屋から顔を出して、興奮したように言った。

「シャル~~、エイドったら、素敵よ~~、早くいらっしゃ~~い」

 お母様も、シャロンと一緒に顔を出しながら、はしゃいでいた。

「すぐに行くわ~~」

 私も急いで、エイドの部屋に入った。
 エイドは丁度お父様に、タイやカフスなどの付け方を習っていた。

「旦那様、お手数おかけして、すみません」

「何を言ってるんだ……いや~~エイド、見違えたな~~。立派な青年に育ってくれて、私は嬉しい」

 お父様が涙ぐんでいるのは見えたが、肝心のエイドは、背中を向けていて見えなかった。
 早く見たい!!

「エイド!! こっち向いて、お嬢様がお見えよ」

 エマが、私のソワソワした様子を察して、エイドに声をかけてくれた。

「あ、悪い」

 エイドは、すぐに振り向いてくれた。
 いつも下ろしている髪を上げると、エイドの綺麗な青みがかった緑の瞳がよく見えた。
 今日の服は、深い夜空のような色で、エイドの知的さをより一層引き立てていた。
 エイドはいつもカッコイイ。それは間違いない。しかも、私は生まれた時からエイドと一緒にいる。だからこれは、俗に言う『身内の欲目』というものかもしれない。
 それであったとしても……。

「エイド……素敵……」

 たくさん言いたいことは、あったのに、私の口からは、こんな平凡な言葉しか出てこなかった。
 すると、エイドが少しだけ、顔を赤くして困ったように笑った。

「お褒め頂き光栄です。シャ、シャルロッテ様」

 シャルロッテ様?!
 エイドに名前を呼ばれたのは、いつぶりだろうか?!
 いつもエイドは、私のことを『お嬢』と呼んでいる。
 そんなエイドに、名前を呼ばれて、私は顔に熱が集まるのを感じた。

「どうしたんです?」

 エイドが、心配そうに近づいて来たので、思わず私は顔をそらして、一歩下がってしまった。

「え……」

 エイドの悲しそうな声が聞こえて、急いで顔をあげると、エイドは、まるで泣きそうな顔で私を見ていた。
 もしかしたら、私が離れたことに傷ついたのかもしれない。
 私は、急いで、本当のことを告げた。

「エイド、その、ごめんなさい。エイドに触れられるのが、イヤというわけではなくて……その、エイドはとってもカッコイイし……それに、エイドに名前を呼ばれることってなかった……から…恥ずかしくて…つい」


 きっと私の顔は真っ赤になっていただろう。
 顔を上げられないで俯いていると、エイドが驚いた声を上げた。

「え? ああ、そう……ですかね……」

 恐る恐る顔を上げると、エイドは、口に手を当てて、耳まで真っ赤になっていた。

「あらあら、まぁ、まぁ、素敵ねぇ~~青春だわ~~」

 お母様が嬉しそうに顔をほころばせていた。

「はぁ、いいなぁ~~青春だな~~」

 お父様も笑顔で「うんうん」と頷いている。

「ねぇ、エマ。お姉様と、エイド。どうして2人とも顔赤いのかな?」

 シャロンが小声でエマに尋ねると、エマは真剣な顔で言った。

「素晴らしい洞察力です、シャロン様。その辺りの人体の不思議を解明するためにも、本日の授業は、文学に致しましょう、頑張れますか?」

「えへへ。そう? 今日は文学だね。わかった!! 人体の不思議を解明するよ!!」

「その意気です。では、シャロン様、お嬢様とエイドと旦那様をお見送りしたら、早速お勉強を始めましょう!!」

「うん!!」
 
 どうやら、シャロンとエマは、今日は文学を勉強することに決まったようだった。今の私と、エイドを教材にした文学の授業……深く考えない方が、いいかもしれない。
 お父様とお母様は、相変わらずニコニコしていて、居たたまれない。 

「あの……エイド、行きましょうか」

 私は、エイドを見上げて言った。
 今日のエイドは、まるで知らない人のようで落ち着かない。

「はい、行きましょう」

 こうして、私たちはエイドと共に、ランゲ侯爵家に向かうことになった。

☆==☆==

 お父様が、ランゲ侯爵と待遇について話合った時に、私には専用の御者と馬車を、手配して貰えることになったらしい。きっともう、お迎えがきているはずだ。

 私が、外に出ると、見覚えのある人物が立っていて、私は驚きのあまり立ち尽くしてしまった。

「お嬢様!! お久しぶりです。お身体はどうですか? お元気でしたか? しっかりとお食事は摂られていますか?!」

「ピエール?! ピエールなの?! また会えて嬉しいわ!!」

 目の前に立っていたのは、私が7歳の頃から、ホフマン伯爵家で、私の送り迎えをしてくれて、とてもお世話になったピエールだったのだ。

「お嬢様!! 私もです。ちゃんと笑えているのですね……よかった、ほっと致しました」

「いつも心配してくれて、ありがとう。でも、どうしてピエールがここに?!」

 ピエールには昔から、私が落ち込んでいると、差し入れをくれたり、町に気分転換に連れて行ってくれたり、具合が悪そうだと、『旦那様にはお伝えしておくので、今日はお休み下さい』と私のことを心から心配してくれていた人物だったのだ。だが、ハンスと婚約破棄をしたので、もう二度と会うことはないと思っていた。
 
 私はホフマン伯爵家が、最後となる日。
 エイドと馬で帰ってしまったので、お世話になったピエールに別れも、感謝も伝えられなかったことを、ずっと後悔していたのだ。

「実は、お嬢様と坊ちゃんが婚約破棄をした後、ランゲ侯爵家の御子息様が、『一度仕事場を視察したい』とお見えになったのです。
 私は、お嬢様の様子が心配のあまり『お嬢様は無事なのか?』とお尋ねしたのです。
 すると、御子息様は『彼女から話は聞いている。お世話になった御者がいると……君のことか?』とおっしゃったのです。まさか、お嬢様が私のことを気にして下さっていたとは思わず、私は嬉しくて泣いてしまったのです。
 その時、ランゲ侯爵家の御子息から、『お嬢様の専属の御者として、働かないか』とお誘いを頂いたのです。
 私はその日のうちにホフマン伯爵家を辞め、ランゲ侯爵家にお嬢様の専属の御者として雇って頂いたのです」

「ゲオルグが?! ピエールも……それでよかったの?」

 ピエールの話を聞いて、思い出した。
 ゲオルグとは、生徒代表を一緒にしていた時、待ち時間などに、他愛もない話をした。
 その当時私は、仕分けに慣れていなくて、帰りが遅くなることが多かったのだ。
 そんな時は必然的に、ピエールの帰りも遅くなり、申し訳ないと思っていた。
 だが、ピエールは『私のことはお気になさらず、それよりもお嬢様のお身体が心配です。どうか、ゆっくりされて下さい』と自分のことではなく、ずっと私の心配をしてくれていた。それが嬉しくて、私はピエールのことを、ゲオルグに話をしたような気がする。

 だが――まさか、ゲオルグはあんな些細な会話を覚えていてくれたとは思わなかった。
 私は、ピエールがまた、側にいてくれることと、ゲオルグが私との話を覚えてくれたことが嬉しくて、涙を流してしまった。

「もちろんです。また、よろしくお願い致します。お嬢様」

 ピエールの笑顔に、私も嬉しくなって笑顔になった。

「ありがとう、ピエール! これからもよろしくね!!」

「はい!!」

 私はピエールの手を取って、馬車の中に入った。エイドも一緒に馬車に乗ると、窓から見送りをしてくれている、お父様やお母様、シャロンとエマに手を振った。

「いってきます」

「いってらっしゃい」

 あいさつを済ませると、ピエールが嬉しそうに言った。

「出発しますよ、お嬢様」

「ええ、お願いね」

 こうして、馬車がゆっくりと動きだしたので、私は席に座って窓を閉めた。

「ピエールさんに会えてよかったですね。お嬢、あの後『ピエールにお礼も言えなかった』ってずっと後悔していたでしょ? お嬢の笑顔が見れて、俺も嬉しいです」

「ええ。嬉しいわ。……ねぇ、エイド?」

「何ですか?」

「人の一生ってわからないわね。あのまま、私がハンスと結婚していたら、ピエールが、私のことをこんなにも心配してくれていることも、エイドのこんなにカッコイイ姿も、ゲオルグが私が何気なく言った言葉を覚えていてくれるほど、私のことを気にかけてくれてるも、知らなかったと思うの」

「お嬢……」

「もしかしたら、私は『失った』だけではなく『得た』のかもしれないわ。それに、ようやく気づけた気がするの……」

「そうかも知れねぇですね。大抵の人間は『失った』ことしか見えねぇ。でもお嬢は『得た』物に気づいた。あはは。こりゃあ、お嬢の人生、もう勝ったも同然ですね」

「ふふふ、そうかもね。ところで、エイド、呼び方、またお嬢になってるわ」

「あ~~そうですね~~2人だと、照れくさいというか……」

「私もだけど……慣れ……よね?」

「慣れ……まぁ、秘書として人前で『お嬢』なんて呼ぶわけにはいきませんし……名前呼ぶたび赤くなってちゃ、仕事どころじゃありませんしね。わかりました。では、シャルロッテ様」

「~~~エイド。やっぱり慣れないわ」

「まぁ、そうですね。俺も恥ずかしいです、シャルロッテ様」

「でも……イヤというわけでは……ないからね?」

「それは……俺もです。さて、訓練しますか!」

「ふふふ、ええ」
 
 こうして私たちは名前を呼ばれる訓練と、名前を呼ぶ訓練をしながら、ランゲ侯爵家に向かったのだった。




 
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